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 馬車はシュリィイーレに向けて出発いたしました。

 ここから四刻ほどは、ずっと馬車移動……シュリィイーレに着くのは夕方でしょう。

 途中にある、一番シュリィイーレに近いエルディエラ領の北、レーデルスという町までも三刻もかかるので、昼食は宿で用意していただいた軽食が配られます。

 馬車の中で食べることになるのですが、皆さん水筒などはないのですね。


 わたくしのものは、移動するなら基本よ! とティアルナさんが持たせてくださったのです。

 水は昨夜の宿にあった、果実水を入れてきました。

 水魔法を使える方々は魔法で出していらっしゃるみたいですが、あまり美味しい水ではないようです。

 あら……あの方、水魔法も水筒もないのかしら?


「お水、よろしかったら召し上がりません?」

「え、あ……あの……」

「いいのよ。この場では階位とか、お気になさらないで」

 こう言わないと、彼女が減点になってしまいますものね。


「ありがとうございます……私、殆ど領地が出たことがなくて、何が必要か解っていなかったみたいです……」

「わたくしも、旅慣れた方に教えていただいたのよ。そうでなかったらきっとあなたのように困っていたと思うわ」

「私、シェレナータと申します」

「わたくしはヒメリアです。名前で呼んでくださると嬉しいわ、シェレナータさん」


 ぱっ、と、シェレナータさんの顔が明るくなりました。

「私、ずっとヒメリアさんとお話ししたかったのです。推薦を辞退してまで予備試験をお受けになって、しかも一位で通過なさって、なんて素晴らしい方だろうって」

「あら、総合点ではわたくし、一位ではございませんでしたのよ。実技だけです」

「あ、し、失礼致しました! でも、予備試験の実技はとても難しいですから……私は苦手なので羨ましいです」


 彼女も予備試験を通過していらしているのだから、決して実力がないわけではないのに……とても謙虚な方なのですね。

 なんだか、お友達ができそうな予感ですね。

 昼食を食べ終わり、シェレナータさんとお話をしておりましたらふと、耳にどなたかの声が届きました。


「ご機嫌取りなんて、浅ましいこと」


 試験官がまだ乗って来ていないから、ここぞとばかりに嫌味を言ったのでしょうね。

 わたくしが誰の機嫌をとろうと、構わないじゃありませんか!

 冬の間、どなたとも喋らないなんて絶対に無理ですもの!


 微妙に険悪な雰囲気を乗せて、馬車はレーデルスで小休止。

 流石に、腰が痛いです。

 この辺りの山道は、今までのどこよりも揺れますわ。

 ずっと道は上り坂ですから、馬が休む場所もないみたいです。

 ちょっと【回復魔法】を使いましょう……このままでは、着いた時に降りられなくなりそうですもの。


 随分と風が冷たくなってきました。

 シュリィイーレはマントリエルの北側並みに寒い場所だと聞きましたが、そもそもマントリエルの寒さが解らないので比べようがありません。

 ただ、王都のように文机で眠ってしまったりしたら、絶対に熱を出してしまいそうだとは思いました。


 なんだか、ドキドキしています。

 多分、わたくしだけでなく多くの受験生達がそう感じているでしょう。

 期待と不安とを乗せて、馬車はシュリィイーレへと最後の行程に入りました。




「到着です。降りる準備をしてください」


 試験官の声に、はやる気持ちを抑えつつ皆さん下車の準備をなさいます。

 わたくしはそのまま降りるだけでいいので、先に表へと出ました。

 肩掛け鞄、大正解ですね。

 よかった……腰痛もないみたいです。


 外門の前に馬車寄せがあり、馬車から降りたのはまだシュリィイーレの外でした。

 許可証明の出ている定期便の馬車以外は、そのまま入ることができないのだとか。


 ひゅうっ、と風が通り抜け、体温を奪っていきます。

 なんて寒いの!

 レーデルスなんて、暖かい方でしたわ!


 でも、とても空気が清々しい……と感じます。

 王都のような埃っぽさもなく、海辺の町のような潮の香りもありません。

 独特の……山の空気、なのでしょうか。


 そして、馬車を降りた全員が息を吞み、外門を見上げます。

 なんという堅固な造りでしょう!

 高く、分厚い壁と多くの衛兵達によって行われている検問。


 ここが『国境の町』だと、思い知らされます。

 まるで、オルツ港の検閲のようですから。


 その外門から大きくはみ出して見える、高い高い山。

『錆山』とか『神々の祝福の山』と呼ばれるヴェガレイード山脈のこの山は、皇国で最も高い山だそうです。

 シュリィイーレはその麓……いえ、少し登っておりますから麓とは言い難いでしょうか。

 さ、寒いですね!


 今までの町とも、王都とも全く違う場所です。

 少し、不安の方が大きくなってきています。

 あの壁の向こうは、どんな景色なのでしょうか。


 多くの衛兵達が検問にあたっています。

 わたくし達の近くに歩み寄ってきた方々は……他の検問の方々達とは、少し違うみたい。

 この方々が、試験と研修をしてくださるのかしら。


 まぁ……審査官の方々が、もの凄く緊張していらっしゃるわ。

 やっぱりシュリィイーレ隊って、特別なのでしょうか。

 自然と、試験研修生達の背筋も伸びます。


 ……緊張すると、寒さって感じにくくなるのですね。

 新発見です。



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