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走り続ける馬車は、王都からロンデェエストへ入る越領門を目指しています。
窮屈ということはありませんが、少々退屈ですね。
窓からの景色も、王都はあまり変化の多くはない建物ばかりですから。
……会話もなく、静まりかえっている馬車の中。
オルツからカタエレリエラに向かうまでの馬車旅はひとりでもとても楽しかったのですが、試験中だと思うからか旅を楽しむ感じではありません。
気を引き締めないと! と思うのですが、退屈で退屈で堪りません。
何か集中できることをしなくては……でも、何をしたら減点にならないかしら?
わたくしは乗車中に刺繍をしていても構わないかを、引率……という名目のような『審査官』に尋ねました。
「刺繍……? ええ、構いませんが……大丈夫ですか?」
「……? はい」
大丈夫? とはどういう意味なのでしょうか。
あ、馬車が揺れるからちゃんと刺せるか、ということですか?
ふっふっふっ、それくらい造作もございません。
集中していれば、手元が狂うことなどございませんよ!
わたくしは加護神が聖神三位で、その花の紋様をオルツの教会で教わったことがあります。
オルツの教会でも、その刺繍の手巾を売って下さっているのですよ。
あの頃より、もう少しは腕前も上がっているはずです。
……花の名前は……聞いたのですが、ちょっと覚えていなくて……
見たこともない花というのは、覚えられないのですよね。
見ても……今ひとつなのですが。
でも、ロンデェエストの詰草と、ヴェーデリア家門の聖神二位の蝋黄花は覚えておりますよ!
袖刺繍で何着も刺しましたからね!
聖神三位の花は大層綺麗な、大きめの花弁の花でした。真っ赤な花びらの中央に、黄色が入って美しい花なのだと伺いました。
その花は聖神三位の像がある教会でしたら、浮き彫りになった細工が壁などに飾られているそうです。
ただ、残念ながら今まで訪れた教会では、見たことがないのですが。
手巾の端に刺草のような模様を纏わせ、大きな葉とその花をいくつか刺していきます。
わたくしの手元を覗き込んでいた他の受験生や、審査官が、時折急に背を伸ばして居住まいを正したり、上の方を見上げたりしてします。
……なんでしょう?
不思議なことをなさいますのね。
あ、覗き込んでいると姿勢が悪くなりますものね!
腰や首が痛くなるのですね?
ええ、姿勢を正しく保つのは大切だと、刺繍の時に工房の方々にも教わりましたわ。
昼食に寄った食堂でも、皆さんあまり食欲がないみたいでした。
そうですよね、動いていませんものね。
お腹が空いてなくても、仕方ないと思いますわ。
わたくしは、完食でしたけれども!
でも、ちょっとパンが硬かったのですよねー。
イノブタ肉の煮込みだったので、煮汁があって良かったです。
浸して食べると食べやすくて、パンが汁を吸って更に美味しくなるのです。
昼食後は越領門の町、王都北西のイエイトンまで。
この辺りですと建物にまだ王都の雰囲気が残っておりますが、少しずつ風景が変わっていきます。
あと二刻ほど馬車に乗ります。
その時間で、手巾の刺繍が仕上がりますね。
馬車は緩やかな上りの道を軽快に走っています。
揺れが少ないので、刺繍にはなんの影響もありません。
うーん、この隅にもうひとつ花があった方が可愛いかしら?
あら、皆様は表を見ていらっしゃるわ。
あ、そろそろ景色が変わってくるのですね!
ロンデェエストに近くなってきましたから、風も少し爽やかです。
気持ちよく刺繍ができますー!
そして馬車が越領し、ロンデェエストに入ると一気に景色が変化致しました。
少しだけ手を休め、窓の外を眺めます。
ロンデェエストは牧草地が多く、牛や馬、羊などがたくさん飼育されています。
衛兵隊や、近衛の騎兵などの馬も、ロンデェエストで育てられているのです。
……馬術……やった方がいいんですよねぇ……
馬って、ちょーーーっと……怖いのですよねぇ……
馬に限らず、大きい動物って尻込みしてしまいます。
でも!
衛兵になれたら、習うことに致しましょう!
だけど、できるだけ『速く走れる』ようにもしておきましょう……
馬が無理でも、足が速ければ……いえ、馬には敵いませんね。
そんな先のことより、今は試験に集中! ですね!
そんなわたくしの決意の中、手巾の刺繍は完成致しました。
……最後の方は少し、糸を引っ張りすぎてしまったかしら……
気持ちが昂ぶりすぎると、糸に力がかかってしまうのがわたくしの癖なのかもしれません。
気をつけなくては。
宿で眠る前に、時間があったら直しましょう。
ロンデェエスト領・サファナという町が今日の宿泊地です。
夕食はその宿の食堂でいただいたのですが、やはり同じ馬車の方々は食欲がないみたい。
乾酪がたっぷり使われていて、美味しいのに残念なことです。
でも、運動していませんものねぇ……
なのに、どうしてわたくし、こんなにもぺろりと食べられてしまうのでしょう……?
自分が改めてこんなにも大食いであることに気付いて、少し……落ち込んでしまいました。
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