春を、待つ
風が少し冷たくなってきた
バーラムト夫妻とその娘達は、振り返ることなく走っていったヒメリアの背中を見送った。
「……行っちゃったわねぇ」
「帰ってくるかしら」
「結果は王都で発表だもの、戻ってくるわよ」
「そういう意味じゃなくて!」
「ああ……それは、無理かなぁ。絶対にヒメリアは受かりそうだもん」
娘達ふたりは、妹を送り出したような寂しさを感じていた。
ヒメリアの最終試験が終わって、結果がもたらされるのは来年の
「そうだねぇ、ヒメちゃんほど良い子なら受かるだろうねぇ」
娘が旅立つような寂しさを感じているのか、バーラムトが呟くとセリアナが強めの言葉で否定する。
「良い子だからじゃないわ。ヒメリアは優秀だから、ちゃんと努力してるから、受かるの。あの子が荷物整理している時に、あたし、ちょっとだけ予備試験の結果表見ちゃったのよね」
「姉さんったら……そんなところで【遠視魔法】なんか使っちゃ駄目じゃない」
ルリエールは姉を窘めるようなことを言いつつも、その内容には興味があるようだ。
それを察したかのように、セリアナはにやっと笑う。
「凄かったわよ? 実技は、弓は満点で魔法もほぼ満点。筆記もかなりいい点だったわ」
「ほっほーっ! やっぱりなぁあ! あの【回復魔法】が使えるんだから、そうだろうとも!」
「皇国法もちゃんと理解しているのねぇ。まだ成人したばかりなのに、ヒメリアちゃんは本当に勉強熱心なのね」
なんでお父さんが得意気なのよ、と娘ふたりに呆れられつつもバーラムトはヒメリアが褒められるのを嬉しく感じていた。
妻のティアルナも、どうやら同じような気分らしい。
その日、工房で刺繍入れの作業をする女達とバーラムトの娘達は、ヒメリアの話題ばかりだった。
「受かったら……銅証で家系魔法がある上に、騎士様……ね」
「うん。従家三位騎士……かぁ。どこかの家門の従者になったりしちゃうのかしら?」
「そうなったら、王都には来なくなっちゃうわね」
銅証というだけでも自分たちとはかなり違うのに、更に離れてしまう。
階位だけでなく、物理的な距離の遠さにも、彼女達は淋しさを禁じ得ない。
決してその階位をひけらかすことなく、楽しそうに刺繍をしていた彼女の笑顔ばかり、思い出す。
「……寂しい……」
「近衛になればいいのに」
「あの子は、衛兵の制服が着たいって言ってたからなぁ……」
手元で刺繍を刺しながら、その制服を纏うヒメリアを想像して少し、微笑ましくなる。
「どこのご領地がいいのかな? 今の在籍は、カタエレリエラでしょ?」
「あそこのは駄目よっ! ヒメリアには似合わないわ! あの子の金赤の髪には、絶対に青系がいいと思うの!」
「あら、金赤だからこそ、赤が映えるのよ! ロンデェエストとか絶対に似合うわ!」
「ちょっと暗めの服の方が、金色が綺麗に見えるわよ。ヒメリアちゃんなら……マントリエルのが似合いそう」
「寒いところは……ムリじゃないかしら? 南国育ちよ? コレイルなら格好いいし、王都にも来やすいし!」
きっと、ヒメリアは制服で領地を選ぶだろうと、誰もが思っていた。
ある意味、ちょっと失礼だが……
カッコつけもない、嘘もない、そんなヒメリアを、この工房の皆が愛していたのかも知れない。
「……決まったら……絶対にあの子の制服の刺繍は、全部うちでやってあげよう……」
「そうね」
「うん、絶対」
彼女達の誰ひとり、ヒメリアが試験に受からないと思う者などいなかった。
新年、きっと彼女は満面の笑みでこの工房を訪れるだろう。
その時には、両手を広げて迎えてあげよう。
冬を告げる木枯らしが、王都に吹き始めたばかりだ。
彼女達は早く春になればいいのに、と、いつもの冬よりも強く、思っていた。
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