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出発の日です。
寝坊することなく支度をととのえ、皆さんに見送られて近衛省舎へと参りました。
振り返ったら淋しい気持ちがこみ上げてきそうで、振り返らずに。
……離れることが『淋しい』なんて、初めてで……少しくすぐったい気持ちです。
わたくしは割と早めに着いたのか、まだ半分ほどしかいらしていませんでしたがすぐに全員が揃いました。
【収納魔法】がない方々は大荷物です。
そのせいで、歩くのが遅かったのかもしれませんね。
でも、そんなに何を持っていくのかしら?
もの凄く寒がりなのでしょうか?
わたくしは斜め掛けにした、小さめの鞄がひとつ。
セリアナさんが『こういうのがひとつあった方が、絶対に便利だから!』と態々買ってきてくださったのです。
わたくし、鞄を持つということにも慣れていないので、忘れないように斜めがけにして外してはいけませんと言われました。
革帯の腰に止めておける留め具も付けられていますから、ぷらぷらとして邪魔になるということもありません。
受付で合格確認書と引き替えに、できあがった試験研修生用の制服を受け取ります。
淡い水色ですが、形は正規のシュリィイーレ衛兵隊と殆ど違いはありません。
試験研修生用には、袖刺繍がないのですよね。
……ちょっと自分で刺したくなってしまいますが、それは絶対に駄目ですね。
「制服を崩して着用したり、服に装飾品を着けることは禁止です。替えのものと二着を用意してありますので、試験研修期間中は清潔に保ち着用すること」
ざわっとしたのは、従者家門の方々でしょう。
裕福なご家門であれば、洗濯なんて絶対に自分たちではしないでしょうからね。
そういう方々は【洗浄魔法】とか【浄化魔法】で綺麗にすればいいのですよ。
……使えない方は、まぁ、なんとかなさるでしょう。
わたくしは、頑張ってお洗濯です。
「では、ここより最終試験ですので、皆さん気を引き締めてくださいね」
あ、部屋の隅に立っているのは試験官だわ。
ふー……今、最終試験の宣言がされたということは、この場も試験の最中……というわけですか。
つまり、移動中の言動も採点されてるのですね。
何人かはそのことに気付いているのでしょうが、殆どの方々は全く注意を払っていない様子です。
おそらく、シュリィイーレから出て、王都に戻ってこの制服を返却するまでが採点の対象ですね。
王都に帰りつくのは来年、新月・四日……それまでの三ヶ月半が、ずーっと試験中……ですか。
これ、かなり厳しいですね。
だけど、殺される訳じゃ……ないわ。
ディルムトリエンにいた時は、少しでも対応を間違えたり、油断すれば死に直結する毎日だったのだもの。
そんな生活が二十年以上だったのよ?
それを思えば全然、窮屈でもなんでもないわ。
法典を守って、分不相応な言動をせずに、真摯に試験と訓練に挑めばいいだけですもの。
食べ物には毒なんて入っていないだろうし、着るものに針なんか仕込まれたりしないのよ。
殺されないのだと思ったら、もの凄く気分が楽になりました。
……やだわ、まだ昔に囚われているみたい。
移動のための馬車は三台。
女性用にひとつ、あとのふたつは男性ですが……身分によってではなくて推薦者と予備試験合格者で分かれていらっしゃるみたいですね。
どうやら試験官が分けたのではなく、推薦の方々と一緒に乗るのが嫌なのか、推薦者達が拒んだのか、自主的に分かれているようです。
馬車に乗り込んだら簡単な自己紹介を、と同乗の引率……多分、試験官……に促され名前と出身地を言うことに。
女性六人の中で、予備試験からの合格者はわたくしを含めて四人。
予備試験合格者より、推薦の女性受験生の方がはるかに多かったのに残っているのはたったおふたりです。
マントリエルとルシェルスからいらしたというおふたりは、わたくしの知っている『推薦者』とは全然違う雰囲気です。
予備試験組も、明るくてはきはきした方々が多いですね。
そしてなんだか……わたくしは、一線引かれているようです……
わたくしだけが銅証だからか、試験最後の部屋での立ち回りで近寄りたくないと思われているのか。
まぁ、仕方ないですね。
現地に着けば嫌でも会話をすることになるでしょうから、今は静かな方が有難いかもしれません。
……淋しくなんて、ないんですから。
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