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 その後の巡回は早足で、早めの切り上げになりました。

 宿舎に戻ると、教官達はそのまま東門詰め所へと行ってしまわれましたので、わたくし達は夕食まで自室で自習です。

 この時間で昼前の講義の分を、綴り帳に清書いたしましょう。

 ……ちょっと、焼き菓子をつまみながら。


 その前に、買ってきたお菓子を全て保管庫へと入れておかなくては。

 取り出すと……一体何人分かしら? というような、とんでもない量のお菓子が現れました。

【収納魔法】の罠ですよね、これって。

 手で持つのであれば限界がすぐに判りますが、次々に入ってしまうのですもの……


 どれも箱や袋に『賞味期限』という、味を保証するという期間が書かれています。

 百日とか、百五十日とか、お菓子の種類によって期間が違うみたい。

 保存食は、二百日も大丈夫なのですかっ?


 しかも『箱を開けたらその日の内に食べきってください』とか、『この袋に入れたまま口を閉じれば十五日保ちます』とか、注意書きも入っています。

 オマケに、どんな材料が使われているかまで全て書かれています!


 凄いわ……これ、どこかに書き付けておきたいわ。

 あ、そうよ、もう一冊綴り帳をいただくことはできないかしら?

 だけど、講義用に使うのではないから許可が出ないかもしれませんよね。

 実は千年筆も、赤専用でもうひとつあったらいいのですけれど……それも難しいかも。


 この町のどこかで、売っているお店があるはずです。

 市場へ行けば、綴り帳を買うことができるかもしれません。

 千年筆はそのお店で聞けば、売っている店を教えてもらえますよね、きっと!


 棚へお菓子をしまいつつ、次の買い物のための計画を立てます。

 こういう計画は楽しいですね。

 ……棚に入りきらなかったお菓子は……こちらの台の上に置いておきましょう。


 そして、清書にとりかかりました。

 二回目の講義からは、バラ紙に書いた物を部屋に戻ってから綴り帳に清書していってますから綺麗に読みやすく書くことができています。


 こうしておくと読み返してすぐに講義で聞いたことが思い出されますので、非常によい勉強になっています。

 念のため、書き写した後もバラ紙は箱に入れて取ってあります。


 半分くらい書いたところで、少し目が疲れて肩が張ってきました。

 腕を何度か回します。

 一休みして……そうだわ、あの緑の豆が入った焼き菓子にしましょう!


 ……

 ……


 なんですのっ、これっ!

 こんな味のお菓子、初めてですよっ?

 しかも、なんて美味しいのっ!

 続けて四つも、口に入れてしまいましたよっ?


 慌てて袋を見ると材料は『楷樹緑果/セラフィラント産』と書かれていました。

 初めて聞く名前の……木の実? でしょうか。


 しかも、セラフィラントから取り寄せて作っていますの?

 あのお菓子屋さん、一体どういうお店なの?

 あ、でも、マリティエラ様がお買い物にいらしていたのよね。

 セラフィエムス家門の方がいらっしゃるくらいですもの、セラフィラントの物が使われていて当然なのかも。


 ということは、この町では他の領地の物が使われてるお菓子や食べ物も多いってことかしら。

 なんだか『もうひとつの王都』って言われているのが、よく解りますね。

 貴系の方々が多いだけでなく、そのご領地の物まで王都並みに入ってきているのですね……


 吃驚したせいか、なんだか肩が解れた気がします。

 いえ、腕をぐるぐる回したのがよかったのかもしれませんけど。

 もう半分、夕食前に終わらせられそうです。



 無事に夕食前に清書を終え、清々しい気分です。

 もうすぐこの綴り帳もいっぱいですね……あと、どれくらいかしら?

 あら……?

 一番後ろの厚紙の下の方に、小さい文字で『提出用』と書かれています。


 提出?

 どういうことかしら?

 これ、もしかして『試験』です?

 毎日の講義をきちんと書き付けて、理解しているかの……そのために『提出』させるのかも!


 清書しててよかったですぅぅーー!

 あの一日目のような殴り書きを見られていたら……まぁ、最初の三枚ほどはそうなのですが、それもちゃんと書き直してまとめてありますし!


 今までのものも、書き漏らしや間違えた文字がないか見直しましょう!

 ……あ、ここ、字が間違っていますわ……纏めた物は絶対に、読み返した方がいいですね。



「どうしたんだよ、ヒメリア……やけに疲れた顔しているな?」

 食堂に入ってすぐにラーシュにそういわれてしまいましたが、あれからこの十二日間の講義の全て読み直して修正などしていたのです。

 ……まだ、あと四日分残っています。


「ええ、ちょっと整理していたら思っていた以上に時間が掛かってしまったの。でも、夕食後にもう少し頑張れば、眠る前までには終わるわ」

「へぇ? 部屋を散らかすようには、思えなかったけど……」

「……いろいろ、あるのよ」

「片付けは一気にやると大変だもんな。日々、ちゃんとしておかないと」


 本当に、その通りですね。

「そうね。一度にやろうとすると、本当に大変だわ」

 きっとラーシュや、ちょっと呆れた感じのキリエムスは、毎日きちんとしているのね。

 お菓子を買い溜めて、浮かれている場合じゃなかったわ。


 夕食後に部屋に戻ると、何人かの方々は中庭で雪にまみれてはしゃいでいらっしゃいます。

 それぞれの部屋の窓は全て中庭方向にあり、外側は廊下の窓からしか見られません。

 ちょっと楽しそう。


 中庭には、街灯のような灯りがあり、暗くなってからでも散策などができるのです。

 さぁ、わたくしは続きに取りかかりますよ!

 今日仕上げてしまわないと、どんどん溜まっていく一方ですからね!


 やっと見直しが終わって誤字を修正したところで窓の外を見ますと、流石にもう外に出ていらっしゃる方は誰もいませんでした。疲れましたぁぁー。

 夕食を食べた後だというのに、もうお腹が空いている気がします。


 ……あのマリティエラ様が大量にお買い上げになった『タク・アールト』というお菓子をいただいてしまおうかしら。

 あら、紙?

 綴り帳と同じ紙だわ!

 やっぱり町でも売っているのね!


 お菓子の精画が描かれていて、どのような材料で、どこに使われているかが詳しく書かれています。

 そして裏には名前の由来や、その意味……


『『アールト』と付けるに相応しい港があるセラフィラント・リバレーラ・ルシェルス・カタエレリエラからの素材を使用』


 アールトは古代語で、確かに波という意味でした。

 お菓子って、こんな想いまで込めて作られるものなんですの?


『偉大なる港を有するこの四つの領地に、これからも発展と繁栄のあらんことを』


 そう結ばれた文章には、それぞれの土地への敬意が感じられます。

 それに、なんて美しい文字なのかしら。

 こんな字が書けたら……きっと綴り帳への清書も楽しいでしょうね。

 ちょっと、真似してみようかしら。


 でもその前に、お菓子をいただいてから……美味しっ!

 なんですか、何がどーなってこんなに美味しいのですかっ?

 えーと、材料の珈琲……あっ、この仄かに苦いものですか?

 あああっ、もうっ!

 美味し過ぎてさっきまでの感動とか、吹っ飛びましたわよ!


 マリティエラ様が、あんなにもお買い上げになったお気持ち……理解できましたっ!

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