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雪が降り始めて三日目。
真っ白です。
辺り一面、中庭も廊下の窓から見える町並みも、何もかもが白一色です。
信じられません。
あの小さい粒の雪が、どれほど降ったらこうなるのですか?
まだ全く、止む気配もございませんし!
バーラムトさんの声が耳にこだまいたします。
『あの町は雪がものすごーーーーーーく積もるんだよ。身動きできないくらいにね。だから、雪が降り始めたら絶対に建物から出られないんだよ』
確かに……これは出られません。
お菓子を山のように買っておいて、本当によかったですっ!
当分、買いに出られそうにありませんもの。
朝食後、講義を受ける前に教務室へ参ります。
昨日のまとめを書き上がったら綴り帳が、いっぱいになってしまったのです。
教務室には、女性隊員の方が交代で何人がいらっしゃいます。
何度見ても、シュリィイーレ隊の女性達が着ていらっしゃる制服は可愛いですぅ〜。
袖がちょっと膨らんでて、丈が長目の上着ですが後ろが長く前が少し短くなっている作りです。
乗馬の時でも跳ね上がったり、捲れたりしないようになっているのでしょうか。
本日ご担当のチェルエッラさんに早速、綴り帳をお願いしました。
「判りました。いっぱいになった綴り帳、今持っていますか?」
そう仰有るので、取り出しましたら一番後ろを開いて裏表紙に『一』と書かれました。
一冊目、ということでしょうか。
「はい、ではこれは二冊目ね。ここで名前を記入して、魔力を通して」
裏表紙を開いて見せてくださると『二』と入っています。
ダメ元でもう一冊いただくわけにはいかないかを聞いてみましたが、困ったお顔をされてしまいました。
「ごめんなさいね。この綴り帳はそんなに沢山在庫がないのよ。試験研修生用に作っている物は、ギリギリの数しかないの」
「そうでしたか……残念ですが仕方ありません」
「何に使いたいの?」
「実は……美味しいお菓子をいくつか買いまして、その使われていた材料とか……書き留めておきたくて」
呆れられてしまったかもしれません……でも、嘘は吐けませんもの。
「うふふっ、面白いことをするのね。えーと、綴り帳はないけれど、こちらの紙ならば沢山あるから、好きに使ってくれていいわよ?」
「まぁ! ありがとうございます! そちらに書いておいて、町で綴り帳と千年筆が買えたら、書き写すことに致します」
「そうね。この紙はいつもこの台の上に、箱に入れておいてあるから、持っていって構わないわ」
「はい!」
これ、講義の時にも使えますよね。
ちょっと多めにいただいておきましょう。
今日は座学ではなくて、朝食後から魔法実技になりました。
そしてオルフェリード教官から、綴り帳のことが伝えられました。
「講義用の綴り帳の一冊目を明日の朝、回収いたします」
あちこちから驚きの声が漏れます。
「提出された綴り帳で、この半月真面目に講義を受け、書き付けているかを審査、採点いたします」
予想より早かったですが、想定内です。
でも『採点』迄されると発表されたのは、ちょっと吃驚しました。
黙って提出させて、採点結果などは言わないかと思っていたのです。
「ど、どうして個人の綴り帳を採点するのですかっ? 試験をすればいいだけでは……」
「見られて困ることでも書いているのですか?」
「い、いえ、そうではなくて……あれは、その……」
呆れかえったように溜息をつきつつ、教官は全員に言い放ちます。
「何を甘えたことを言っているのですか? 個人的な物? 衛兵隊が用意して渡した物品は、すべて貸与しているだけです。提出を要求されれば提出し、返還を要求されれば返還しなくてはいけません。これは試験研修生だけに限らず、全ての衛兵隊員に当て嵌まります。近衛衛兵準則に書いてあるのを読んでいないと?」
やはり、そうでした。
チェルエッラさんがわたくしに余分な綴り帳をくださらなかったのは、回収の可能性があるからですね。
それが必要ないのはおそらく、あの『バラ紙』だけ。
貸与品をどう扱っているかということも、おそらく『試験』に含まれていそうですね。
「じ、自分は、講義などは聞いて覚える方が性に合っておりまして、書き付けは……殆どしておりません。ですがっ、試験していただければ、間違うことなく回答できます!」
まぁ、なかなか怖ろしいことを、平気で仰有いますのね。
その『試験』が三カ月後だったとしても『間違うことなく回答』なんてできる記憶力をお持ちだなんて。
ですが、勿論教官はとりあうことなく、更にきつい表情をなさいます。
「私が初日に言ったのは『毎日の講義内容を必ず記入するように』という『命令』です。覚えていようがいまいが、絶対に『書いて』いなくてはいけない」
今、青ざめていらっしゃる方々は、碌に書き付けていないということでしょうか。
「今が『試験中である』ということを忘れたのですか? あなた方の全ては毎日採点されているのですよ?」
ぴりっ、と全員の緊張が伝わってきました。
時間が経ち、巡回や訓練などで少しずつ気が緩んでいたのです。
わたくし達は『まだ騎士ではない』ということを、忘れてしまっていたのです。
「今回は、猶予を与えるために前日に告知いたしました。耳で聞いただけで覚えているというのであれば、訓練後『覚えている全て』を、明日の朝までに綴り帳に書き出して提出しなさい」
あらあら……先ほど覚えていると仰有った方、もう早速『試験』ですね。
訓練が始まった後も、皆さん気もそぞろです。
早く部屋に帰って、綴り帳を見直したいのですよね。
誤字なんて、恥ずかしいですものねぇ。
「どうして……提出なんて、言ってなかったじゃないかっ」
ブツブツと煩い方が多いですが、気付いていらっしゃらなかったのね。
まあ、わたくしもつい先日ですけれどね、気がついたのは。
魔法訓練が一段落して休憩時間になりましたが、この時間は自室に戻る事が許されていません。
皆さん、いつもより疲れたようなお顔をなさっていますね。
次は弓の訓練です。
その前に……ちょっとお手洗いにいきつつ、お菓子の摘み食いをしちゃおうかしら?
魔法を使うとお腹が空くのですもの。
手を洗って、廊下に出るとなにやら声が聞こえます。
〈だから、ちょっとだけだって!〉
〈そうだよ、明日の朝までには返すのだから、問題あるまい〉
〈い、嫌だよっ、僕だって見直したいんだから……〉
綴り帳をきちんと書いていない方々が、見せて欲しいと要求しているようですね。
態と側を通ってみようかしら?
すこし、大きめに足音を響かせて歩き、声のした方へと進んでいくとぴたっと音が止みました。
黙って立ち尽くす三人の横を、無言のままで通り過ぎます。
わたくしが通ってすぐ、脅されていたであろう方が走ってわたくしを追い越しました。
綴り帳は、渡さずに済んだのでしょうか?
残されたふたりは、わたくしを後ろから睨んでいるのかもしれません。
とても嫌な気配を背後から感じますから。
「ヒメリアさんっ!」
久し振りの声に吃驚してしまいました。
シェレナータさんです。
「こんにちは、シェレナータさん」
「なかなかお話しできなくて、ちょっと寂しかったですわ」
なんだか、以前と少し雰囲気が違いますわね。
こちらでの研修で、自信を付けられたのかしら。
とても堂々となさっているわ。
「実は、ちょっとお願いが……」
は?
『なかなか話せなかった』から、いきなりの『お願い』?
「ヒメリアさん、いつもとても真面目に講義を書き付けていらしたでしょう? あの……どのように書いていらっしゃるかだけ……見せていただくことはできません?」
ふぅ……何を仰有るかと思えば……さっき別の方に綴り帳をせがんでいた後ろにいるおふたりも、様子を窺っていらっしゃるみたいですね。
「お断りいたします」
「す、少しだけ開いて見せてくださるだけで……」
「シェレナータさん、わたくし達は『試験中』で、綴り帳の中身は『採点される試験』なのです。他の受験生に見せる物ではありませんし、見た方は……おそらく不正をしたとして『減点』ですよ?」
もの凄く驚いていらっしゃいますけれど、思い至らなかった、と?
後ろのふたりからも、狼狽しているような気配が感じられます。
やれやれ、困った方々ですね。
わたくしはそのまま、弓術場へと向かいました。
あの三人は講義の最中、書き付ける以外に何をしていたのでしょう?
その方が不思議です。
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