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 翌日、月が変わって更月さらつき一日。

 朝食にいらした皆さんはまだ眠いのでしょうか、お疲れがとれていない様子です。

 ラーシュまで……まぁ、キリエムスも?


「ヒメリアは元気だなぁ」

「ちゃんと眠れましたもの」

「それにしたって、突然提出しろとか、いくら試験だってひでぇよ」

 キリエムスも頷いているということは、気付いていなかったのかしら……?


「おふたりとも、綴り帳の一番後ろをご覧になっていないの? ちゃんと『提出用』と書かれていますよ?」

 あ、ふたりが同時に面白い顔になりましたわ。

 大慌てで綴り帳を確認しています。


「本当だ……こんな所に書いてあったなんて、全然気付かなかった」

「うわーーっ! なんだよ、これー! くっそー!」

 わたくし達の会話が聞こえたのでしょうか、周りの方々もバタバタと確認をして……打ちのめされていらっしゃいます。


「うふふ、流石ですね、ヒメリアさん」

 突然、後ろから聞こえた声は……えーと、御免なさい、名前が思い出せません。

 移動の馬車で斜め前にいらした、推薦組の方のひとりですよね。


「気付いているのは、私だけだと思っていましたけれど」

「わたくしは、途中まで気付きませんでした。部屋で見ていた時に、たまたま気付いただけですもの」

「それでも、素晴らしいわ。さ・す・がっ、私の好敵手だわ!」


 はて、いつの間にそのようなことに?

「私、絶対にあなたより、上位の成績で合格してみせますっ! 楽しみにしていらしてっ!」


 そして甲高い笑い声と共に、食堂を後にされました。

 どなたなのでしょうかー?

 わたくしの好敵手というのはー?


「誰だ、あの女?」

「僕は知らないけど……ヒメリア?」

「わたくしも……残念ながら存じ上げません……」

「名も知らぬ好敵手……か。なかなか面白いな、はははははっ!」

 他人事だと思って!


 その後の提出では多くの方々がどんよりとした表情をなさっておいででしたが、好敵手さんは自信たっぷりに堂々としていらっしゃいました。

 名前、聞きづらいですね、今更。


 その日も綴り帳が手元にありませんので、弓と魔法の実技です。

 昼食後の訓練を始めよう、というその時に教官からとんでもない言葉が飛び出しました。


「さて、半月経ったからね。ここで一回、試験するよ」

「いきなり、ですか?」

「普段からちゃんと真面目にやってりゃ、問題ないだろう? そもそも試験ってのは、いきなりやらなきゃ実力が判らないものだからねぇ」


 ファイラス教官はものすっごく楽しげに仰有いますが、わたくし達は全く楽しくありません!


「じゃ、デェイレスから。三つの的を一本の矢で全て射貫け」


 風魔法で舞う的を、一本だけで?

 でも……できるかも。

 的は気ままに動いているように見えますが、魔法で起こされた風の流れに乗っています。


 三枚それぞれ軌道が違うだけで、同じ所を周っているのです。

 この半月の訓練で、少しは矢の行き先を操れるくらいの風魔法の調整ができるようになったのだもの。


 デェイレスが狙いを澄ませ、放たれた矢はキリキリと鋭く回転しながらふたつの的を射抜いて割り、三つ目は……ああ、端だけを少し削っただけだわ。

 惜しい!

「うん、随分よくなった。次、アルドナム!」

 その次のフォージェスの後、名前を呼ばれてわたくしの番になりました。


 わたくしは、全く違う方法を取りました。

 皆さんのように一枚目の的に向かって射るのではなく、上に向かって射た矢を下へと急降下させて一枚目を、急上昇させて二枚目と三枚目を同時に貫きました。


 風で揺らめく的があたりやすい方向に向くのを待つより、軌道が重なっているところで地面と平行になった面を狙う方が早かったのです。

 先にやった方々のを見ていて、的の動きが解っていたからできたことですからちょっとズルかもしれませんね。


 最後はラーシュです。

 彼は皆と同じように的に向かって射かけましたが、二枚目を外し、一枚目と三枚目を射貫いた後に……矢の方向を反対へと変えて、二枚目を落としたのです。

 凄いわ……射た時と同じほどの速さや力を、風魔法だけで出せるなんて!


 わたくしのように吹き下ろし、吹き上げの方が風魔法は威力が上がり、方向転換が容易にできます。

 でも、ラーシュのように空中で逆方向に瞬時に切り替えるのは、なかなか上手くできないのです。


「うん、うん、全員、よくなったねぇ。よし、終了。お疲れ様」

 皆の空気が弛緩します。

「ここで、採点方法を開示しておくね。まず、一番最初にオルフェリードが言った減点法は『日常的な振るまい・行い』に対しての評価だ。で、今回のような実技、魔法、筆記での試験などは『得点』となり、加算対象だ」


 そういえば『素晴らしい成績などを獲得した場合には加点』と仰有っていました。


「但し、加点になるのは『できて当たり前』以上の部分に対しての点数のみ。つまり、今回の場合はできて当然なのは『一本の矢で全ての的に当てる』だ。的にあたらないのは論外でも寧ろ減点。だが全員、的に当たった上に、的を破壊、損壊させた。風魔法の操作性についても合格」


 では、わたくし達のこの試験は全員加点がいただけている……?

「加点の具体的な数字は、全ての実習・試験期間が終わった時に成績表を渡すまで君たち自身には判らないけど、今回、加点を獲得したってことは教えとくね」


 くぅ〜!

 やりましたぁー!

 全員、最高の笑顔ですねっ。


「毎回基準は上がっていくから、これからも頑張ってねー。じゃ、今日のところはここまでー」


 ……ですよね。

 今回だけじゃ、ありませんものね。

 基準も上がって当然ですよね……


 でも、今日のお夕食はいつも以上に美味しくいただけそうです。

 ふふふっ、お菓子も食べちゃいましょうっと!

 あ、お菓子は……毎日でした。

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