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 雪が全く止む気配を見せず、六日間降りっぱなしです。

 綴り帳を提出してから、実技訓練ばかりで気が紛れるのはいいのですが流石に疲れが溜まっていました。

 わたくしって、いつも左側の肩が凝るのですよね……

 動かさずに、ずっと同じ姿勢だからかしら。


 ですが!

 本日は、ここに来て初めての、待望の、休日です!

 講義も訓練もなく、司書室で自習をしてもよし、自室で過ごしてもよし、出掛けてもいい……のですが、出掛けられません。


 はっきり言って、この真っ白な窓の外には飽き飽きとしてきました。

 なんと、雪は一階部分の半分以上の高さまで積もっているのですよ!

 わたくし、雪は好きになれそうもありません。


 朝食後、部屋に戻ってのんびりとすることに致しました。

 そして食べたお菓子の材料を、一種類毎にバラ紙一枚ずつに書き溜めています。

 味の感想とか、カワイイ形の時は絵も添えて。

 楽しいですぅー。


 なんてことをしていたら、急に色墨の色が変わっていきました。

 ……?

 一体どうしてかしら?

 濃いめの青い色だったはずなのに、薄い赤い色になってしまいました!

 もしかして、壊してしまったのでしょうか?


 大変だわ!

 これも『貸与品』ですもの。


 わたくしは大慌てで教務室へと参りました。

 とても、人が少ないです。

 お休みだからでしょうか?


「あの……申し訳ございません。実は……」

 いらしたのはいつものチェルエッラさんではなく、剣技の指導を主になさっているリエンティナ教官です。

「まぁ、千年筆が? ……そんなことはあり得ないと思うのだけれど……」

「わたくしが、おかしな使い方をしてしまったのでしょうか?」


 ちょっと確認します、とわたくしの千年筆をお手にとって、中を見てくださいました。

 すると、すぐに微笑んで、大丈夫よ、と仰有います。


「どうやら色墨塊しきぼくかいを使い切ったのね。ここが空っぽですもの」

「使い切ると……赤くなるのですか?」

「この千年筆は魔力を使って、固めてある色墨塊を溶かす仕組みなの。でも、色墨塊がなくなるとその魔力だけの色になってしまうのよ。その綺麗な薄赤は、あなたの魔力の『色』ね。説明書き、もう一度よく読んでみてね」


 魔力に……色?

 この千年筆を通すと、その色が判るのです?

 説明書きに……載っていたかしら?


「これからの講義でそのことにも触れるわ。楽しみにしていらっしゃい」

「はい! とても興味深いです!」

「でも、早いわねぇ、なくなるの……」


 それって多分、わたくしがお菓子のことを書いたり、間違う文字が多くて訂正したりしているから……かもしれません。

 そうお伝えしてお詫びを致しましたら、構わないわよ、と優しく笑ってくださり、新しい色墨塊をいただけました!

 これで暫くは大丈夫です。

 ほっと致しましたー。


 でもやっぱり、自分で千年筆と色墨塊を用意すべきですよね……

 お菓子のことは自分の、いわば趣味のようなものですし公私は分けなくてはいけません。


「……お買い物に出られないのが……とても残念です」

「ちょっと、聞いてみてあげるわ。ここまで売りに来てもらえるか」

「え? 千年筆のお店の方に、ですか?」

「あなただけじゃなくて、何人かに聞かれているのよ。自分用にもう一本欲しいからって」


 やっぱりわたくしと同じように、色分けで使いたいとか試験が終わっても持ち帰りたいと思う方はいるのですね!

 でも、この雪の中、どうやっていらっしゃるのでしょう?

「ふふふ、それは明日になれば解るわ」

 明日?



 部屋に戻って色墨塊を取り出し、赤のものが入っている箱に一緒にしまっておきます。少し、自分の魔力の色で書いてみたい、と思ったのです。

 だって、魔力で文字が書けるなんて素敵ですもの!


 そして説明書き……えーと……

 ああっ!

 裏に書いてありました!

 裏なんて……全然見ていませんでした……不覚です。


 気を取り直して、魔力文字を試しましょう。

 ですが、書いては見たものの、ちょっと色が薄過ぎます。

 確かに綺麗な薄赤だとは思うのですが、もう少し濃い方が読みやすいですね……うーん、残念。

 でも講義のまとめの時に、印を付けたりするのは便利ですね。

 あ、あら?

 なんだか……ずっと魔力を吸われている気が……?


 いつもならば持った時と、一刻くらいずつに感じる魔力を取られる感覚が文字を一文字書くごとに……

『魔力で文字を書く』というのは、わたくしの魔力を色墨のように使い続ける……ということ?

 これ、書いているうちに、いつの間にか魔力切れになってしまいます!

 危険です!


 あ、ちょっとだけ、くらっ、と……

 お菓子でも食べてお休みしましょう……もうすぐ昼食ですし。



 昼食、終了!

 赤茄子の煮込みには、火焔菜は必須ですね!

 やっぱり、美味しいお食事をいただくと元気になりますー!


 アンシェイラ先生の講義でも、食事は魔力と体力の回復に大きく関わると仰有っていましたもの。

 美味しければ、回復も早いのですよね!

 きっと!


 部屋に戻り、色墨塊を入れ直しましょうと千年筆を手に取りました。

 魔力での筆記はとても楽しいのですが、続けると危険だと判りましたし。

 色墨塊が切れないように、注意しなくてはいけませんね。


 でも……わたくしがもう少し文字を間違えずに、直接綴り帳に記入しても綺麗に書けたらこんなに色墨が早くなくなることもありませんのに。

 せめて、間違えた文字が消せたら……いいのに。

 空のままの千年筆で、お菓子の材料を書き付けていた紙の間違えてしまった文字にちょん、と触れました。


 え?

 触れたその場所の文字が……消えました!

 どうして?

 慌てて千年筆の先を見ると、まるで瓶に入っていた色墨を付けた時のように色墨が溜まっています。


 そっとそのまま、文字を一文字かくと青い文字が!

 ですが、二文字目はわたくしの魔力色の薄赤です。


 もう一度、間違えた文字に触れさせますとやはり消えます。

 続けてもう一文字消して……そして書いてみると、今度は二文字分青くなりました。

 千年筆はからなら、間違った文字の色墨を吸い上げるのだわ!

 ……多分、わたくしの魔力を使って……でしょうけれど。


 でも、これなら無駄になってしまった間違いの文字分の色墨を集めて、もう一度使えますねっ!

 なんって素晴らしいの!

 千年筆を考案なさった方は、天才ですっ!


 わたくしは間違えた部分の文字に次々触れていき、色墨を回収いたしました。

 そして、書き直したり、新たに少し加えたり……いい感じに綺麗になりました!

 これでこのお菓子のことも……と、千年筆を文机の上に置いた途端、千年筆の筆先から色墨が零れました!

 あーっ、新しい紙に染みてしまいましたぁぁー!


 間違い文字から吸い取った色墨は、中で固まるわけではないのですね……

 手を放して魔力がなくなってしまうと、全部出てしまうのだわ。

 あ、でも、もう一度吸えるかしら?

 ああ、よかった、吸い取れましたぁ〜!


 手を放す時は、何か器に入れて色墨が零れないようにしなくてはいけませんね……

 でも、その色墨は普通に付けて書くことができますよね?

 今までよりは格段に無駄が減らせそうです。


 素敵なことが発見できたわ!

 なんて有意義な休日でしょう!

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