67
昨日はお菓子を食べつつ、魔力文字を楽しんでしまいました。
『魔力筆記』については説明書きに『注意事項』となっていて、続けて書き過ぎてはいけないと書かれていましたのに、やっぱり面白くて。
色墨を溶かす時に使う魔力より相当多いのが解ってても、違う使い方ができるって知ってしまうとやってみたくなりますものね。
あと一本……いえ、赤い色墨用と魔力筆記用に二本、千年筆が欲しいくらいです。
あら?
朝食のパンがいつもと少し違いますわ。
まぁっ!
乾酪が入っているわっ!
んんんーーっ、美味しいですぅ!
朝食後に講義室へ入ると『健康診断』をするのでこのまま待機……と言われました。
なんですか?
健康診断って?
「急激な寒さや、毎日魔力を使うことに慣れていない者達は、このくらいの時期に体調を崩すことが多くなりますので、現在健康であるか確かめ、また、問題があれば早期の治療をしていきます」
そうですした、この宿舎の中が快適ですから忘れていましたが、外はとんでもない寒さです。
それにずっと外に出られず閉じ込められているのと同じなのですから、精神的に疲弊していらっしゃる方もいますわよね。
「い、嫌だわ……医師様って、男性なのかしら?」
「でも、触れるわけでは……ありませんでしょ?」
不安に感じる方々の声が聞こえ、わたくしも少しばかり警戒してしまいました。
男性に触れられるのは……嫌です。
「あなた達六人はこちらです」
そう言われてリエンティナ様に促されたのは、全員女性です。
方陣門で移動して、入った部屋にいらしたのは……マリティエラ様です!
「みなさん、初めまして。わたくしが皆さんの体調の診断を致します。衛兵隊契約医師のマリティエラです」
まぁ!
マリティエラ様は、医師様でいらしたのね!
全員が、ほっとしたように安堵いたしました。
医師様がお美しい女性だなんて、思ってもいませんでしたからね。
助手の薬師さんも、銀色の髪がお美しい可愛らしい女性です。
待機の部屋からひとりずつ診察の部屋へと呼ばれ、終わった人から宿舎へと戻ります。
「健診結果表は後ほど渡しますから、戻ったら講義室にて待機していなさい」
リエンティナさんに指示されて、皆が順番に診察していきます。
……わたくしは……なかなか呼ばれません。
「では、次、ヒメリア」
なんと最後でした。
診察室ではマリティエラ様が、にっこりと微笑んで迎えてくださいました。
「この間のお菓子、美味しかったでしょう?」
「はい! 焼き菓子もカカオのショコラも、タク・アールトも全部、もの凄く美味しかったですわ!」
あら、薬師の方ももの凄い笑顔に……きっとこの方も、あのお菓子が好きでいらっしゃるのね。
いくつかのことを質問され、そのあとで少し硬めの寝床にうつぶせになるように寝転がりました。
「背中に触ります。痛かったら言ってね」
そう仰有ると、マリティエラ様の手のひらがわたくしの背を、くっ、と押すように置かれました。
ゆっくりと滑らせながら、所々で押し込む感じ……
「んっ!」
「ここが、痛い?」
「は……い」
急に、びりりっと痛みが走ったのです。
どうしたのかしら……触れられた辺りは怪我をしたこともないというのに。
「ヒメリア、あなた昔、子供の頃に魔虫の棘に触れたことはある?」
「……いいえ?」
「では、魔獣の毒に触れたことは?」
「覚えが……ありません」
マリティエラ様はゆっくりとわたくしを起き上がらせると、深刻な顔でお尋ねになりました。
「毒を、口にしたことは?」
心臓が跳ね上がるような、衝撃を感じました。
幼い頃、何度か知らずに口にしてしまったことがありました。
侍女が持ってきた食べ物やお茶を……そのまま口に入れてしまった時に。
違和感を覚え必死に吐き出したり【回復魔法】をかけ続けたり……
もうすっかりなんともなかったので、身体に残らない毒だと思っておりましたけど……まさか……?
「小さい頃に……その、何度か……」
「『何度か』って、どうして? ご両親の知らないところで、口にしたものなの?」
「用意された食事や飲み物によく入っていたので。あ、でも、気付いてからは、食べないようにしておりましたし」
マリティエラ様のお顔からも、薬師の方からも驚愕の表情が見て取れます。
そうですよねー。
日常的に毒入りの食事が出てくる環境なんて、なかなかございませんよねー。
「ヒメリア……あなたがいままで、どのような生活をしていたのか伺ってもいいかしら……? どうしても嫌なことは話さなくていいから、その、どうして毒がある食事なんて?」
あっ、もしかして、わたくしの母上が毒を使った料理を出していたと思われたのかしら?
それは流石に、否定しないといけませんね。
いくらわたくしが嫌っているからと言って、子供の殺害を企てたなんて汚名までは着せられません。
わたくしはディルムトリエンの王宮にいたこと、父親と思っていた王に嫌われたせいで侍女達からも疎まれていたこと、そして……母と一緒に食事をしたことは一度もない、とお話しいたしました。
いくら亡くなっているからと言っても、やっていないことまで疑われるのは可哀想ですし。
わたくしの話を聞いていた薬師の方に、突然手を取られました。
目にいっぱいの涙を浮かべられ、がんばったね! もの凄く頑張ったんだね! と強く、握られました。
とても可愛らしくて、優しい方です。
握られた両手から、とても、柔らかな温かさを感じます。
「ディルムトリエン国王は、あなたの父親ではないのね?」
「はい。わたくしには、母の家門の家系魔法がございますので。父は……多分、母と一緒にこの国を出たという護衛兵士です」
顔どころか、名前も知りませんが。
「良かったわ……あなたに、他国の方の血が入っていなくて……」
「どうしてですか?」
そりゃ、わたくしにはあの野蛮な国の血が入っていないことは、喜び以外の何ものでもありませんが。
「他国の方と皇国民の間に生まれた子供は、魔力の流れが滞りやすいの。その状態で魔力消費の大きい魔法を使うと……身体が耐えきれずに、内臓が損傷したり酷い時は裂けたりすることもあるのよ」
……
……は?
「魔力量が足りなくて発動できないのであれば問題ないけれど、うっかり使えてしまったら、命に関わる可能性があるの」
魔力が血のように身体中に巡っていることは知っていましたが、それが滞ると……魔法を使った時に身体が裂ける?
そんな怖ろしいことが起きるのですかっ!
「それでも、今、あなたの身体には小さいけれどいくつかの『溜まり』があるわ。それを解消しないと……今後、魔法が使えなくなるかもしれない」
はいぃぃぃっ?
マリティエラ様の言葉に頭がついていきません。
え?
わたくし、に、溜まり?
え、それって、どういうことなのです?
若干混乱してどうしていいか判らないわたくしに、マリティエラ様はゆっくり、柔らかなお声で説明をしてくださいます。
「あなたの『溜まり』は、流れの左側を堰き止めているものがいくつかあるの。感じたことはない? 右と左で魔法の威力や、発動の速さの違いを」
あります。
でも、右手が利き手だから……使いやすいのだろうと思っていました。
「そして、この『溜まり』は間違いなく『微弱魔毒』が原因だわ」
「どうして、魔毒、だと?」
「……以前、同じような症状を診たことがあるの。魔毒の『栓』は魔力を滞らせるだけでなく、周りの肉や血を蝕む。あなたが片側を使いづらいと感じているのはそのせい」
「でも、毒を飲まされたのは……随分と前です」
乳母が亡くなる前から、きっと少しずつ食事に混ぜられていた毒。
ハッキリと食事が毒入りだと気付いたのは……十四歳くらいでした。
それからは気をつけてはいたけれど、もしかしたら少しは口にしていたのかもしれません。
「ええ、あなたは以前診たその人と同じように、無意識に自分自身にずっと【回復魔法】をかけ続けているわ。とても微弱ではあるけれど……そのせいで毒が回っていないのね。でも、それも限界に来ている」
ずっと?
かけ続けている……?
【回復魔法】が使えるようになったのがいつかは解りませんが……おそらく、毒に気付いて痛みを癒した時だとしても……十年以上?
「身体が負担に感じない程度にずっと続けている【回復魔法】のせいで、あなたの身体の均衡は随分と狂っているわ。今、ここで治しておかないと、危険なのよ」
「魔毒は、消せるのですか? こんなに、十年以上も身体の奥深くに留まっているものが……?」
「安心して。シュリィイーレには最高の『治癒魔法師』がいるのよ」
そう仰有ったマリティエラ様の笑顔の先に……もうひと方お美しい女性がいらっしゃいました。
「……初めまして……アズール、と申します」
この方が治癒魔法師……なのでしょうか?
なんて、お美しいのかしら……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます