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 アズール様は、とても不思議な雰囲気の方です。

 治癒魔法師だからでしょうか?

 真っ赤な御髪おぐしが、褐色の肌に映えてお美しいです……!


「触れても、大丈夫ですか?」

「は、はい」


 なんだか、可愛らしい声でまるで小鳥が歌うようです。

 でも、微笑んでいらした表情が、わたくしの左手に触れた途端に厳しくなりました。


「確かに、いくつも毒があるみたい……ん……と、あれ? これ……あっちゃダメじゃないか?」

 え、なんか、怖いことを仰有ってます?


「ディルムトリエンでは、蜂蜜の他に甘い果汁液とかあった?」

 突然、不思議な質問をされました。

 甘いものなんて、なかなか手に入りませんでしたが……あ、ありましたわ、そういえば。


「酸味のある果実を、煮詰めて作るものがございましたわ」

「どんな器で作っていたか、解る?」

「ええと……青っぽい鍋とか灰色の鍋……だったかしら」


 時々、そのお鍋からこそげ取って舐めていたとは……言えませんわ。

 何かを思いつかれたようにアズール様は何度か頷いて、頭にも触っていいかな? とお尋ねになります。

 これって、治療? なのでしょうか?


 アズール様の手がわたくしの頭に触れ、仄かに暖かくなった時に、ふっ、と急に身体全体が軽くなりました。

「うん、もう平気。全部取れた」

 一瞬、でした。

 マリティエラ様まで吃驚していらっしゃるくらいです。

「もう? 相変わらず……本当に早いわね、た……頼もしいわっ」


 アズール様は微笑みながら、手に持った小さな丸い玉をわたくしに見せてくださいました。


「これ、君の身体の中から取り除いたもの。鉛っていう金属なんだけど、鍋の表面加工や皿の塗料に使われていることがあるんだ。皇国にはないけれど、他国だとまだ白粉おしろいに使っているところもあるかもしれない」

「白粉……ですか。ああ、そういえば、腕や首に白く塗るものがありましたわ。わたくしはなんだか気持ち悪くて、塗られてもすぐに落としていましたけど」

 胸にまで塗られたことがあって、本当に気持ち悪かったのですよね……


「正解だね。鉛は身体に多く取り込まれると、脳や肝臓といった場所に溜まって中毒症状を起こす。慢性的な貧血とか腹痛とかの原因にもなるし、耳が聞こえなくなる人もいる。最悪、死ぬ」


 えええええーーーー!

 そんなものまで溜め込んでしまっていたのですか、わたくし?

 いえいえ、怖いことを大袈裟に仰有って、わたくしを脅かそうとなさってません?

 ……全然モヤモヤが見えませんわーーーー。

 むしろキラキラですー!

 本当のことなのですねーーっ!


「鉛はいろいろなところに使われているし、知らずに体内に入ってしまって中毒症状が出てしまう。場合によっては、人格にまで影響して暴力的になったりもするらしいから」

「そんなに危険なのに、いろいろなところに使われているのですか?」

「危険だと理解している人がまだ少ない地域では……ね。皇国では口にするものや日常的に触れるものなどには、殆ど使われていないよ」


 ディルムトリエンと皇国の違いって、こんなところにもあるのですね。

 あの国の方々は、こういう知識も広まっていないから寿命が短かったり、子供ができにくかったりするのかもしれませんわ。


「あ、あと、君は弓を使うんだよね? やじりにも使われているから、気をつけてね」

「鏃に、ですか?」

「かすり傷でもちょっとした破片が入り込むこともあるかもしれないし、まぁ……ないとは思うけど、欠片とか口になんか入ったら危険だからね」


 やじり……

 矢で、食べ物を射て……盗っておりましたね?

 初めの頃は石とかでやじりを作っていましたけど、王宮兵の訓練所から飛んできた矢を拾って、そのやじりを利用していたこともありましたっ!

 で、そのまま、食べて……やじりも舐めたことがあります……ね。


 鉛中毒の原因、半分くらいはわたくし自身のせいな気がしますわっ!

 なんということ!

 あまりにも、ヘッポコ過ぎますっ!

 無知って怖ろしいですっ!


「もう魔毒の方も大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫ですよ、マリティエラさん。全部分解しましたから」

「良かったわ……魔毒は、完全に消すのが本当に難しいもの……」


 いけません、自らのダメっ振りに落ち込んでいる場合ではございませんでしたわ。

 お礼を申し上げなくては!

 命の恩人なのですもの。


「ありがとうございます、マリティエラ様、アズール様! わたくし、全然自分のことが解っておりませんでした」

「自分のことって、一番解りにくいものよ。間に合って良かったわ、ヒメリア……」


「それでは、お……いとま、いたしますねっ!」

「ありがとうね、た、すかったわ」


 そそくさとアズール様は立ち上がり、部屋を出てしまいました。

 マリティエラ様も手を振って見送っていらっしゃいます。

 きっと、他にもアズール様のおこしを待っている方々がいらっしゃるに違いないわ。

 わたくしのために、態々来てくださって……感謝に堪えません。


 はぁ……なんて素敵な方だったのでしょう……

【治癒魔法】……聖魔法師の方って、みんなあんな風に気高い雰囲気を持っていらっしゃるのかしら……


 その後、マリティエラ様の魔法で魔力の流れを整えていただき、薬師さんがくださった体力回復の薬でめっちゃくちゃ元気になりました!

 お薬なのに、甘くて幸せでした……!



 講義室に戻ったわたくしは、あまりの身体の軽さに驚きました。

『溜まり』は身体を傷つける……なんて怖ろしいことを知ってしまったのでしょう……

 でも、これからはもっと、負担なく魔力が使えるようになるかもしれません。


 まだ健康診断は続いていて、戻っていらしてない方がいます。

 きっとわたくしのように、自分で気付いていないことが解った方もいらっしゃいますよね。

 衛兵隊ではこのように、いつも健康管理ができるのですね……ますます、衛兵になりたい気持ちが強まりました!



 昼食のあとは、久し振りの座学です。

 オルフェリード教官から綴り帳の採点が終了したので返却します、と言われました。


「採点した範囲の一番後ろに『審査済印』が押されています。その印より前の部分については、今後訂正・修正しても得点の対象にはなりません」

 綴り帳の途中までだとしても、残りを使えるということですね。

 ギリギリの冊数と仰有っていましたもの、無駄はできませんよね。


「そして、返却時に具体的な点数は言いませんが、加点・減点などは伝えますので今後のやり方について各自で考えなさい」

 加点であれば、そのやり方でも間違っていないけれど、同じようにしただけでは次回の時には加点されないかもしれないですね。

 ファイラス教官も『基準は上がっていく』と仰有ってましたもの。


 次々に名前が呼ばれ、綴り帳を受け取る時に『加点』『減点』『どちらもなし』……など告げられ、皆さん一喜一憂していらっしゃいます。

「シェレナータ」

 立ち上がって教官のもとに歩き出したシェレナータの顔色が、あまりよろしくありません。

 余程、自信がないのでしょうか。

 あら?

 すぐに綴り帳を返されないのですか?


 そして、あの綴り帳を奪おうとしていた男性ふたりも前へと呼ばれて、横一列に並ばされました。

「なぜ白紙のまま出したのか、答えなさい」

「……」

 誰も、答えられないみたいです。


「では、質問を変えよう。なぜ、何も書かなかった?」

「お、覚えていれば……いいかと思って……」

「前日に『覚えていることを全て書いておけ』と『命令した』はずです。二度にわたる命令違反、ということですね?」

「い、いえ、その……っ、じ、時間が、なく」

「一文字も書けないほど時間がないと? 他の者を脅して、綴り帳を奪おうとする時間はあったのに、か?」


 三人の身体がわなわなと震え出しました。

 あの廊下での顛末を、ご存知だったのだわ。

 それとも、他の場所でも同じようなことをしていたのかしら。


「四日間の謹慎、現在の得点の半分を没収。今後、一度でも減点になれば、その場で不合格とする」

 それって……お食事はどうなるのかしら?

 食堂には、行ってもいいのかしら。


「謹慎中の食事は、一日一度運ぶ。自室から出ることは許さない」

 ……一食というのは……厳しいです……あ、でも量が多いのかもしれませんね。

 三食分を一度に運ぶとか。

 それに、外出先でお菓子だって買っていらっしゃるはずよね。


 三人が退場後、呼ばれたのは『好敵手さん』でした。

 テターニヤさんと仰有るようですね、わたくしの好敵手は。

 見事に『加点』をいただいていらっしゃいました。

 ふふふ、流石、わたくしの好敵手……ですね。


 そして、わたくしも無事『加点』をいただけました!

 頑張って清書した甲斐がありました!

 ラーシュとキリエムスは……特になし……で、落ち込んでいましたが。


 全員への返却が終わり、減点がかなり多く、加点をいただけたのはわたくしと好敵手テターニヤさんの他には三人だけでした。

 推薦者で加点がテターニヤさんだけというのは、とても意外でしたわ。


「今回の採点基準は命令通りに『全ての講義についての筆記がされているか』『文字の正確さや美しさ』が主な点でした。次回はこれだけでなく別の要素も加えられます」


 やはり、こちらも基準は上がるのですね……

「しかし、あまりにも記述が下手で読むことすら困難なものが大変多く、はっきり言って見ただけでげんなりするものが殆どでした」

 オルフェリード教官、厳しいお言葉です。

「そこで、どのような記述が的確で美しいか……という見本を、一度示しておきます」


 そう仰有ったオルフェリード教官が招き入れたのは……タクト様でした。

 なぜ?




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『カリグラファーの美文字異世界生活』第401話とリンクしております

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