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 ちょっと居心地悪そうに、オルフェリード教官の横に立つタクト様。

 綺麗な蒼い瞳で、わたくし達全員をぐるりと見回しています。

 何だか既視感がございますけど……あ、そういえばアズール様も蒼い瞳でした。

 魔力の強い方というのは、神々の色の瞳をなさっていると聞いたことがありますからそうなのかもしれません。


「彼は一等位魔法師で、大変『記述』に関して秀でていらっしゃる方です。今から半時弱の講義を一緒に受けていただき、記述された綴り帳を後で見せていただきます」


 少し、ざわめきが起きました。

 これは『なんでだ?』というものではなく、おそらく『期待』です。

 特に予備試験組は、講義というものに慣れていません。

 どのようなものが『加点』となるのか、指標になるはずですから。


「席は……」

「あ、どこでもいいですよ。一番後ろの端とかで」


 何を仰有っているのかしら?

 一等位魔法師に後ろに座られたら、落ち着きませんわっ!


「それだと彼等が恐縮してしまうので、ここでお願いします」


 タクト様用でしょうか、教官を横から見るような位置でわたくし達に書いている手元が見えるように横向きになって座られました。

 そして、体術と強化魔法の関係についての講義が始まり、わたくし達も書き取りを開始したのです。

 なんだか、教官はいつもより話す速度が速い気がします。


 そして、ちらり、と視線を向けると、タクト様は殆ど手元を見ずに、たまに視線を落とすだけ。

 でも、もの凄い速さでどんどん書き付けていらっしゃいます。

 もしかして【強化魔法】でも使って、腕を動かす速度を上げていらっしゃるのかと思うくらいですわ。

 ぱらり、と紙をめくる音がして、もうそんなに書いたのかとこちらが焦ってしまうほどです。


「……では、ここまで」

 そう言われて、ほーーーーっ、と多くの方々が息をつきます。

 この講義の速さで、どうやって美しく書けなんて仰有るのでしょうか。


「では、何か質問は?」

 仰有ったことがまだちゃんと解っておりませんのに、その中の何を質問すべきかなんて解りません。

「はい」

 え?

「……タクトくん」


 オルフェリード教官の声が少し低いのは、一等位魔法師からの質問ということで緊張なさっていらっしゃるのでしょうか?


 タクト様はそんなことは意に介さず……とばかりに、いくつかの点についての確認をなさってから質問をぶつけます。

 講義の中で【強化魔法】をどこにかけるかの説明に対し、なぜ腕全体でなく手首だけなのかとか、足へ強化では筋力を上げる場合優先されるのは、速度なのか柔らかさなのか……など、言われてみれば確かに細かい説明がなかったと思われることを適切に質問し、回答を得ていらっしゃいます。


「もう、いいですか?」

「はい。今のところは」

「君から尋ねられると、身構えてしまいますねぇ」


 オルフェリード教官がこんなにも余裕がなく見えるのは、初めてです。

「すみません、ちょっと解りやすく書きますので、少しだけ時間をください」

 タクト様がそう仰有って、なんだ、清書するのかよ……と、皆の空気が少し緩みました。


 ですが、予想を遙かに上回る短時間で、もういいですよ、と綴り帳をオルフェリード教官に渡されました。

 多分、一口で口に入れられる焼き菓子を、二枚ほど食べきる程度の時間です。


「……よくもまぁ……こんなに正確に書けるものです……」

「我流ですけど、このやり方だと一番頭に入るんですよ、俺は」


 そしてなにやら、オルフェリード教官に小さな箱のようなものも渡していらっしゃいます。

「これで、ここを映してもらっていいですか?」

「こうですか?」

「はい、はい。で、これをこっちに向ける……と」


 まあっ!

 目の前の壁に、何か浮かび上がりました!

「こ、これ……『ドミナティアの宝具』?」

 誰かのこの呟きを受けて、タクト様が説明してくださいます。


「ドミナティアの……ではないですが、まぁ、宝具扱いかもしれませんね。『拡大投影機』といいます。オルフェリードさんが持っている『撮影機』で映したものが、この『投影機』を使うと大きく拡大されて皆さんにご覧いただけるようになるものです」


 もの凄く鮮明に見えるそれは、タクト様の書いた綴り帳です。

 開いた左側は横向きだったり、縦向きだったり斜めだったり……とあらゆる方向に向いて文字が書かれています。


 ただ……文字の間違いが全くありませんし、こんなにへんてこな書き方ですのに、文字の大きさが一定です。

 丸で囲まれている箇所や、下線が引かれている箇所もあります。


 ですが、右側は整然としてまさに『美しい』と表現できる書き方です。

 単語には左側とは違い丁寧に下線が引かれていたり、線で繋いで別の行へ視線を誘導しています。

 なんて……読みやすいのでしょう。


 紙の端から端までびっしりと書き続けるのではなく、簡潔な文章や単語だけ。

 それも隙間や余白が随分とあります。

 そして長い棒を取り出され、いくつかの箇所を指し示しながらどうしてこのように書いているかの解説が始まりました。


「こちら、左側は教官の話したことをなるべく漏らさずに書き取ったもの。でも言った言葉全てではなく、重要だと思われる単語が中心」

 自分の書いたその部分を見ると、教官の口にした言葉を全てそのまま書こうとして間に合わず、最後の方など文字がよれよれです。

 はっきりいって、時間が経ったらなんて書いたか読めないと思います。


 でもタクト様が書いているのは『◎ 重心の移動 手首のみ』だけです。

 そして『手首』が丸でかこまれ、質問したときの答えが斜めに書き加えられています。

 ◎は重要という意味の記号、そして単語を囲んでいる丸は疑問に思った箇所、と仰有いました。


 そして右側は、左側の書き留めたものを整理して、見やすく、読みやすく清書したものです。

 つまり、左は教官の言葉の書き取り、右はご自身で整理して疑問に思ったことの答えまで書き込んだ清書でした。


「これは俺のやり方であって、正解の全てではありません。ただ、こうすると『聞いたもの』『考えて疑問に思ったことの答え』がそれぞれ一度に目に入る。でも、利き手と同じように利き目があり、俺は右側に書いたものの方が覚えやすいからこの形式にしている。上半分に聞いたことを書いて、下半分に整理したことを書いたっていい。如何に自分が覚えやすい『資料』を作るか、ということが書き付ける目的だから」


『目的』

 そうですわ。

 勘違いしておりました。

 書くこと、間違えずただ綺麗に書くことが重要ではないのでした。

 綺麗に書くことによって、覚えやすくすることが目的なのですよね!


「聞いて、書いて、覚えて、実践する。そして最終的には人に教えることができるまで理解を深められたら、第一段階終了です」

「え、タクトくん、そこが第一……なのかい?」

「はい! 教えられるほどになれば、新たな疑問と他の要素への関連性も見えてきますからね! そこからは研究と実験とを繰り返し、社会に還元する実用への昇華ですよ!」


 ……この方、本当に血反吐を吐かれたに違いないわ。

 目標が高すぎて、頂上の見えない山登りだわ。

 オルフェリード教官のこんなにも絶望したようなお顔、なかなか見られるものではありませんわね……


 ところで、何でタクト様が『拡大投影機』なんてお持ちなのでしょう……?

 はっ!

 まさか、ドミナティアのご関係者?




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『カリグラファーの美文字異世界生活』第402話とリンクしております

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