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一体、一体何を思い出されたのですか?
うちのヘッポコ家門が、何かしたのですかっ?
怖くて聞けませんがーーーっ!
「知っている家門なの?」
さらっと聞きますのね、マリティエラ様。
「昔、僕をセルジェムと間違えてた方々がいたでしょう?」
「セル……? その方って、私にやたら花を贈っていらした方のこと?」
「そうです。君だけは、僕とあいつを間違えませんでしたよね」
「確かにあなたの家門って顔かたちはよく似ているけど、違いは解るわよ。あの人、町中でもどこでも花を渡してきて……私が止めて欲しいって言ってもきかないし、鬱陶しかったのよね」
あら?
何ででしょう……嫌な予感がいたしますわ。
いましたよね、人違いであり得ないことをしでかしたお馬鹿な人が!
「あいつは、従者家系の娘達に人気でしたからね。その取り巻きで、君に嫌がらせをした女性のひとりがそんな名前でした」
母上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
「あら……いたかしら? そんな人……?」
……当のご本人に、認識されていないということですの?
え、それって、もの凄く間抜け……
「ほら、貴系学舎裏側の出入り口で、待ち伏せしていた連中の中にいた……蛙を投げてきた人ですよ」
「あの頃ってそういう人達が多かったから、個別には全く覚えていないのよねぇ」
「君、蛙はきちんと避けて、全員きっちり凹ませていましたしね」
「嫌がらせするってことは、それ相応の覚悟があるということでしょう?」
「その強さは、セラフィエムスの血筋ですねぇ」
だ、だめです。
衝撃的すぎて受け止めきれません。
絶対に、その待ち伏せしていた中にいましたね……しかも、なんですか、蛙って!
あれは投げるものではございませんよっ、母上ぇぇぇっ!
その上コテンパンにやられて、這々の体で逃げ出した姿まで容易に想像できますっ!
よりによって、セラフィエムス家門の方に!
馬鹿にも程がありますっ!
ヘッポコどころの騒ぎではございませんんんーーっ!
「も、申し訳ございません……多分、それ……母のことかと……」
「あら、いいのよ、あなたが謝ることではないわ。わたし、何ひとつ覚えていないし」
なんて、お強い。
「僕もその前日に手紙を間違えて渡されたから、覚えていただけですが……少し面影がありますね、君には」
「……」
似ている……のかしら、あの人に。
「ライ、母親をよく思っていない人に似ているなんて言われて、気分がいい訳ないでしょう。意地悪だわ」
「すみません、ちょっといろいろ思い出してしまって……嫌味が言いたくなってしまっただけです。手紙を渡してきた時に否定したというのに、全然信じない人で……まぁ、どうでもよかったので『セルジェムの振りをして』手紙を突っ返しましたが」
きっ、と統括を睨んだマリティエラ様は、全く引くことなく逆に詰め寄っていらっしゃいます。
「あなたって本当に、先代のマントリエル公にそっくり」
「……それだけは言わないでくださいよ、マリー。謝っているじゃないですか……」
「ちゃんと彼女に謝って! 全然関わりのない子に嫌味を言う男なんて、最低だわ!」
い、いけないわ、わたくしのせいでおふたりが喧嘩なんて。
でも、言葉が出て来ません。
マリティエラ様が心配そうに覗き込んでいらっしゃるのに、お礼もお詫びも……
「ごめんなさいね、えーと……ヒメリア?」
「い、いえ、大丈夫です」
「あなた、少し具合が悪い?」
「……? いいえ」
挙動不審でしたでしょうか……そのせいでお気を遣われてしまったのかも。
「君は、母親が好きですか?」
統括にそういわれ……嘘は吐けませんでした。
「……いいえ」
「僕も一緒です。家族だからって好きである必要はないですし、嫌ってはいけないということもありません。でも、嫌でも姿形が似てしまうことはよくあるのですよ。たった、それだけのことです。君はその母親とは別人なのだから、何も気にする必要はありません」
「はい……」
その後、もう一度お詫びの言葉までいただきました。
ですがなんとなく……落ち込んでいたのは、やっぱりわたくしは母親が嫌いだったんだ、と改めて自覚してしまったからかもしれません。
……統括とマリティエラ様は、恋人同士なのでしょうか?
それにマントリエル公がお父上ということは、ドミナティア家門の直系ですよね……本当にっ!
なんてとんでもない方々に、喧嘩を売っていたのですか、母上はっ!
でも、牢にも入れられていないし、獄送りにもならなかったということはどちらの家門からも訴えられていないということ。
ただ単に、覚えていらっしゃらなかっただけかもしれませんけれど。
もし……母上の書いた手紙が意中の方に届いていたとしたら、そしてマリティエラ様に嫌がらせしたことが少しでも知られてしまったら、その手紙が証拠となって不敬罪に処されていたかもしれません。
ライリクス統括は、無礼な従家の娘を庇ってくださったのかもしれないです。
この後、わたくしは他の店を探す気もなくなってしまい、随分と時間が余っていましたので公園のある南回りで橙通りに戻ることに致しました。
……実は、自動販売機でもう少しお菓子を買い足したので、満足してしまったというのもあるのですが。
小さな公園を歩いていると、寒々しい風景の中に僅かばかりの緑が見えます。
冬というのは、随分と彩りの少ない季節なのですね。
すれ違う方々はみんな急ぎ足で、身を縮こまらせて通り過ぎていきます。
ちらり、と何かが目の前を通り過ぎました。
細かい影がちらちらと、視界に入ってきます。
雨かと思いましたが、違います。
「雪……かしら? これ」
石畳に落ちたその欠片が、いくつかは溶け、いくつかは残っています。
こんな小さな物なのですね、雪って。
伸ばした手にあたると、あっけなく消えてしまいます。
なんだか綺麗です。
うん、ちょっと、元気になりました。
『君はその母親とは別人なのだから』
ライリクス統括のお言葉が頭の中で響きます。
嫌いな母親と全く別だと言われて喜んでいる自分と、好きになりたかった母と違うのだといわれて……哀しい気持ちもある矛盾を否定できないのです。
でも、嫌っていてもいいと、仰有ってくださいました。
それに、わたくしがちょっとだけ好きだったのは……多分、母上の容姿ですから、そこが似ているのであれば……そこだけは好きでいてもいいかも。
何もかも好きでいることはできないし、必要がないのですね。
全てを嫌いになることもできないように。
雪が少し強く降ってきました。
このまま立ち止まっていては、寒くて風邪を引いてしまいますね。
歩き出さなくては!
さあ、残りの巡回に参りましょう!
そして、巡回が終わったら……お部屋で、あのお菓子を食べてみましょう。
きっと美味しいわ!
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