61
少し早めの昼食後、わたくし達は南地区へと参りました。
西側から東側へと全ての道を歩いて、警らしていきます。
雲が垂れ込めて、今にも雪になるかというような寒さを感じます。
ゆっくりと、あちこちを歩きながらいつものように住人の方々と挨拶を交わします。
この町の方々って、本当に衛兵隊と仲がよろしいのですよね……
サクセリエルでもオルツでさえも、衛兵に態々笑顔で挨拶する人なんていませんでしたのに。
子供達まで纏わり付いてくるのですもの、大人気ですね。
ラーシュは子供好きなのかしら、結構楽しそうに相手をしているけどキリエムスは少し戸惑い気味です。
わたくしも……小さい子供というのは、あまり接したことがないのでどうしていいか解らないのですが。
「さて……この辺りで一応、半分くらいは見回ったな。よし、少し休憩にしようか」
「ああ、半刻の休憩だ。集合はここ、衛兵隊南宿舎の橙通り入口前」
「「「はいっ!」」」
さぁ!
お菓子を目指して、お買い物に参りますよっ!
あ、ラーシュとキリエムスは別々の方向に走っていってしまいました。
……見回りの間に、めぼしいお店を見つけていたのですね。
わたくしも勿論、いくつか目星は付けておりましたが、既に買っている物と似通った菓子が多くて悩んでいるのです。
この町は角ごとに『住所表示板』が置かれていて、今どの辺を歩いているかの目安がつけやすいのです。
王都にも大通りだけはありましたけど、歩いている人向けではなくて馬車に乗った御者のためのものでした。
だから、位置が高くて読みづらかったのですが、シュリィイーレでは目の高さより少しだけ高い位置なのでとても読みやすいのです。
……まぁ、わたくしの背が低いだけかもしれないのですが……
ここは敢えて行っていない方向へ捜しに行くべきではないかと思い、振り返りましたら教官おふたりが南宿舎の中へ入っていきます。
あら、向こう側に通り抜けられるのですね!
ちょっと……お邪魔してしまいましょう。
衛兵隊の施設ですもの……大丈夫ですよね。
抜けた所の通りは『青通り』。
左右を見渡すと、なんと、かなりいろいろなお店があります!
これはちょっと楽しそうな通りですわ。
教官ふたりが入っていったのは……食堂?
お食事を遅らせて、わたくし達の指導にあたってくださっていたのかしら。
ちょっと興味はございますが……
わたくし達試験研修生は、残念ながら町の食堂に入ることが認められておりません。
大きな硝子の嵌め込まれた扉が珍しいですが、食堂の中の全てが見渡せるわけではないみたいです。
南側に向くと、隣の扉からお菓子らしき物を持って出ていらした女性達が!
お隣がお菓子屋さんなのですね!
早速中を見てみなくては……
あら?
大きな、不思議な入れ物が沢山並んでいるだけ?
入ってみると、その入れ物の中には沢山の……保存食という物と、お菓子が!
え?
これって、どうなっているものなのです?
キョロキョロと見回すと、使い方の説明が書かれております。
『自動販売機』……
ええええっ?
人がいなくても、買えるのですか?
箱の横に書かれている説明を読みながら、ひとつ、試してみますと……
まぁぁぁぁぁぁっ!
「凄いわ……お菓子が、出て来ましたわ」
嬉しくなって、楽しくなって、次から次へと買ってしまいました。
勢い余って保存食という物まで数種……
それにしても、ここのお菓子は今まで全く見たことのない物ばかりです。
カカオが使われたものがあったり、オルツで食べたような柑橘が冷たいお菓子になっていたり、この緑のものは……豆? ですか? でもとても美味しそうな、焼き菓子になっています。
わたくしったら、なんて素晴らしいお店を見つけてしまったのでしょう!
「私にも、買わせてもらえるかしら?」
後ろから声を掛けられて、はっ、といたしました。
わたくしったら、他のお客様のことも考えずに次から次へと……!
「失礼致しました! 申し訳ございませんでした……つい、夢中になってしまいまして」
吃驚して慌てすぎ、振り返った時に足がもつれたのかよろけてしまいました。
その方はわたくしの左腕を支えてくださり楽しげに微笑みながら、いいのよ、と仰有いまして怒ってはいないご様子です。
よ、よかったです……
「気持ちは解るわ。これ、楽しくってついつい、続けて買ってしまうのよね」
「はい。初めて見るものでございましたので……その上、お菓子がとても美味しそうで」
「あなた、衛兵隊にいらしている試験研修生の方ね? ここのお菓子に目を付けるなんて、見どころがあるわ」
そうお言葉をいただき、改めてその優しいお声の女性に向き直りました。
理知的な藍色の瞳、美しく結い上げられた……金赤の髪。
不敬だと理解しつつも、聖神二位ミヒカミーレ様が顕現されたら、きっと、こんなお姿だったに違いない……と思ってしまいました。
優しげでいながら、とても強い何かを感じるところは、リリエーナ様を思い出します。
「もう、よろしいの?」
「はい! 全ての種類を……買ってしまいましたので」
食いしん坊だと思われたわ!
恥ずかしいですぅぅーーっ!
「……ひとつずつじゃ足りないわよ? せめて、ふたつずつお買いなさいな」
「はい?」
もの凄く真剣な顔でなんと……?
「特に、この『タク・アールト』と、乾酪のお菓子は、絶対に!」
「はいっ!」
勢いに押され……三つずつ買ってしまいました。
こんなに食べきれるかしら……
「ここのお菓子は全部、百日はそのまま保存ができるから。お部屋には、このまま置いておけば大丈夫よ。でも箱から出したら、すぐに食べるのよ?」
「はいっ! ありがとうございます」
百日間も?
【収納魔法】だって十日くらいが限度ですのに。
わたくしの後に迷うことなく、絶対! と仰有った菓子を十個もお買い求めになる姿を拝見して、あと何個か買い足そうかしらと悩んでしまいました。
その後ろ姿を拝見していて、なんて見事な髪色かしら……と改めて溜息が漏れます。
わたくしの色よりも金が強くて、光に透けると赤く……ふと、母上が嫌がらせをした……という方を思い出しました。
『金色が強い金赤の髪』で、貴族の、女性。
「マリティエラ! また、君はひとりで買い物に出て!」
その女性を呼んだのは……衛兵隊南門統括のライリクスさんです。お知り合い?
「あら、大丈夫よ。少し運動した方がいいの」
「だからって、こんな寒い日に出歩く必要がありますか!」
「ライ、お仕事中でしょう? 試験研修生の方が、吃驚していらっしゃるわよ?」
マリティエラ……様にそう言われて、統括は初めてわたくしに気付いたみたいです。
「おや……ああ、休憩時間ですね」
「はい! お菓子を買いに参りました」
「ここの菓子は、絶対に食べておくべきです。よい選択をしましたね……確か、ヒメリア、でしたね?」
「はい」
「……姓を聞いてもいいですか?」
わたくしは不思議に思いつつ、エイシェルスです、と答えると統括の顔が少し……歪みました。
「昔……そんな人がいましたっけね……」
え? え?
ええええっ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます