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 その後、再開された北西地区の巡回では特に問題もなく、道行く方々とご挨拶を交わすくらいで北西門へと戻って参りました。

 わたくしは、どうしても気になってしまってノエレッテ教官に尋ねました。


「質問してもよろしいでしょうか」

「なんだ?」

「先ほどの……タクトさんと仰有る、魔法師の方についてでございます」


 わたくしの質問に、他のふたりが緊張するのが解りました。

 ふたり共、聞きたいけれど聞いてはいけないのではないか……と、思っていたのかもしれません。


「ああ、タクトくんは……なんと言ったらいいのかな」

「そうだなぁ。一言でいうと『天才』と言えなくもないが、彼の魔法や技能は想像を絶する努力のたまものだからな」

「確かに、そんな簡単な言葉で片付けることはできんな」


 努力の賜……一体、どれほどの?

 だって、どう見てもわたくし達とさほど年齢が違わないように感じました。

 どうしてああも違いがあるのか、魔法師だからという理由だけでは全く納得がいかないのです。


 成人の儀で授かった魔法などを、わたくしはまだどうやって高めていけばいいのかすら解っていないのです。

 魔法師という方々は、それが解っていらっしゃるから……特別なのでしょうか?


「彼と同じ魔法を手にしたければ『血反吐を吐くほどの勉学と魔法の研鑽が必要』だろう」

「幼い頃から十六年間、一日に何刻もの座学と鍛錬を重ねたらしいからな」

「彼は一等位魔法師の中でも、特別に強く、優秀な魔法師だ。まぁ、我等でさえ及ばぬくらいだから、おまえ達と比較はできぬよ」


 じ、じゅうろくねんかん?

 血反吐を吐きながら……幼い頃から?

 どなたかに強要されて、無理矢理?

 それとも自ら進んで、ですの?

 もしかしたら、もの凄くお若く見えるだけでかなり年上なのでしょうか。


「あの、タクトさ……様、は、おいくつでいらっしゃるのでしょう?」

「今、二十八歳だったっけ?」

「ああ、そうだ。長官が、誕生日の菓子を食べ損ねたと残念がっておられたからな」


 長官と、個人的にお付き合いのある方なのですか?

 ということは……少なくとも銀証……もしかしたら、金証の可能性も?

 そんな方なのに、何でああも簡単に跪いたりなさるの?


 しかも、わたくし達より三歳ほど年上なだけなのに、十数年もの勉学を収めていらっしゃると?

 ……落ち込むのが馬鹿らしくなるほど、違い過ぎますね。

 自分と比べてはいけない方なのですよね、きっと。



 昼食のためにわたくし達全員、宿舎へと戻って参りました。

 皆さん外を歩いたせいか、生き生きとしていらっしゃいます。

 そして、なんとなく巡回に行った者同士で固まって、食事をとる感じになってしまいました。


「それにしても、凄い魔法師だったなぁ」

 ラーシュさんの呟きに、やっぱりあの方は一般的でないのだと改めて思いました。

 でも……もしかしたら勉強次第では、わたくしでもあのように魔法が使えるのでしょうか?


「ああ、あんな魔法が苦もなく連続で使えるなんて、考えられないよ」

「【加工魔法】と【浄化魔法】は確定……で、『鉱物鑑定』があって、空間系の魔法が使える」

 お二方の推察通りでしょう。


「あの方、多分【回復魔法】もお使いになれるわ」

「え?」

「わたくしが先に使えると言ったから、お譲りくだすっただけだわ」

 だって、そうじゃなければ『硝子を閉じ込めたままにするな』なんて指示は出せないわ。


「なる程な……その上、あの工房に『住居用付与魔法』をかけて、鉄の粉を鉱石に作り替える【付与魔法】までできる訳だ」

「種類の多さも凄かったが、速くて正確で……強力。一等位魔法師ってのは、全く俺達とは比べものにならないんだな」


 今回の研修生の中にわたくし以外の銅証がいないということは、魔法師職の方もいないということですよね。

 成人したばかりですと、大概、三等位魔法師ですからそれでも比べられはしないですけれど。


「長官も一等位魔法師でいらっしゃいますから、タクト様と親しくなさっておいでなのかしら」

「あ、そうかもな! ヒメリアは、ご詳録を見たことがあるのか?」

「ええ、少しの間セラフィラントにいたので」

「いいなぁ! 僕はエルディエラだから、なかなかセラフィラントまでは……王都だって、本試験の時が初めてだったよ」


「俺も! 王都の食事も旨いと思ったけど、シュリィイーレの方が俺は好きだなっ!」

「うん、僕もだね。この鶏肉の焼いたのなんて、初めての味だよ」

「甘いのにしょっぱいって、不思議ですわよねぇ」

「なんていう調味料なんだろう? 買って帰りてぇなぁ」


 ……不思議なくらい、会話がつらくありませんわ。

 これって、同じようなことを経験した時に芽生える『同志』としての感覚なのでしょうか。

 ヴェーデリア邸での方達とは、全く感じられませんでしたけど。



 それからも、三日ごとの巡回に行く時は同じ三人で集まって行動するので、自然といろいろと話すことも増えて会話を楽しむことができるようになりました。

 女性のお友達は、全くできませんが。


 今日は昼食後巡回の日で、皆さんとても上機嫌です。

 昼食後の巡回ですと途中で休憩時間があり、その時でしたら個人的に買い物をしても構わないと許可が出ておりますので、わたくしは目に付いたお菓子を買いまくっております。

 町中にはセリアナさんとルリエールさんが言っていた通り、素晴らしいお菓子を売っている店がもの凄く沢山あるのです!


 巡回前に、ノエレッテ教官から注意がありました。

「そろそろ雪が降り始める。雪の季節は外へ出られなくなる日が続く。必要なものは必ず本日中に買いそろえておくように」


 雪!

 バーラムトさんが『甘く見てはいけない』と言った、あの『雪』ですね!

 お部屋で刺繍もできますし、本も沢山司書室にございましたから退屈は致しませんよ。

 必要なのは、ただひとつ!

『美味しいお菓子』!

 ……教務室横の購買では……あまり毎日ですと、ちょっと買いづらくて。


 本当は東市場に行きたいところですが、今日の巡回は南地区です。

 この地区の巡回は、初めてですね。

 シュリィイーレはどの地区でも必ずお菓子を売る店があって、本当に素晴らしいですわ!


 南地区はどんなお菓子があるのかしら。

 ウキウキのわたくしに、溜息を吐くのはラーシュです。


「ヒメリアは本当に菓子が好きだよなぁ」

「あら、お菓子を嫌いな方なんていらっしゃるの?」

「俺は……あんまり食べないからな……」


 まぁっ!

 この町に来て、お菓子を食べないなんて!

 あ、ダリュー教官に笑われてしまったわ。


「確かにこの町の菓子は、他領とは比べものにならないくらい旨い物が多いからな。甘い物ってのは、必要なこともあるから少しは持っていた方がいいぞ」

「菓子が……必要なんですか?」


 ラーシュもわたくしも、予想外の言葉に驚きました。

 だって、お菓子は『嗜好品』で、食事のように体力や魔力の回復に関係ありませんわよね?


「今後の座学で『甘味の効果』にも触れる。いろいろ食べておくのも大事だぞ」

 まあぁっ!

「それは『食育』の範囲なのですか?」

 キリエムス、よい質問です!

「いや、明日から始まる『食品栄養学』だな。結構難しい学問だが、魔法と魔力に関わる有用なことが学べる」


 新しい学問ですね。

 栄養……は、身体に必要だという意識はございますが、そういえば、何がどう必要かなんて考えたことがございませんでした。

 その学問の中に『甘味』が含まれるのですね!


「『甘味』も、必要な『栄養』ということなんですか?」

「そうだよ、ラーシュ。実際にそういう場面で甘味を食べて実感しているからな、シュリィイーレ隊は。おまえ達がやるのは基礎の基礎だが、覚えておけばかなり……あ、いや、これ以上はまずいかな」


 ダリュー教官が言い淀んだということは、試験に甘味が関わるのですか?

 ……他のふたりも、察したようでございます。

 ふふふふっ、お菓子を買いまくる言い訳……いえ、目的ができました!

『食品栄養学』楽しみですっ!

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