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 昼休みに、中庭を散策することに致しました。

 食堂では嫌いなのものを食べきることができず、それでも食器を運ぶことも嫌う方々が座席から離れられなくて唸っておりました。

 シュリィイーレ隊の魔法は、凄いですね。

 それにしても、あんなに美味しいお食事を残すなんて、信じられません。


 中庭に抜けるために横切った教務室のすぐ横で、なにやら販売する場所を作っていらっしゃるようでした。

 指示をしていらしたアンシェイラ先生に伺いましたら、ここで町で売っているお菓子を買えるようにしてくださる予定なのですって!


 まぁぁぁ!

 なんて素敵なのかしら!

 食堂にいらしてくださる料理人の方々が作るものを、買えるようにしてくださるらしいです!

 町に出る機会が、まだ殆どございませんものね。

 うふふふふーー!

 楽しみですぅーー!


 うきうきと中庭を歩いていましたら、やっと食べきったのか先ほど食堂で唸っていた方々が出て来ています。


「ヒメリア!」

 突然呼ばれてどなたかと思ったら、三十六番さんです。

「……いい加減、名前を覚えてもらおうと思ってな。デェイレスだ、よろしくな」

「デェイレスさんですか、こちらこそ宜しくお願いいたしますね」


 ……なんだか、繁々と見られているようですが……失礼ではありません?

「いや、すまん。あんたみたいに育ちの良さそうなお嬢さんが、好き嫌いもなくよくあの食事を食べきれると思ってな」

「美味しいのですから、食べられますわ」


 量も丁度良いですし、王都よりいろいろな味が楽しめますし。

 ……そういえば、胡椒を持ってきたのに全然必要ないくらい美味しいですね。


「青豆は臣民の食い物って馬鹿にされているし、火焔菜なんてカタエレリエラじゃ殆ど食べないだろ?」

 そうだったのですか……知りませんでした。

 あの青豆、わたくし結構好きなのですが。

 確かに火焔菜は王都でも食べられていない食材でしたが、とても美味しかったですし。


「臣民の食べ物なら、わたくし達が食べて当然ではありませんか? 銅証以下は全員『臣民』ですもの」

 三十六番さん、いえ、デェイレスさんは驚いたような顔をなさいます。

「あなただって、イスグロリエスト皇国法でご存知の筈でしょう?」

「頭で解っていても、そのように振る舞えるやつはまだまだ少ないからな……凄いなぁ、ヒメリアは」


 この身分階位が決められたのは、かなり前の筈です。

 法典の中にだって書かれていたのに、どうしてそんなにも『選民意識』があったのでしょうか。


「うちも昔は従者の家系だった。リバレーラのな。でも四代前に領主の元を離れて、カタエレリエラで暮らしていたんだ。それなのに……未だに爺さん達には『従者家系』としての意識が根強く残っている……」

「従者だって、昔からただの臣民です。銀証以上でない限り、何をどう取り繕おうとどういう呼び名で呼ばれようと変わるものではありませんわ」


 あ、少し怒りましたね。

 デェイレスさんの中にも、少しは『従者家系は特別』という意識があったのでしょうか。


 確かに、かつては特別だったのだと思います。

 英傑に付き従い、扶翼に助力を惜しまず、臣民達のために力を尽くしていた、わたくし達の遙か昔の祖先達は。


 しかし、貴族達からの感謝と褒賞に傲り、神々からの恩寵に胡座をかき、研鑽もしなくなった子孫達に何があるというのでしょう。

 力の弱い者や護るべき者達に高圧的になり、血統を失って尚図々しく振る舞い自らの手で威光も加護もなくしたのです。


 そんな輩はただの臣民と同じか、それ以下。

 むしろ近年では従者という存在が、迷惑であり面倒事の中心となることがあまりに多かった……と、どの教会でも教えています。

 そのことに恥すら感じなかったのかと、呆れるのはわたくしだけなのでしょうか?


「血統を維持できていない時点で、全て一緒です。皇家と十八家門、そして聖魔法師以外に『特別』なんて、ありませんわ」

「……そう、だな。解っちゃいるんだが、どうしても親達から聞かされたことなんかは、どこかに残っちまうんだ。あんたみたいに強くないからな」


 何を言っているのかしら。

 必要なのは強さではなく、変化を受け入れ自らを見つめ直す勇気だけですよ。


「わたくしが強く見えるとしたら、強く在ろうとしているからです。生きるために、そうしていようと思っているからです」


 いけないわ、少し感情的過ぎるわね。

 でもここで吐き出しておかないと、午後の訓練でまた魔法をぶっ放してしまいそうです。


「あなた方、甘ったれているだけです」


 ふぅ……言ってしまいました。

 わたくしだって。強くなんかありませんのよ。

 なのに、わたくし程度が強く見えるというのなら、それはご自分に甘いだけよ。

 こんな素晴らしい国で生まれ育っているから、甘えていても許されていただけなのに。


 ……いけないわ。

 こういう考え方、自分でもあまり好きじゃないわ。

 だって、わたくしが幸福に生きてきた方々に対して、ひがんでいるみたいじゃない。


 自分が不幸だったから、なんてことを言い訳にしたくない。

 不幸なんかに見舞われなくても、勇気があってお強い方はいらっしゃるわ。

 恵まれない日々を乗り越えたから偉いなんて、だから強いなんて考えるのは嫌いだわ。


 甘えていても生きていけるのなら、それでもいいじゃない。

 わたくしには関係ない、わたくしがそういう人が嫌いだというだけのことよ。

 そして、従者家系が愚かだからと言うのも、理由にはなりません。


 全部、自分次第と自覚しなくてはいけないのですよね。

 家門とか、性別とか、自分ではどうしようもないことに囚われていたら本当に選ぶべき道を見失ってしまいそうです。


 もっと強く、何ものにも折れないように……強く、なりたいです。

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