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 翌朝、早速始まる座学の講義室へ。

 座席は決められており、わたくしは一番前の真ん中でした……だけど、前に人がいないのは講義に集中できていいですね。

 席は四列、五人ずつ並んでおります。


 あら?

 わたくしの横に、あの十五番さんがいらっしゃるわ。

 身分階位順……ではないのかしら?


 そ、それともっ、この十五番さんもわたくしのように従者家系からの予備試験挑戦者?

 家系魔法が、まだ出ていらっしゃらないだけ……?

 そうですよね、どなたがどんな身分階位なのかなんて勝手に思い込んではいけないのでした。

 オルフェリード教官のように、十八家門の傍流ということだって……ないとは言えませんわ。


 全員が着席した時に、教官の方となにやら小さめの箱をいくつかを持った方々が数名入っていらっしゃいました。


「只今よりこの文箱を配ります。中には筆記具と紙、綴り帳が入っていますので講義を受ける際は必ず持参してこの道具を使用するように」


 名前を呼ばれて前に進み出ますと、文箱をひとりひとりに渡してくださいました。

 中に入っている物全てに魔力を通し、所有者を明らかにしておくように……とのことです。

 専用の筆記具までご用意くださるなんて!


「綴り帳には、毎日の講義内容を必ず記入しなさい。使い終わったらいつでも申し出なさい。次の綴り帳を渡します」

 えっ!

 それじゃあ、いくら書いても宜しいのですね!


「筆記具……千年筆には予め一瓶分の色墨が入っていますが、こちらも足りなくなったら補充があります」

 色墨が……入っている?

 どういうことでしょうか……?


「千年筆を持ち、魔力を流すと色墨が溶け出して書けるようになります」

 やってみると……まぁっ!

 本当に書けます!

 全く付け足す必要がない筆記具なんて、初めてです!


「すげぇ……なんて魔法だ。流石シュリィイーレ……」

 十五番さんが思わずそう呟くのも、無理からぬことです。

 何もかもが特別……わたくし達はこれから、どれほどの驚愕を味わうのでしょう。

 中に『取扱説明書』と書かれた紙が入っております。

 これに詳しく使い方が書いてあるのですね。

 あとで読まなくては。



 ……講義は、信じられないほど高度なものでした。

 今までも法典や魔法書などを読んで、結構勉強していた気でおりましたが全然足りていませんでした!


 食べ物による魔力回復?

 その種類によって、加護と回復力の違い?

 身分階位とその職による格の違いや、対応する礼儀作法?

 全部初めてのことばかりですぅーーっ!


 もしかして、研修では既に学んだことなのでしょうか?

 わたくし達、予備試験組だけがついて行けていないのですか?

 そう思って休憩時間に講義室内の会話に耳を傾けておりましたら、どうやら研修内容よりもかなり難しくなっているようです。


「確かに『行儀』というものはあったが……ここまで細かいなんて……」

「ああ、それに『食育』なんてものは、全く研修ではやらなかったぞ」

「本試験前研修の、更に上の学問ということなのだろうな……大貴族達が通っている『貴系学舎』の講義なのかもしれない」


 な、なるほど……

 昔は『臣民奨学院』と『下位貴族学院』と『貴系学舎』があったそうです。

 ですが、今は『下位貴族』なんていう言葉そのものがなくなり、銅証以下の者は全て『臣民奨学院』にまとめられたのです。


 その『臣民奨学院』は、十五歳から二年間。

 基本的な学問を学ぶ場所で、希望者のみが通うのです。

 裕福な家庭では専任の教師を雇って子供達の教育をしますので、通わない者も多く『下位貴族学院』があった頃は十六歳から十八歳まで、そちらで学ぶのが従家の者の常識だったそうです。


 そして、皇族や十八家門の方々はそれらに通うなどということは絶対になく、騎士位を持つ銀証、金証であれば『貴系学舎』で学ぶ必要があります。

 そして『貴系学舎』には今でも銅証以下は入学はおろか、敷地内に入ることすらも許されていません。

 王都にある『貴系学舎』は金証か、銀証でも騎士位獲得後に入学でき、三十五歳までのうちの四年間が学習期間です。


 ……騎士位試験に落ちてしまった銀証の方で『貴系学舎』で勉学を修められなかった場合は、省院務めや近衛になることもできず、教会に入ったとしても第二位神官止まりだそうです。

 そして皇宮に入ることも基本的には許されないのだとか。

 卒業までにいくつもある試験の合格者達が、この国の重要な省院に配されるということですからかなり難しくて当然なのです。


 そうですか……

 そんな難易度の高い講義に、ついていかねばいけないのですね……

 大貴族であっても、血統魔法がなければ騎士位獲得が貴系学舎入学の絶対条件のひとつですから、それに準じた学問ということなのですね。

 今までがぬるま湯過ぎたのですっ!

 気を引き締めなくてはいけませんね!


 昼食時間になる頃には、皆さん疲れ果てていました。

 ですが、食堂に行き食事はきちんと取らなくてはいけません。

 これも『食育』という学問だと、先ほどの座学でも念を押されました。


 食堂に入る時に、小さい部品を渡されました。

 身分証入れの鎖に付ける『伸糸部品』というものだそうです。

 席につき、身分証をまず机に翳して食事を運んでもらう要請をしました。


 そして部品の小さい穴に鎖を通し、もう片方に身分証の入った入れ物を取り付ける……できました。

 首にかけて身分証を引っ張ってみると……糸が伸びましたわ!

 まぁ、便利!

 いちいち身分証を外さなくていいのですね!


 これは……魔法ではありませんのね。

 魔法が使われていない物まで、こんなに便利だなんて……


 がこん、


 あ、お食事が運ばれてきましたわ。

 ……人参、赤茄子、鶏肉……?

 あら?

 さっきの講義で聞いた、加護属性の説明に出て来た食材ばかり……!


 凄いわ……座学で教えていただいたものを、すぐに食べて確かめられるのね!

 だから、これも『勉学』と仰有ったのだわ!

『食育』って、とても面白そう!

 これから毎日の食事が楽しみになりましたわ!

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