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 それから少し大きめの金属板が用意され、全員が順番に右手を置いてください、と女性隊員の方に指示されました。

 まぁぁ!

 近くで拝見しますと、本当に素敵な制服です!


「今まで、食べて気持ちが悪くなったり、皮膚が痒くなったりした食材はありますか?」

 突然そう問いかけられて、ちょっと吃驚しましたが……えーと、毒は食材ではないから考えなくていいのですよね?

「いいえ、ございません」


 そう答えると、にこりと微笑まれました。

 はぅー、可愛らしい方ですぅ!

 こんな衛兵隊員になりたいですぅぅー。


 そして左手に持っていた魔力を通した盆が回収され、夕食の準備をしてくださるとのことです。

 ですが……まだ、わたくし達は立ったままです。

 まだ何か手続きがあるのだろうかと思っていましたら、廊下から足音が聞こえてきました。


「待たせたか?」

「いいえ、丁度いいですよ、長官。食事や採点方法の説明が、終わったところです」


 セ、セラフィエムス卿です!

 あまりのことに、全員が棒を飲んだように立ち尽くします。

 だって、食堂ですよ?


 大貴族の……しかも、神斎術師の衛兵隊長官がいらっしゃるなんて、思わないじゃないですか!

 そして、わたくし達に向き直り、全員を見渡されてからゆっくりとお話しくださいます。


「諸君、まずは長旅ご苦労だったな。俺がこのシュリィイーレ隊長官のセラフィエムス・ビィクティアムだ」

 ざっ! と全員の姿勢が整い、最敬礼がとられます。

「いい。楽にしろ。シュリィイーレでは、いちいち俺に敬礼の必要はない」


 ……少し、空気が緩くなりましたが……最敬礼の必要がなくても『礼を尽くす』という当たり前のことは必要なはずです。

 気を抜く者は、誰もいません。


「この町が特殊だということは承知していると思うが、その理由までは知らぬだろう」

 セラフィエムス卿の声は、穏やかで決してきつい口調ではないのに『強さ』を感じます。

 男性の声が心地よい……と思ったのは、初めてかもしれません。


「この町では基本的に『姓』での呼びかけはしない。衛兵隊員達も、全員『名』呼びだ。今年は……ああ、ひとりだけか。ならばそのひとりも含め、全員『名』での呼称となる」


 良かった……わたくしだけ『姓』で呼ばれたりしたら疎外感を感じてしまうところでしたわ。

 あ、ということはオルフェリードさんも……『名』の方なのですね?


「この町は『同姓』の方々が非常に多いのでな」


 ……はい?

 『同姓』が……『多い』?


「おまえの『姓』も多かったよな? オルフェリード」

「いえ……ナルセーエラは四人ほどですよ。一番多いのは、ゲイデルエスじゃないですか?」

「ああ、そうか。リンディエンかと思ったが……」


 きゃーーーーー……

 聖魔法師だとしてもおののいておりましたのに、十八家門の方なのですか?

 同姓の方々が多いって、従家じゃなくって貴系ということですか?

 貴系正統、貴系傍流の方が、あちこちにいらっしゃると?

 もしや、皇家傍流の方も?

 怖くて町を歩けませんわーーーーー!


 良かったわ、町中での飲食を禁止して下さって。

 もしうっかり食堂とかでそんな方々と一緒になんてなってしまって、知らずに失礼なことをしてしまっていたら一発退場じゃないですか!

 ああ、皆さんも、同じことを思っていらっしゃるみたいですわね。


「それと、この町は聖魔法師も多い。身分階位的には、おまえ達が一番下だ。忘れるなよ? たとえ成人前の子供だったとしても、おまえ達より階位がかなり上の場合があるからな」


 少し悪戯っ子のように、にやり、と笑ってわたくし達に釘を刺される長官ですが、そもそも外に出なければいいのです!

 わたくしは自室で勉学に、訓練場で弓術に励むことに致します!

 幸い、かなり広めの訓練場があるようですから、運動不足になることはありませんしっ!


 長官が退席なさり、わたくし達の身体が火にかけた乾酪のように弛緩した時に、夕食の準備が整ったので好きな席に着くようにと指示がありました。

 ぱたぱた、と近寄っていらしたのはシェレナータさんです。


「お隣、よろしいでしょうか?」

「……勿論です」


 実はまだ少し緊張しているので、あまり喋りながらの食事はしたくなかったのですがここで断ってはお友達候補を失ってしまいます。

 努めて冷静に、笑顔など作ってみます。


 そして、四人掛けの卓に並んで座った時に、向かいに三十六番さんがいらっしゃいました。

「いいかい?」

「ええ、どうぞ」


 卓は大きく、目の前が盛り上がっているので、向かいの方はちょっと遠いし手元などは全く見えません。

 だけど、なんで盛り上がっているのかしら?

 蓋……のようなものも付いていますし。


「座席に着いたら、君たちの身分証を卓の色が変わっている部分に翳してください」

 身分証……?


 訳も解らずに言われた通りにすると、がこん、と音がして何かが動き出したような気配があちこちでし始めました。

「うおっ?」

「わぁっ!」

「えっ?」

「きゃっ!」

 驚きの声が漏れ聞こえて、こここここ……と、目の前の盛り上がった部分から音がしました。


「まぁっ!」


 盛り上がっていた部分の、こちらに向いている蓋が開いたのです。

 そして先ほど、わたくし達が魔力を通した盆に食事が載せられて目の前に現れました!


 一瞬、何が起こったか解りませんでした。

 盆は……間違いなく、わたくしの魔力を通したものです。

 あ、端に小さく『ヒメリア』と名前が書かれています。

 渡された時は、気付きませんでしたが。


「食事はこのように、身分証の魔力を感知して自動で運ばれます。では、どうぞ召し上がれ」


 なんなのですか、このとんでもない魔法は!

 この町、理解が追いつきませんわ!

 誰も彼もが目の前の食事に目を丸くしております。

 そもそも『自動』なんて、初めてでどういうことなのかさっぱりですよ!


 あ、いけません。

 折角のお食事が冷めてしまいますね。

 皆さんもそろそろと、食事に手をつけ始めました。


 あら、凄く美味しい……

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