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「ところでな、具体的にどのへんが、その、格好いいと思うのだ?」
サラレア卿がちょっともじもじする感じでお尋ねになりますので、ハッキリキッパリ全部です! と……言いたいところですが、ちょっとだけ足りないと思うのです。
「おいおい、あれだけ褒めておいて今更……」
「そうだぞ、エイシェルス。何が足りないというのだ」
では、僭越ながら。
「後ろ姿、でございます」
前から見ると金釦と襟飾り、肩章もしっかりと見えて大変重厚感と煌びやかさがある最高の見場です。
しかし、後ろ姿は袖口の刺繍がちらりと見えるだけ!
腰帯も共布で同じ色、つまり、真っ黒なのです!
「その上、靴の紐穴にあしらわれている鈍色の金属部品の格好良さも、後ろからはまったく見えないのです!」
「た、確かに……」
「そうか、気にしたことはなかったが、そういえば、黒尽くめだな」
ここでわたくしが、昨夜から密かに考えていたことを申し上げてみましょう。
これがあったら、絶対にどこのご領地も追随できない見栄えの素晴らしさを手に入れられるはずなのです!
「背中の上部に……不死鳥の刺繍を、入れませんか?」
そうです。
あの袖口にあしらわれた、美しい炎の鳥。
背中の上部にその燃えさかる羽を広げた紋章を刺し、ウァラクのあの力強い文字を刺繍するのです!
「全面に刺繍するのは野暮です。あくまで、主役はこの夜空の『黒』! しかし、その背には、金赤の炎の翼を広げる不死鳥!」
その制服を纏った衛兵隊員が、美しく隊列を組んで並んだ姿をご想像ください!
漆黒の闇夜の中に、飛び立つ不死鳥の翼を持つ衛兵達……!
その翼は闇を切り裂き、再生を約束する神の炎なのです!
……あ。
あああああああーーーーーーっ!
いい気になって演説ぶっこいてしまいましたわーーーーっ!
ハウルエクセム卿もサラレア卿もきっと呆れて……
「いいぞっ! 素晴らしい提案だ、エイシェルス!」
「うむっ! 最高だぞ! 『再生の翼』! それこそ、我がウァラクに相応しい!」
「か、感激ですっ、そう仰有っていただけて!」
わたくし達三人の心が、不死鳥の元ひとつになりました!
「すぐにでも見てみたいが……どこに依頼すれば……」
「ハウルエクセム卿、わたくしがお世話になっております『バーラムト工房』は、全ての衛兵隊服の染め物と刺繍を承っております。話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「まことか! 是非とも頼む! いや、私からも直接依頼に行こう!」
「見本をお望みでしたら、少しお時間をくだされば、今ここでわたくしが刺したものをご覧にいれます」
「そなた、刺繍までできるのか!」
「君の負担ではないか? 大丈夫なのか?」
お任せくださいませっ!
まだ少々練習不足ですが、刺繍を刺すのは凄く早くなったのですよ!
わたくしは時間をいただき、事務所の隅でお借りした予備の制服に思い描いた刺繍を刺していきます。
あのお気に入りの金赤の刺繍糸は、いつでも【収納魔法】に入れていますから!
こんな所で役に立つなんて、思いませんでしたけれどね。
時折、事務官さん達がわたくしの手元を覗いていらっしゃいます。
大丈夫ですよー。
結構上手いのですよ、わたくし。
背中の中央より少し上から、襟ぐりの下くらいまでの大きさで炎の翼を広げる不死鳥を刺していきます。
今まさに飛び上がらんとするその広がった翼は、何度見ても格好いいのです。
これを考案なさった輔祭様はきっと、ウァラクに力強く、雄々しくそして寒冷なご領地でもその炎で温かくあって欲しいと、この炎の鳥を選ばれたに違いないのです。
だから、この翼こそが、この刺繍の最も大切な意匠。
そして強さだけでなく、優雅さを感じる『ウァラク』の文字。
なんだか……ちょっとタクト様の字を思い出してしまいました。
変ですね、似ていないのに。
糸に【耐性魔法】をかけながら刺繍を入れると、擦れたくらいではほつれたり磨り減ったりしなくなるのです。
バーラムトさんの工房でそう教わって使い始めてから、刺繍糸の滑りがよくなって刺しやすくなったのですよねー。
「できました!」
一刻ほどかかってしまいましたが、会心のできあがりです!
わたくしの声に、事務官さん達が集まっていらっしゃいました。
「うわぁ……綺麗だなぁ」
「格好いい……凄く!」
「さ、どなたか羽織ってみていただけませんか?」
あら?
尻込み?
「では、一番背の高いあなた! お願いいたします」
「えっ? ぼ、僕ですかっ?」
こういうのは背丈があると、余計に格好良く見えるものなのですよ!
肩幅もおありですから、非常に素晴らしい見栄えです!
半ば無理矢理羽織らせて、応接室でお待ちのハウルエクセム卿とサラレア卿の元へ。
あら、他のおふたりもついていらっしゃるのですか?
事務所、
「平気。全然、なんともない。どうせ誰も来ないし」
「寧ろ行かなかったら後悔する」
そう仰有って事務所の入口に鍵をかけ、四人で応接室へ向かいました。
「失礼致します!」
事務官さんのひとりに応接室の扉を開けていただき、中にずらずらと入ります。
四人で来るとは思われなかったのでしょう、サラレア卿が少し驚いた顔をなさっています。
「思っていたより、随分早かったな」
「うむ……」
おふたりが少し緊張気味に感じるのは、わたくしの刺繍の実力をご存じないから不安なのだと思います。
ちゃんとできているか、気になるのは当然ですわよね。
「お待たせいたしました。こちらがわたくしのご提案させていただいた『背刺繍』でございます。ご覧ください」
刺繍入りの上着を着た方が、きゅきゅっ、と靴底を鳴らしてハウルエクセム卿達に背を向けます。
キビキビして、格好いい動作ですーーっ!
これ、わたくしにも教えていただけるのですよねっ?
刺繍をご覧になったおふたりの視線が、その背中から離れません。
……お気に召していただけたかしら?
「想像以上だ……! 素晴らしい刺繍だ、エイシェルス!」
「見事だ! 輔祭殿が初めに描いてくださった、あの意匠の美しさがそのまま……!」
着ている事務官さん、とても誇らしそうですわ。
「すぐにバーラムト工房に、全ての制服への刺繍を依頼したい。それと……エイシェルス、君にも頼めるだろうか?」
「わたくしに……でございますか?」
「ああ。既に今、着ているものを預けるわけにはいかん。だが……この刺繍、一刻も早く領地の皆の背に施してやりたい」
まぁ!
わたくしの初仕事ですよね!
好きなものに、好きなことで、仕事ができるのですねっ!
「そなたの手で、我等に翼を」
「はい! 光栄ですっ!」
……あら?
ウァラクの衛兵隊って何人いらっしゃるのでしたっけ?
えーと、街区が四つで、一街区にいらっしゃるのって、シュリィイーレ隊と同じか多いくらいですよね?
ひとりで請け負うの……かなり、大変なのではございません?
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