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翌日、指定された時間がバーラムトさん一家の朝食時間より少し前でしたので、部屋でシュリィイーレで買い求めた保存食を食べてから出掛けました。
卵焼き、燻製肉と芋の乾酪焼き、そしてふんわりとしたココア菓子!
実はあのウァラクの刺繍があまりに素敵で、一昨日から練習していたのですよねー。
昨夜はちょっと夜更かししてしまいました。
早起きしなくてはいけなかったというのに……
でも、ちゃんと起きられてよかったです。
甘いもの、サイコーですね。
さぁ、完璧な朝食をいただきましたので気力体力魔力は充分ですっ!
まだどなたもいらっしゃらないのではないかと思うほど、代行役所の建物は静かです。
ウァラクの事務室がある、西棟の二階に上がって参りました。
あら?
あの黒い制服は、ウァラクの事務官さんですね。
わたくしの姿を見つけると、ぱっと笑顔になられて近寄っていらっしゃいました。
「早くから悪かったね! ちょっとだけ場所が変わったんで待っていたんだ」
「まぁ、ありがとうございます」
なんてお優しいのかしら。
「僕等の事務所だと狭過ぎちゃって、申し訳なくってさ」
……確かに、そうでしたね。
入るとその場で首を振らずとも、部屋全体が見えましたものね。
案内されたのは廊下で繋がった南棟の二階の一室でした。
二間続きの広いその部屋は、応接室のようです。
なるほど、ここを借りられるのがこの早い時間だけだったのですね。
そうですよねぇ、流石に審査官を『事務所』で待たせるわけには参りませんものねぇ。
奥の部屋でお待ちなので、そこでいろいろと質問されるのだそうです。
部屋に案内されるとすぐに事務官さんは退出され、わたくしだけがお二方のかける卓の前に。
「ようこそ。ハウルエクセム・ラシードだ」
「サラレア・シュツルスである。話を聞かせてもらうぞ」
……きゃーーーー!
十八家門の方々ですっ!
しかも、お二方、次期領主と次期次官ではありませんか!
衛兵隊試験って、こんな上位の方々が直接なさるのですかっ?
お、落ち着いて。
まずはきちんと礼をとらねば。
今はシュリィイーレの時のように制服ではありませんし、まだどこにも所属していないわたくしに『敬礼』は相応しくありません。
そして、わたくしは士族でも貴族でもないので、裳裾を手で持ち上げるような挨拶は適しません。
立礼ですが、目を伏せ、少しばかり下を向いて上半身は傾けずに膝を少し曲げて腰を落とします。
早すぎず遅すぎない……というのが難しいですが、なんとか見栄えは悪くならずに済んだみたいです。
大きめの卓を挟んで、ハウルエクセム卿とサラレア卿の向かいに座るようにと指示されました。
……背筋が曲がらないように、注意しなくてはいけませんね。
身分証の大きさを変えずに、そのまま目の前におかれた石板に載せます。
教会で使われている『鑑定板』に似ています。
そこに片手をかけ、名前と年齢を言うとほんのり赤く光りました。
「ほぅ、家系魔法があるようだ」
「加護は聖神三位か……僕等と一緒だね」
ウァラクのご領主と次官は、どちらの家門も聖神三位。
同神家門です。
たいてい、同じ領地の領主と次官は違う神をいただいているのですが、ウァラクだけは一緒。
「さて……まずは、どうしてカタエレリエラ在籍の君が、関わりの薄そうなウァラクを選んでくれたのかな?」
わたくしの緊張を解そうとしてくださっているのでしょう、ハウルエクセム卿がとても砕けた口調で話しかけてくださいます。
「そうとも。故郷も遠く、まったく気候も違う場所だぞ?」
サラレア卿の仰有ることも尤もです。
なので、全部はじめからお話しすることに致しました。
「カタエレリエラは確かにわたくしの母にとっては故郷ですが、わたくしの故郷ではございません」
どこで生まれ、どこで育ち、どんな風にここまで来たか。
これから過ごすことになるかもしれない領地の次期ご領主と次期次官ですもの。
全部、知っていていただきたかったのです。
おふたりは……多分、驚かれたと思います。
「……というわけで……わたくしは、この皇国で一番長く滞在していたのが、試験研修生で訪れたシュリィイーレなのです」
えーと……某かの反応が欲しいのですがー?
あ、あらっ?
サラレア卿が……涙目でいらっしゃる?
「よく、よくぞ、戻ったな! 無事で、よかった! そして、見事だぞ、エイシェルス!」
「あ、ありがとう、ございます?」
男性がここまで涙もろいのは、初めてでございますよ。
ちょっと、驚いてしまいました。
「でも、それだけセラフィラントに関わっているというのに……その、どうしてうちなんだ? ますます解らない」
なるほど。
では、そのわけをお話し致しましょう!
「それは……」
「「それは?」」
「制服が格好良かったからです! もの凄く!」
黙られてしまいました。
……あ、もしかしたらこれ、駄目な感じ?
でしょうか?
次の瞬間、ハウルエクセム卿は大笑いなさり、サラレア卿は呆れかえり、わたくしは……ほんの少し、ほっとしました。
「……正直過ぎるのも考えものだぞ?」
「いや、いいじゃないか! 新米騎士のくせに我が領地を救うとか図々しいことを言う奴ばかりだったが、こういう理由は、実に……くくくっ」
「衛兵隊制服が格好いいというのは、絶対に必要なのですっ!」
わたくしは衛兵隊員達の制服を王都の女性達がどう思っているか、シュリィイーレ隊の制服が如何に町の方々に支持されているか、セラフィラントの制服が格好良く見えるのは何故か……などを、捲し立ててしまいました。
「ウァラクの制服は格好いいのです! もの凄く、素晴らしいのです! 素晴らしい衣装を身につけていると、それだけで誇らしく、その衣装に恥じないようにしようという気持ちになるのです!」
「……セラフィラントより……格好いいと?」
「はいっ!」
この制服が格好良くないなんて言う人は、ただ単に趣味が悪いだけですっ!
「……わたくし、ディルムトリエンの女達の服が大嫌いでした。見られたくもない者達に、素肌を曝さなくてはいけない屈辱は絶対に忘れられません。皇国に戻って初めてやっと『人』としての『衣服』を纏うことができ、セラフィラントで『衣装』の作り方や飾り方を教えていただきました。そしていくつかのご領地の衛兵隊の服に憧れ、王都でその全てを目にして……わたくしの騎士としての『誇り』はウァラクの制服しかないと、思ったのです」
「人としての衣服と騎士としての誇り、か」
「……合格だ」
え?
「合格っ! 絶対に合格だぞ、ラシード!」
「いや、今ここで言っちゃうなよ、シュツルス」
「こういうことは、勿体ぶったところで仕方ないであろうが! 我がウァラクの衛兵隊では、貴殿を心から歓迎するぞ、エイシェルス・ヒメリア!」
こ、こんなにすぐに結果を知らされるのって……本当です?
あとからやっぱり取り消し、とか仰有いませんよね?
「うん、サラレア卿の言う通り、歓迎するよ。是非、ウァラクに来てくれ」
「はいっ! ありがとうございます!」
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