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 王都での本試験は二日間。

 予備試験と同じように筆記試験と実技試験です。

 ですが、二日に分かれていることから解るように、どの試験もかなり難しいそうなのです。


 十八家門と皇家で成人を迎えた方々は全員、かならずこの試験を受けねばなりません。

 受験者は各領地から領主の推薦で三、四人と次官の推薦で三、四人。

 それと予備試験の合格者が、だいたい二、三人だそうです。

 ひとつの領地から十人前後で、百人を少し超えるくらいというのが毎年の人数のようですが、今年は少ないみたいです。


 まず、皇家と十八家門では今年成人を迎えた方がいらっしゃらず、去年までの方々は全員合格していらっしゃるのでどなたも受験なさいません。

 そして推薦も『推薦に値する者がいない』という理由から、ルシェルスのリンディエン家門、コレイルのルーデライト家門からはひとりもいません。

 他の領地でもふたりか三人で、予備試験合格者と合わせても五、六人という感じらしく、なんと、カタエレリエラからの受験者が一番多いようです。


 受験者は全部で七十人くらい……カタエレリエラでの予備試験の人数と同じくらいですね。

 こちらも勿論、定員制ではなくて得点制ですから、合格点に達していなければ通過者が全くいない……ということもあり得るのです。


 こういう情報が、王都では掲示板に貼られて公開されているのだとか。

 どの領地の誰が受かったとか、あの領地では合格者が出なかった……なんてことも、臣民達の間で話題になるのだといいます。

 ……つまり、騎士位試験も受けない方々にとっては、娯楽と一緒なのかもしれません。


 その試験までの四日間は、じっくりと法典を読んで過ごすことに致しました。

 本当はティアルナさん達のお手伝いでもできれば、と思ったのですが受験生は勉強していなさい! と言われて、何もさせていただけないのです。

 ありがたいやら、申し訳ないやら……



「ヒメちゃん、ごめんよ、勉強中に……」

「いいえ、構いませんわ」

 部屋に訪ねていらしたバーラムトさんが、ちょっとだけ工房に来て欲しいと仰有るのでついていきます。


「ねえ、ヒメリア、これを着てみて!」

 セリアナさんに渡された上着を羽織ってみますと……これ、衛兵隊の服ではっ?

「うん、いい仕上がりね」

「これって……こちらで作っていらっしゃる訳ではないのですよね?」

 布地を卸しているだけと聞いていましたのに、できあがりがあるなんてどういうことでしょう?


「染め上がった布と小物類を渡して下請けに仕上げてもらったものが、うちに戻ってくるんだよ」

「袖刺繍と胸の刺繍は、最後にうちの仕上げ工房で完成させるのよ。正式な図柄を知っているのは、正規店のうちだけなんだから!」

「そして、検品をして問題がなかったら、王都にある各ご領地の『代行役所』へ納品するのよ」


 そうだったのですか!

 これから刺繍を入れるものが戻ってきたのですって。

 なるほど、半分くらいまで刺繍が入っていますわ。

 ここでは完成品は見られないかと思っておりましたのに、なんという僥倖!

 しかも試着までさせていただけるなんて!


「綺麗な藍色ですね……!」

 釦は燻し銀です。

 とても落ち着いてて、洗練された大人の雰囲気ですね。

「これはマントリエルよ」

「こっちの濃茶がコレイル。これも素敵なのよねー」


 濃いめの茶色に金釦。

 こちらはしっとりとした落ち着きの中にも、力強さが感じられます。


「カタエレリエラは何色なのでしょう?」

「あ、えーと……」

 おや?

 言葉を濁されていますか?


「カタエレリエラのってあんまり……臣民達からの評判が良くないのよね」

 見せてくださったのは明るい、というか、薄い? 紫でした。

 この色は綺麗な色だとは思うのですが、衛兵隊の印象とは随分違う感じです。


 こう……ピシッ! としたものが、感じられないというか。

 生地も薄手で、くたくたです。

 なんだか、残念ですね……しかも、釦が銅色あかがねいろっていうのも、あまり気分が上がりません。


「カタエレリエラって夏が長くて、暑い領地でしょ? 濃い色合いだと、見た目が暑っ苦しいのですって」

「でも、なんとなく締まらないっていうか……人気がないのよねぇ」

 もしかして、ニレーリア様がわたくしが制服が着たいと言った時に微妙な表情だったのは……人気がないことをご存知だったからかもしれませんね。


 わたくしにこの淡い色合いは、似合いそうもありませんわ。

 ……合格したら……カタエレリエラ以外を希望いたしましょう。



「こんにちはーっ!」

 工房の外から、大きな声が聞こえました。どうやらお客さんのようです。


 入口付近の柱の影からちょっと覗いてみると、にこにこ顔の男性がひとり。

 どうやら刺繍糸の販売をしているから、よかったら使ってもらえないか……と売り込みにいらしたようです。


「カタエレリエラで、とても素晴らしい糸を見つけたのですよ! ほらほら、色を入れても光沢が失われず、高級感があるでしょう? この染料は東の小大陸のもので、とても美しいのですよ!」


 あら?

 あの方、以前乗合馬車でご一緒した、あの見習いさんではありませんか!

 もう、独り立ちなさったのね。

 ……というより、そんなにお若くはなさそうだから、見習いではなくて商人の先輩にお話を聞いていただけだったのかしら。

 彼の手元を見ますととても美しい染め上がりの刺繍糸と、真っ白な染める前の糸があります。


「うーん、確かに素敵な糸だけど、うちは決められちゃっているものしか使えないのよ……」

 ルリエールさん、ちょっと残念そうですね。

 でも、その男性は全然へこたれず、それなら皆さんのご自分のものに刺繍する時にお使いになっては? と話を持ちかけます。


「その刺繍を刺したものを身に着けて、皆さんが更にお美しくいてくれたら、嬉しいんですけどねぇ、僕は!」

「そぉねぇ……じゃあ、工房として契約はできないけれど、少し買って試させていただいていいかしら?」

「はぁい! 是非とも!」


 なかなかお上手です、流石ですね。

 では、わたくしも刺繍糸を拝見して……まぁ!

 とても素敵な『金赤』の糸を見つけました!

 そんなに高くないし、何束か……買ってしまいましたわ。


「ありがとう! 皆さん! 僕は暫く王都におりますので、お気に召したらまた買いに来てくださいねぇ!」

 そう言って、その男性は去っていってしまいました。

 買った刺繍糸には、王都での住所と名前が記されています。

 タセリームさん……と仰有るのね。


「ふぅん、いいもの扱ってるじゃない?」

「衛兵隊の制服には使えないけど、自分のにはいいわね」

「青いのも綺麗だけど、紅色が素敵だわ」


 ふふふっ、わたくしの買った金赤ももの凄く綺麗ですのよ。

 今までこんなに綺麗な色の糸は、使ったことがありませんからこれで刺すのが楽しみですね!


 ……でも、まずは試験でしたわ!

 いい気分転換もできましたし、また集中して勉強いたしませんと!

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