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 試験前日にバーラムトさんから【収納魔法】についての注意をいただきました。

 なんと、魔法の試験では【収納魔法】の中に何か入っていると不利なのだそうです。


「荷物は全部できるだけ、試験会場にも明日の会場内の宿舎にも持っていかない方がいいよ」

「そうよ。試験前は【収納魔法】の中は空っぽにしておく方がいいのよ」

「どうしてですか?」

「【収納魔法】ってね、中身のものが重かったり、沢山はいっていると魔力を多く使ってしまうのよ」


 えええーっ?

 初耳です!

 ですが、どうやら商人や旅人達の間では常識のようです。


「だから、部屋に置いていって鍵をかけておきなさい。そうすれば、安心だろう?」

 鍵。

 ここは、バーラムトさん達のお宅なのに、わたくしがそんなことをしていいのでしょうか。

『信用していない』って、言っているようなものではないですか?


「はははっ、ヒメちゃんは真面目だねぇ。鍵なんて当たり前だよ! ルリエールなんて絶対に鍵をかけていて、儂だけじゃなく誰も部屋に入れないよ?」

「当たり前よ! 年頃の娘の部屋に入ろうなんて、家族だって許されないんだから!」


 言われてみて初めて気付きましたが、わたくし部屋に鍵をかけるという習慣が全くありませんでした。

 後宮では……扉は常に開けていなくてはならず、ひとりになれる場所はほぼありませんでした。

 図書の部屋は、むしろ出て来るなとばかりに外から鍵をかけられていましたけれど。

 皇国に入ってからも、教会では大部屋で他の方もいらっしゃいましたから部屋を閉ざすことはなかったのです。


 ……そうですね。

 もしちゃんと部屋に鍵をかける癖がついていたら、あの愚か者が法典を部屋にしのばせるなんてこと、されなかったのかもしれませんね。

 全ての荷物を常に持ち歩いておりましたから……部屋の重要性なんて考えていなかったのですね、きっと。


 そしてまさか、その荷物に魔力が使われていたなんて思ってもおりませんでしたわ。

 早速、部屋に戻って全部出してみましょう。


 わたくしは取り敢えず、持っているものを文机に並べてみることに致しました。

 えーと、絶対に必要な受験票と筆記用具だけは入れておいて、それ以外は全て出して……


 外套、着替えが何種か、イスグロリエスト皇国法の法典、お菓子、匙と突き匙、家系魔法証明、靴、手巾、お菓子、お菓子、後宮から持ってきた銀食器、予備試験の採点表、お菓子、針と糸、お菓子、お菓子……


 お菓子が多過ぎですねっ!

 美味しそうなものが目に入ると、買ってしまっていましたものね……

 滞在費が抑えられたので、つい……


 持っていくのは、受験票、筆記用具、お金、着替えをひと組と手巾……あ、採点表と家系魔法証明も必要かもしれませんから持っていきましょう。

 お菓子、ひとつだけなら持っててもいいかしら?

 筆記試験のあとに、食べたくなりそうですもの。


 まだ外套はいらない季節だし、こんなものよね。

 意外と……沢山入っていたのだわ。



 翌朝、朝食をいただいてから試験会場となる王宮近衛訓練場へと向かいます。

【収納魔法】から不要なものを取り出して、どれくらい魔力を使っていたのかが気になったので身分証を確認してみました。

 ……どうやら、わたくしは常時百八十もの魔力を【収納魔法】に使っていたようです。

 予備試験の前に解っていたら、もう少し余裕を持って魔法を使えたのに……いえ、本試験前に解ったことを喜ぶべきですね。


 試験は泊まりがけですので、宿舎へと案内されます。

 ひとり部屋なので、ちゃんと鍵をかけるようにしなくては。

 荷物を置いてから、試験会場へ行くようにと言われました。

 誰もが【収納魔法】を持っていらっしゃるわけではありませんものね。


 でも、わたくしはこの部屋には、何も置いておくつもりはありませんでした。

 ……この部屋の中も、審査対象ではないか? と思っていたので、私物を置きたくなかったのです。

 審査官が入ってきた時に、お菓子とか着替えとか見られたくはありませんもの。


 それにしても、あまり綺麗な部屋ではありませんわね。

 隅の方に埃が溜まっています。普段使われていない部屋を、試験の時だけ使うのかもしれませんね。

【旋風魔法】で簡単に掃除をして、床を綺麗にし、寝床も整え直しました。

 さて、試験会場へと参りましょうか。


 昼前の筆記試験は『イスグロリエスト皇国法』と『魔法師法全書』についてです。

 試験会場は……二階の南一番の部屋ですね。

 その部屋にいたのは十人ほどでした。

 部屋が沢山あるから、少人数ずつなのでしょうか。


 入口にいた試験官に、座席が決まっているのかを尋ねると案内してくださいました。

 あら、一番前なのですね。

 わたくしが座席につこうとしたら、ふたつ後ろの男性から抗議がありました。


「おい! なぜ、僕の前に座る奴がいるんだ!」

 試験官の男性はその方の受験票を確認しますと、この席次で間違いございません、と微笑みました。

 あら、お怒りを買ったみたいですわ。


「僕には家系魔法と合わせて、四種の魔法が出ているのだぞ? 魔力量だって……」

「こちらの方は家系魔法を、五種の魔法をお持ちで、あなたより段位も高く魔力量も上ですので、この席次でございます」


 ご自分が一番だと思っていらしたのね……

「くそっ、研修の参加者は、全て把握していると思ったのに……!」

 ああ、研修の時に『一番』でいらしたからでしたか。

 予備試験を受けて受験する者に、負けているとは思ってもいなかったのですね。


 なるほど。

 この部屋は、既に家系魔法をお持ちの『銅証』の方々だけなのですね。

 ということはそれ以外の従家の方々で一部屋、予備試験合格者で一部屋……という感じに、試験会場が分かれているのかもしれませんね。


 さあ、試験が始まります。

 集中しなくては!

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