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 二日間、ルージリアで過ごしてから万全の体調でコレイル領・イシュナに入りました。

 実は節約のためにここからふたつ先の町、シエルまでは普通の馬車で三日かけていこうと計画をしていたのです。

 しかし同行してくださっているバーラムトさんが、馬車代から何から何まで出してくださるのです!

 イシュナからも方陣門を使って、あっという間に王都の町・ティエオラとの越領門があるローラスに着いてしまいました。


 そしてなんと、各領地に入る時の通行料や、王都入領の税金まで出してくださったのです!

 子供で、教会からの移動許可証を持っていた時とは違い、成人したら領地を越える度に料金がかかるのは知っていましたから馬車方陣利用を減らして支払うつもりだったのです。

 いくらなんでもそこまでしていただくのは申し訳ない、と、お支払いしようとしたのですが……


「なんだい、ヒメちゃんは儂の命がそんなに安いとでも思っとるのかい?」


 と言われてしまって……結局甘えてしまっております。

 それにしても『ヒメちゃん』って、なんか滅茶苦茶子供扱いですよね?

 一応、成人したのですけれど?


「いいの。儂より百歳以上も年下なんて、子供だよ。まだ」

 ……これも反論できません。


 今いるティエオラから、試験が行われる王都の中央区までも方陣門で瞬きする間でした。

 ルージリアで二日過ごしたというのに、わたくしの当初の予定より一日早く到着してしまいました。


 バーラムトさんの工房とお店は王都の中央区から少し南西側の、西ルムスト地区にあります。

 工房まで案内していただき、制服の布地を見せてもらいました!

 思っていたより柔らかく、とても心地のいい肌触りです。

 そしてご家族もご紹介いただきました。


「ああ、ヒメリアさん! 本当に、本当にありがとう!」


 わたくしの手を取り、何度もお礼を仰有るこの方はバーラムトさんの奥様、ティアルナさん。

 娘さん達、セリアナさんとルリエールさんからも、沢山お礼を言われてしまいました。


「ヒメリア、夕食は何がいい?」

「今日はシシ肉の煮込みの予定なのだけれど、ヒメリアはシシ肉、好き?」

 おふたり供、ものすごく積極的で明るい方々です。


「あ、でも、わたくしまだ宿を決めておりませんので、探しに行かないと」

「まぁまぁ、何を言っているの。いくら成人したからといっても、適性年齢前の娘がひとりで宿に泊まるのは、あまりよくないわ」


 ティアルナさんの言葉に、セリアナさんも大きく頷きます。

「そうよ。騎士位試験というのは普段の生活も判定になるの。安全だから大丈夫というのではなく、身分階位をきちんと考慮するならば、あなたはかなり高額な宿を選ばないといけなくなってしまうわ」


 なんでも、王都では全ての宿で身分階位を確認する義務があり、相応しくないと思われる者の宿泊を断れるのだとか。

 鉄証の方々の宿に銅証の者が宿泊するということは、身分を弁えていないと捉えられてしまうのだそうです。


 ……王都って、結構窮屈なのですね。

 でも、身分の上の者がいるとかなり宿でも気を使うでしょうし、何かあった時には身分が下の者の方が不利ですから警戒もされるのでしょう。


「でも、知り合いの家に泊まるのであれば、なんの問題もないわ!」

「そうですよ。それに、試験までは五日しかありませんから、どこの宿も殆どいっぱいで今からでは無理ですよ」

「え? 宿ってそんなに早く、満員になってしまうものなのですか?」


 研修に参加する者達も、王都では試験当日以外は街区内の宿に宿泊するのだとか……

 なんてこと!

 もしも計画通りに来ていたとしたら、宿がなくて野宿になっていたかもしれません。

 カタエレリエラでは宿が満員になるなんて、ほぼなかったことですから油断しておりました。


「王都の宿は、いつでも混んでいるわよ? 物見に来る人達もいるし、商人達も沢山来ているから」

「この国の中心なんだから、人が多いのよ。住んでいる人と同じくらい、他からやってくる人がいるのですって」


 王都というのは、そういう場所なのですね……全く知りませんでした。

 物も人も沢山集まって、多くの方々の生業を支えているのですね。

 ここでは『何かを作っている』というより、『できあがった物を売っている』という感じですけれど。


「それでは……お言葉に甘えて、泊まらせていただけますかしら」

「はいはい、もちろんですよ!」

「で? シシ肉は?」

「大好きです」


「良かった! あ、使ってもらえる部屋に案内するわ! えっと、荷物って?」

「いえ、わたくしは【収納魔法】で全部持っておりますので」

 あら、ルリエールさんが吃驚していらっしゃるわ。


「凄く良い魔法を持っているのね! ヒメリアは魔法師なの?」

「いいえ、わたくしは『弓術師』です」

 これには全員が驚いた表情になりました。


「おいおい、ヒメちゃんは魔法師だとばかり思っていたんだが……」

「そうよねぇ、こんなに傷の残らない【回復魔法】が使えるのに、魔法師でも医師でもないなんて」

「あ、でも、でも、ヒメリアはまだ成人の儀が済んだばかりなのでしょう? だとしたら『第一技能職』なだけだわ、きっと」


 第一、技能職?


「そうか、そうだよな、魔法がまだ育っていないからだね」

「あの、第一技能職とは……なんですか?」


 魔法に関する本は読んでいましたからある程度知っていますが、技能や職業についてって……本がなかったのです。

 不思議に思ってバーラムトさんに尋ねますと、どうやら職業というのは獲得する魔法やその段位によっても変化することがあるらしいです。


「成人の儀で示される職というのは、だいたいが『技能』によって適性が示されるんだよ」

「あたしは最初、木工師だったんだけどね、その後に【染色魔法】ができるようになったら『染物師』に変わったのよ」

「では、わたくしも魔法によって、変わるかもしれないのですね……」


 なんだか不思議な感じです。

 ずっと変わらないものと思っておりましたのに……

 でも、それじゃあ自分がなりたいと思う職業の魔法や技能を獲得できるように頑張ったら……好きなものになれるのかしら。


「ああ、そうだよ。儂の弟は錬成師だったが、どうしても木工細工がしたいと言って毎日木工の練習をしていたら【植物魔法】と『木工技能』が手に入って、今では一流と言われる『植物技巧師』になったよ」

「そうだわ、魔法師になった方もいらっしゃるわ」

 技術職から魔法師になれるのですか?


「セラフィエムス卿の詳録は、見たことがあるかい?」

「はい。わたくし、少し前はオルツにおりましたので」

 確かご職業は『聖魔法騎士』でした。


「成人の儀でも、セラフィエムス家門の方々は身分証を開示なさるんだ。その時に授かっていた職は『錬成師』だったんだよ」

「ええっ?」

「元々なのか、あらゆる色相魔法が使えるお方でね。成人の時には聖魔法も獲得しておいでだったが、どの魔法の段位も低く魔力量も……こう言っちゃなんだが、貴族にしてはお粗末なものだったんだ」


 オルツのラニロアーナ司祭様から、お話を伺ったことがあったわ。

 ご自身の魔力量が大変低く、ご苦労なさったって。

 あらゆる勉学に励み、魔法の研鑽とご領地のことを学んで何十年も努力をなさった方だって。


「でも、去年公開されたものを見て、誰もが驚いたよ! 人は努力であそこまで成長できる。そして、その努力を神々はちゃーんとご覧になっているんだ」

「そうよねー! 素晴らしかったわーー! 今ではこの国で一番の魔法師であり、最もお強い騎士なのですもの!」

「そうだわ、ヒメリアが今度の本試験に受かったら、シュリィイーレに行くのよね? セラフィエムス卿に会えるわね!」


 セリアナさんとルリエールさんだけでなく、ティアルナさんまで瞳がキラキラです。

 でも、セラフィエムス卿なら、ご領地のセラフィラントにいらっしゃるのでは?


「セラフィエムス卿は今、シュリィイーレ衛兵隊の長官なのよ」

「シュリィイーレの衛兵隊は、この国で最も強い衛兵隊よ。王都の近衛みたいに軟弱なのはいないわ」

「ヒメちゃんは、衛兵の制服が大好きなんだよ。シュリィイーレは……濃紺に金釦だったよね」


 そう言って染めてある『シュリィイーレ衛兵隊用』の布地を見せていただきました。

 これに、金釦?

 格好いいに決まっていますーー!


「シュリィイーレは女性の制服が少し違う形なのよ。でも、それがもの凄く素敵なの!」

「あら、あたしはロンデェエストの緋色の制服が素敵だと思うなぁ」


 緋色!

 それも素敵ですっ!


「本試験に受かってシュリィイーレに行くと『試験研修生用』の制服が着られるよ」

「えっ? そ、そんなものもあるのですか」

「まぁ、研修生用は『青鼠あおねず』に白い釦だけどね」


 色は……まぁ、見習いにすらなっていない試験研修生ですから、仕方ありませんが。

 その服が着られるというのも、希有な体験でございますね。

 ああ、なんて気持ちの高まる情報でしょう!


 わたくし、絶対に何がなんでも受かって、シュリィイーレに参ります!

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