35

 目が覚めると、真っ白な天井が見えました。

 馬車……ではないみたいです。

 えーと、どうしたんでしたっけ。



 あ。



 ああ、そうでした、毒を……えっと、魔法……もういいんでしたっけ?


「ああ、気が付いたね」

「……え?」


 緑色の外衣……医師の方ですね。

 ということは、ここは病院でしょうか。

 なんで、病院でわたくし、寝てましたの?


「魔力切れで危なかったんだよ。まったく、無茶をするお嬢さんだ」

「あっ! おじいさんは……! おじいさんはご無事ですかっ?」

「うん、大丈夫。毒も殆ど残っていなかったし、君の【回復魔法】でちゃーんと治っていたから、おそらく傷跡も残らないよ」


 よかった……

 あら、急に身体に力が入らなくなってしまいました……?

 左側が石のようです……あ、そう言えば左手でずっと血止めをしていましたっけ。

 関節がめちゃくちゃ痛いのは、ずっと同じ体勢だったからですね。


 わたくしはそのまま、もう一度寝床に身体を預けて小さく息を吐きました。

 ほっとした……というか、達成感のようなものまでありました。


「しっかり身体を休めて、二、三日ここにいてね」

「あの……今日って、何日ですの?」

「君たちの馬車が着いたのは昨日の昼過ぎで、騎士位試験までは、まだ日があるから大丈夫」


 どうして医師の方がご存知なのかと思いましたが、おじいさんが心配してわたくしの試験のことをお話しくださったのだそうです。

 ルージリアからはすぐにコレイル領に入れますから、まだ……

 あ……


「わたくし……あまりお金がなくって……」

「それも心配しなくていいですよ。銅証の君は半額負担だし、そのお金も、あのおじいさん……バーラムトさんが払ってくださるって言ってたよ」


 えええっ?

 それは流石に申し訳ないのでは……

 わたくしが驚きの声を上げた時に、バーラムトさんがいらっしゃいました。


「あああー! よかったよぅ! 本当にありがとうなぁ、お嬢さん!」

「バーラムトさんこそ、ご無事で良かったです。あの、わたくしの治療費をご負担くださるというのは……」

「ああ、任せておけ! 大丈夫だよ、ちゃんと試験には間に合わせてあげるからね!」

「いえ、申し訳なくて……魔力不足はわたくし自身が未熟だからで……」


 お断りしようとそう言ったら、ダメダメ! と制されてしまいました。

「あのね、えーと……」

「ヒメリア、と申します」


「そっか、ヒメリアさんね、うん、あのね。魔法ってのはもの凄く価値のあるものなんだよ。ましてや、君の使ってくれた【回復魔法】は儂の命を救ってくれたんだ。つまり、あの魔法は儂の命の価値なんだよ。ここの費用だけじゃ足りないくらいさね!」


 命の、価値。


「ヒメリアさんが倒れるまで魔法をかけてくれたおかげで、儂ゃあまるで、何ひとつ怪我などしなかったかのようだ。こんなことは、そんじょそこらの者にゃできない。その魔法の価値に、正しい対価を払うのは当然なんだよ」


 医師の方も頷きながら、笑顔を向けてくださいます。

『ありがとう』と言っていただけただけで、充分ですのに。


「兎に角ね、ヒメリアさんは儂が責任を持って、万全の状態で王都の試験を受けられるようにするからね。安心してお休み」

「ありがとう、ございます」


 ぐぐぐぐくぅぅぅ〜


 あああっ、なんでこのような、感動的な場面でお腹が鳴ってしまうのですっ?

 どうしてこうも、欲望に素直なのですかーーーーっ!


「はっはっはっ! 魔力切れなら、空腹で当然だ。今、食事を用意しているから、少し待ってておくれ」

「はい……」

 医師の先生に笑われてしまったわ……恥ずかしい……!



 食事をいただきながら、バーラムトさんにどうして魔虫の棘があんなところにあったのかを伺いました。

 どうやら、集めてきた素材の中に『刺草いらくさ』があり、その棘に魔虫の体毛が付着していたらしいのです。

 朝のうちにルージリアで渡す品を整理しようと取り出した時に、運悪く足に落としてしまって刺さったみたいだと言っていました。


「刺草が全部、毒に侵されてしまっていてねぇ……でも、他の人に迷惑をかけなくて本当に良かったよ」


 優しい方ですね、バーラムトさん。

 不思議です。

 食事の時に話しかけられるのはあまり好きではなかったのに、バーラムトさんとのお話はちっとも嫌じゃありません。


「刺草は……何に使うものですの?」

「繊維ってのを取り出して、編むんだよ。特にカタエレリエラの東の山に自生している刺草は、真っ白で素晴らしい布ができるんだ」

「まぁ、知りませんでした」

「その白い布はとても強くてね、うちで染めた物は衛兵隊の制服にも使われているんだよ」


 ええっ!

 わたくしが大好きな、あの制服の布ですの?

 娘さん達が染物師で指定された色に染め上げて、各地の衛兵隊の制服として使われる布を卸していらっしゃるそうです。

 工芸師であるバーラムトさんは、その制服に使われる釦や肩章をお作りなのだとか!


 わたくしの憧れを、作り上げていらっしゃる方だったなんて!

 その方をお救いできたなんて、わたくしったら良くやりましたわ!

 初めて、自分を褒めてあげたいですわ!

 でも、もしかして今回の刺草が全部駄目ということは、材料が不足してしまうということですか?


「いいや、いつもと違うところの刺草を試そうとして、試験的に採ってきたものだったんだよ。いや、あまり知らない所には入るものじゃあ、ないねぇ」


 あまり人の入らない場所なのでしょうか?

 魔虫がいるってことは……魔獣も出るのでしょうか。

 カタエレリエラの東側って、あの樹海のある場所ですわよね。


「大樹海は人が入れないからね。魔虫も魔獣もいるかもしれない。だけど、奴等が大樹海から外へ出て来たという話は聞いたことがないよ」

「不思議な場所ですのね」

「そうだね。でも、神々が樹海を取り込んで国を創れとお命じになったのだから、きっと、大きな意味のある場所なんだろうね」


 神話の第一巻ですね。

 この国に初めて人々を導いた神々が、樹海もりを囲んで国を創るようにと『三津みつ大陸だいち』それぞれにいる五つの部族に五つの樹海を与えたというお話でした。

 ……でも、今現在、その樹海を保っているのは……この、イスグロリエスト皇国ただひとつですけれど。


 ガウリエスタとミューラは砂に沈めてしまい、ヘストレスティア以前にあった北の古代王国はすべて『資材』として売り払ってしまった。

 アーメルサスは魔法の実験とやらで燃やしてしまい、ディルムトリエンも人が火を放って更地にしてしまった。

 オルツの司祭様から聞いただけですから、失われた本当の理由は解りませんが既に『ない』ことは事実のようです。


 西のドムエスタからも樹海と呼べるほどのものはなくなりつつあるという話が、ディルムトリエンの図書の部屋の本に書かれていたから……もうなくなってしまったかも。

 神話と魔法を守り続けているのは、多分、この国だけ。

 だからこそ、この国には未だに神々の恩寵があるのだわ。


「衛兵に、なりたいのかい?」

「はい。わたくし、あの制服が着たくて試験を受けたのです」

「……制服?」

「ふふっ、おかしいですか?」


「そういう理由は、初めて聞いたからね。でも、嬉しいねぇ。そうかい、制服か。何色のがいいかね?」

「まだ、全部の領地を拝見したわけではないんですが……ルシェルスの深緑と銀釦のものが素敵です。あ、でも、リバレーラの臙脂の方が、わたくしに似合うでしょうか?」


 なんでも似合うよ、ヒメリアちゃんならね、とバーラムトさんが微笑んでくださいました。

『ヒメリアちゃん』なんて言われたの、初めてです。


 ちょっと、照れくさいですね。

 ふふふっ。

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