誤解
メラニエーラが主の逆鱗に触れ家門の者全員にまで及ぶ罪となり、フェシリステはそれに荷担したために謹慎を言い渡された。
そのことをオリガーナから聞いたロッテルリナは、ただ呆然としていた。
しかも、最も優秀で期待していたヒメリアが、推薦取り下げを嘆願して屋敷を出てしまった。
そして主に詳細を知らされて……愚かなふたりに、ほとほと呆れかえるばかりだった。
「ヒメリアがあのような格下にとやかく言うような者でないと……なぜ、解らなかったのでしょう……」
「愚者の考えることは、理解できないわ」
オリガーナも吐き捨てるように言い放つ。
感情にまかせて飛び出してしまったのであろうヒメリアを町に探しに出たが、見つけることはできなかった。
きっと荷物を置いたままだからすぐに戻るだろうと思った部屋には何ひとつ私物がなく、彼女が【収納魔法】を持っていることに初めて気付いた。
その事実を主に報告すると、ニレーリアは大きく息をはいて呟く。
「【収納魔法】がある者が……部屋なんかに荷物を置くわけないわね」
「ニレーリア様も、あまり部屋にものを置きませんものねぇ」
「忘れ物がなくていいわよ?」
【収納魔法】は、貴族らしからぬ魔法だ、と陰口をたたかれることがあった。
ニレーリアは全く気にしてはいなかったが、そのことを随分と気に病んで貴族の殆どはこの魔法を持っていたとしても使わない者が多かった。
そのため、誰もヒメリアが【収納魔法】があるのではということすら、思い至らなかったのだ。
「教会にもいらっしゃっていないらしいです。一体、どこに……」
「エイシェルスの館にも戻っていないのだから、その内帰ってくるわよ。頼る者などいないでしょうし」
ニレーリアはヒメリアを『普通』の娘だと思っていた。
身の上話を聞いていて、どれほど過酷な場所で生き抜いてきたかを知っていながら『実感』などしていなかったのだ。
ヒメリアにとって、この皇国はどこであっても……たとえ道端であっても『殺されない場所』なのだ。
彼女がひとりで宿に泊まったり、ひとりでよく知らない食堂に入ったり、誰とも会話せずに過ごしたりすることにまったく不安も淋しさも恐怖も感じていないのだとは、思ってもいなかったのである。
だから、ヒメリアが受験勉強に勤しんでいた宿屋を見つけることもできず、予備試験を受けようと思っていることさえ考えも及ばなかった。
ニレーリア達にとって、ヒメリアは『守られるべき子供』で、逞しく生き抜く姿など想像の埒外なのである。
そんな彼女達がやっとその足取りを見つけられたのは、教会に残されたヒメリアの伝言だった。
『王都に行きます』
そのただ一言だけだったがために……またしても、誰もが勘違いをした。
ヒメリアは推薦者として、研修を受けに行こうとしている……と。
ニレーリアは喜び、オリガーナは安堵し、ロッテルリナは……驚いていた。
(推薦を辞退などと言ったくせに、研修に行くと? なんて図々しいの!)
その見当外れの怒りは他の受験者達に『愚痴』として伝わり、カタエレリエラからの推薦受験者たちの不満を煽った。
ただでさえ、特別扱いだったのだ。
家系魔法があるから、銅証だから、魔法が強いから……
なのに、主のお気に入りだからというだけで、自分たちと同じように研修に参加しようなんて!
メラニエーラとフェシリステのことも、きっと彼女が主に何か言って罪を着せたに違いない……などと、邪推するようにまでなっていた。
真実を知ることも、知ろうとする者も誰もいない。
推薦者達は身勝手な妄想で膨らませた怒りと不快感を持ったまま、王都へと旅立った。
ただひとり、ベルディアだけは……ヒメリアから話を聞こうとは思っていたが……信じているわけでは、なかった。
その言い訳を聞いてあげれば彼女を諭してあげられると、見当違いも甚だしい思いを持っているだけだった。
だが……彼等は、王都の研修会場でヒメリアの姿を見つけることは……なかったのである。
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