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翌朝はいいお天気で、途中の小さい村で一度馬車が停車いたしました。
休憩だけですので、馬の交代が終わり次第すぐに出発……となるはずだったのですが。
一緒に乗っていたおじいさんが足が動かない、と痛みを訴えたのです。
何が起きたのか誰も解らず、この小さい村には医師がおらずに皆慌てふためきました。
御者の方が、取り敢えず診てみますからとおじいさんの足を確認すると紫がかった黒に変色している部分がありました。
「な、なんですか、これっ?」
誰も……知らないみたいです。
わたくしは、見たことがありました。
ディルムトリエンで、かなり頻繁に被害があったものに大変よく似ています。
「もしかして……魔虫ではありませんか?」
周りの方々が、ざわめきました。
「こ、この時期にかい?」
「カタエレリエラは暖かい土地ですもの。魔虫の活動期間も、王都より長いです」
猛毒で、動物や植物など魔力の多いものに取り付いて卵を産み付ける魔虫。
暖かい地域では季節に関係なく産卵し、卵を産み付けられたら全身に毒が回っても死ぬことができずに、孵る魔虫の餌になる。
でもどうやら今回のは産卵ではなく、毒の体毛から抜けた棘が刺さっているみたいです。
これならば【治癒魔法】で魔毒が消せるし【浄化魔法】か【解毒魔法】があれば、魔毒を弱くして医者のいる場所までもつかもしれない。
わたくしは……【解毒魔法】も【浄化魔法】もないことを後悔いたしました。
そして、どうして方陣札を買っておかなかったのだろう、と。
その他の毒ならば【回復魔法】をかけ続け、時間を稼げば消えることもありますが、魔毒は絶対に消せません。
ですから【解毒魔法】すら気休めにしかならず、【浄化魔法】でも完全には消せませんが時間は稼げたはずなのです。
今までこの村で、魔虫被害にあった方もいらっしゃらないらしいから解毒剤も治癒の方陣札もないということです。
この小さな村ではどの方陣札も売ってはおらず、その魔法が使える方も隣村まで行かなくてはいらっしゃらないとか。
しかしその隣村までには急な坂道があり、馬が使えないのだそうです。
しかもこの村は教会が今建設中で、方陣門も使えないのです。
「……ルージリアまで、どれくらいですか?」
「い、一刻半、くらいだ」
間に合わないわ。
このまま、解毒せずに馬を走らせても、半刻もしないうちに毒が回ってしまう。
今なら……まだ……でも、このやり方をして、大丈夫かしら?
「おじいさん……かなり、危険なやり方ですが、毒を回らせないための処置をしたいのです……足の、刺された辺りの肉を……抉り取ってもいいですか?」
誰もが青ざめます。
当然ですよね。
「わたくし、【回復魔法】なら、長時間使えます。ある程度の毒さえ取り除けば、わたくしの魔法で必ずルージリアまで、もたせます!」
大丈夫。
朝食はちゃんと食べたわ。
睡眠も充分。
「……頼むよ、お嬢さん」
「痛いです……かなり。毒の部分と、その周りも少し切り出さなくてはいけません」
「ああ、解った。大丈夫だ……あんたを信じるよ」
御者の方に借りたナイフを火で炙り、まずは魔虫の針が刺さっていると思われる黒ずんだ中心部分を焼きます。
こうすることで、毒は少しだけ弱くなるのです。
火魔法を使ってしまうと、皮膚が焼けすぎてしまうだけでなく全身が炎に包まれてしまう可能性がありますからそんなバカな真似はできません。
そして、その中心から、色が変わった部分とその周りのまだ無事に見える部分も切り取ります。
御者と村の男性ふたりにおじいさんの身体が動かないように抑えててもらい、なるべく早く、正確に……!
呻き声が聞こえます。
胸が、張り裂けそうです。
でも、ここでわたくしが泣いてしまっては、手元が見えなくなってしまいます。
「……っ、終わりました。血止めを!」
一緒に乗っていたご夫婦の女性が、布を裂いて包帯を作ってくださいました。
それをきつく巻いて、血の流れを最小限にします。
そして綺麗な布で、傷口を押しつけるように圧迫してから一度巻いた布を外して傷口を押さえるように巻き直します。
村の方々に切り取った毒に侵された部分の始末をお願いすると、大丈夫だよ、頑張ってね、と言葉をかけていただけました。
おじいさんを馬車に乗せ、全員が乗り込みすぐに出発します。
わたくしは患部に両手を当て、息を整えて【回復魔法】をかけ続けます。
一番酷い部分は、切除しました。
でも、まだ取り切れていない毒があるかもしれません。
でも【回復魔法】をかけ続けていれば、魔毒が回るのを防ぐことができるはず。
わたくしが今まで【回復魔法】をかけ続けたと思われる最長時間は、一刻ほど。
毒を口にしてしまって、お腹を押さえていたあの時です。
時折手を外して、呼吸を整えていたように思います。
自分の身体でしたから、時折休みながらでもなんとかなったのかもしれません。
しかし、今回は休むわけにはいきません。
魔法をかけ続け、回復し続けなくてはこの大きな傷を元に戻すことができなくなってしまう。
傷ができた時から、時間が経てば経つほど【回復魔法】の効き目が届かなくなる。
骨が見えるほどの肉を抉り取らなくてはいけなかった……だからこそ、絶対に時をおくわけにはいかない。
歩けなくなんて、絶対にしないわ!
『信じる』と、言っていただいたのだもの。
馬達はかなり頑張って走ってくれています。
御者の方の腕がいいのでしょう、こんなに速く走らせているのに大きく揺れることはありません。
きっと、間に合うわ。
皆で大丈夫、大丈夫ですよ、と声をかけながら魔法をかけ続けます。
魔法は使っている者は勿論ですが、かけられている者にも負担がかかります。
他人の魔力が身体に入り続けるのですから、当然ですね。
長時間、違う魔力を受け入れ続けるということを、身体自体が拒否するのです。
身体の表面だけでしたらさほど問題はないのですが、【回復魔法】のように奥深くに干渉する魔法は長時間受け入れることが負担なのです。
だから本当は多くの魔力を使い短時間で治すのが一番いいのですが、今回のように毒が残っている可能性があるのならば表面を塞いで終わりということではダメです。
ゆっくりと毒を表に出すように、内側から緻密に修復していかないといけません。
そして、弱い【回復魔法】をかけ続けることで、毒に身体を壊させないように食い止め続けるのです。
毒そのものを消したり弱くしたりすることができない時は、こうするしか時間を稼ぐ方法がありません。
「ルージリアの門が見えてきた! もうすぐだよっ!」
御者の方の声が聞こえました。
もうすぐ……でも気を抜いては駄目です!
医師様にお渡しするまで、絶対に!
「魔虫にやられた人が乗っているんだ! 医師はどこへ行けばいい?」
「医師は……西、西側だ! 三番目の角を右に入れ!」
「解った!」
町中に入ったようです。
伝わってくる振動が、石畳のそれに変わって揺れが更になくなりました。
「わっ」「きゃっ!」
急に曲がったせいでしょう、馬車が一度大きく揺れました。
すぐに馬車が止まり、御者の叫びが聞こえます。
「魔虫にやられた人がいる、運ぶのを手伝ってくれ!」
「解った!」
馬車の入口が大きく開けられ、新たに乗り込んできた方々は手際よくおじいさんを抱えあげます。
「……すげぇ……傷口がこんなに綺麗だなんて……」
「彼女がずっと魔法を……【回復魔法】をかけ続けてくれていたんだ!」
「あなた、もう大丈夫よ、医師様のところに着いたからね!」
わたくしは……呆然と、碌に動けずに少しだけ頷きました。
結構……限界、です……
周りが真っ暗になり、身体を支えていられなくなってしまいました……
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