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 ……精一杯とか、悔いがないとか、来年までの課題とか?

 昨日の試験後のわたくしったら、なーにを達観したことを言ってやがったのでしょうねっ!

 落ちた時の自分自身への言い訳じゃないですか!

 あああああああーーーーっ!

 なんって、格好悪いのっ!


 一晩眠って起きたらホントーにもー、めっちゃくちゃ腹立たしいです!

 落ちていたとしたら、その辺の壁に頭ガンガンぶつけて悔しがるくせに!

 受かりたいに決まっているじゃないですかーっ!


 はー、はー、はー……

 朝っぱらから、荒ぶってしまいましたわ。

 わたくし、自分で思っているより負けず嫌いなんですね、きっと。


 今日の昼食後の頃には結果発表です。

 受験票を持って役所に行くと、合否の入った封筒を渡してくださるのだそうです。

 受かっていたら試験採点結果順位表と本試験の受験票が、落ちていたら……採点表のみが入っているらしいです。


 開封はその場ではなく、必ず役所を出てからにしてくださいと言われています。

 受かれば落ちていた方々から、落ちていれば受かった方々からの視線に……多分、耐えられませんものね。

 予備に受かったと知られてしまい、本試験に受からず戻ってきたりしたら、余計に笑いものにされそうですし。


 騎士位試験に受かって身分が変わったことを関係のない人達に知られるのも、臣民だと嫌がる方がいらっしゃるようです。

 衛兵隊に入るとか、従者家系でない限り……今までと周りの人達の態度が変わるから、でしょう。


 鉄証と銅証では、それほどはっきりとした違いがあるのです。

 それでも、銀証と銅証以下程ではありませんが。

 銀証・金証なんて、一般臣民からしたら跪くどころか平伏するくらいの身分差ですもの。


 受かっていてもいなくても、わたくしは今日の午後の馬車で王都へと発つつもりです。

 馬車は夕方から明日の昼にかけて走り、カタエレリエラの最も北・ルージリアへ。隣のコレイル領への越領門のある町です。

 そこから徒歩で、夕方までにはコレイル領に入れます。

 入ってすぐにあるイシュナの町で一泊。

 そこからまた、馬車に乗り込んで、王都へと向かうのです。

 一回だけ馬車方陣を使いますが、距離が短いものを利用し殆どが馬車移動なので安く済みます。


 どんなにドキドキしたところで、結果はもう出ているのです。

 役所の前にはもう列ができていますが、わたくしはまず昼食を食べてからゆっくりと行くことにしました。

 そうだわ、ここを発つ前にゲイデルエス司祭には、ご挨拶しておかなくちゃ。



 宿を引き払い、食堂で昼食をいただきました。

 もう、合否の封筒が配られ始めているようで……何人かの方々が項垂れて食堂へと入っていらっしゃいました。

 あんな状態で、お食事が喉を通るのかしらと思いましたが、どうやら『やけ食い』になっているようです。


 役所への道すがら、受かっていそうな方というのは……判りませんでした。

 まだ見ていない方は、封筒を抱えたまま慌てて家へと帰っていくのでしょう。

 我慢できず、道端で見て落ち込んでいらっしゃる方々は何人かいました。


 わたくしが役所の窓口に着いた時には、もう並んでいらっしゃる方はいませんでした。

 最後ということはないのでしょうが、一段落しているのですね。


「はい、七十二番ね」

「ありがとうございます」


 ふぅー……【収納魔法】にしまって、そのまま教会へ行きましょう。

 受かっていても落ちていても……絶対に顔に出てしまいますから、司祭様には悟られたくありませんし。

 絶対に、ニレーリア様に報告されてしまいますものね。


 教会に入り、司祭様にお取り次ぎをお願いしましたが残念ながらお留守でした。

 今日は夕方まで、お戻りにならないらしいです。

 直接ご挨拶できなかったのは残念でしたが、伝言と手紙をお預けいたしました。

 お礼と、王都に行きます、とだけ。


 そして昨日買っておいた馬車の乗車券を確認し、待合場所へと向かいます。

 出発まではあと一刻ほどあるので、夕食を買い込んでおきましょう。

 あ、明日の分も買っておけば、ずっと馬車から出ずに済みますね。

【収納魔法】なら十日間くらいは、食べ物をそのまま入れておけますし。


 食事と、少し甘いものを買い込んで待合所に入りました。

 まだ、どなたもいらしておりません。

 ……結果を見てみましょう。


 ああっ、でも、王都に着いてからの方がいいかしら?

 いえ、絶対に夜中に気になって眠れませんわ。

 覚悟を決めましょう!


 封筒を取り出し、一度大きく息を吐きます。

 封を丁寧に開けて……取り出した紙は……二枚。


 受験票……!

 本試験受験票……です!


 言葉が、出て来ませんでした。

 快哉をあげたいのに、喜びを叫びたいのに、受験票の文字を見ただけで胸が熱く、何ひとつ言葉になりませんでした。

 ただ、その封筒と二枚の羊皮紙を胸に抱き、嬉しさに打ち震えていました。

 やっと、わたくし自身を……認めてもらえた。

 そんな気がして。


 受験票を何度も見返し、魔力を通してから封筒に入れ直して【収納魔法】にしまいます。

 絶対になくしてはいけませんからね!

 そして、採点表を見るとわたくしは二番目の合格者だったようです。


 ああ、やっぱり筆記試験は気になっていた問題が足を引っ張っていました。

 イスグロリエスト皇国法の変更部分についての記述が、一番低い点数でした。

 でも、その他の設問の答えは得点をいただけていたので、なんとか不足点を補えたようです。

 ギリギリ……だったのかもしれません。


 弓はなんと、満点でした!

 やっぱり、あの四角い板を射貫いてはいけなかったようです。

 攻撃系魔法は、ほぼ満点ですね。

 ですが、補助系は少し減点がありました……注意書きが書かれています。


『一日でも早く、浄化か解毒の魔法を会得なさいませ』

 ……注意、というより、お願い?


 やり方が乱暴すぎたのかもしれませんね……やはり。

 もし実際にああいう場面になったのが、若木ではなくて人であったら……あのやり方はできませんものね。

 やっぱり、会得するまでは方陣札を準備しておきましょう。

 でも、もうお食事に毒は入らないから、すぐには必要ないかしら?


 うふ。

 うふふ。

 なんか、ニヤニヤしてしまいますね。

 王都の本試験、受けることができるのですもの。

 元・従家だからという推薦なんかじゃなくて、実力で!


 本試験も、絶対、絶対、頑張りますぅーーっ!



 うきうきと乗り込んだ、ルージリア行きの夜行馬車。

 十人くらい乗れる馬車ですが、四人しかいませんので身体を丸めなくても眠れます。

 わたくしの他には若いご夫婦と、お年を召された男性がひとり。

 皆さん大荷物ですが、目的地は同じ王都みたいです。


 ご夫婦は夏場から秋の初めに採れた香辛料などを、このくらいの時期に王都へ持っていって売るのだそうです。

 おじいさんは工芸師で、材料となる物を採取なさった帰りだとか。

【収納魔法】がないみたいで、結構大変そうでした。


「あら、騎士位試験を受けるの?」

「凄いね! 予備試験に合格したのか」

 ご夫婦もおじいさんも驚いていました。

 どうやら、予備試験というのは『落とすための試験』であり、とても難しいのだそうです。


 採点を甘くしてしまうと本試験で全く何もできず、ただお金を無駄にしてしまう臣民が多いから、らしいですが。

 あまり臣民から騎士を出したくはない、貴族の周りにはやはり従者家系の者くらいまでしか置きたくはないのだ……なんて、若夫婦のおふたりは言います。


 でもそれでもわたくしは、ただ単に基準に満たなかっただけだと思うのです。

 臣民達は確かに学ぶ場所も、時間も少ないかもしれません。

 だけどその気になれば、教会では全ての本を無料で閲覧させてくれる司書室で学べます。

 魔法も司祭様達が教えてくださるのです。


 そして、貴族の方々は臣民が思っているほど従者という者達に拘っていらっしゃらないと思います。

 だって新しい皇国法になり従者の条件が厳しくなった時に、多くの貴族家門では基準に満たない従者をあっさり切り捨てているのですもの。



 そんなことを話しているうちに、辺りはすっかり暗くなっておりました。

 夜ですから周りの景色も見えませんし、いつまでも手元を明るくしていては眠りたい方々の迷惑なので早めに眠ってしまうことにしました。


 こんな中、よく馬車が走れるものだと思ったのですが、馬車の前を明るく照らす魔法が使われており、馬達は御者の魔法に導かれて恐怖を感じることなく走れるのだとか。

 夜間走行用に、訓練された馬なのかもしれません。

 思っていたより全然揺れなくて、ゆっくり眠ることができました。



 そして、翌朝……事件が起きました。

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