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 魔法や弓の訓練を始めてから、十日ほどが過ぎました。

 楽しみ……いえ、懸念していた虐めらしきことも全く行われず、日々勉学に勤しんでおります。


 そしてどうやら、メラニエーラの取り巻きふたり……アルティネッテさんと、シユレナさんはあまりメラニエーラと一緒にはいらっしゃらなくなっていました。

 ご自身の勉強で、それどころではないのかもしれませんね、皆さん。


 ベルディアさんの表情も明るくなり、時折わたくしに法典のことを尋ねていらっしゃいます。

 どうも法律に使われる独特の、難しい言い回しがまだ苦手のご様子でした。


 何が良くて、何が悪いかっていうことが理解できればいいのですよ、わたくし達程度の法律知識は。

 細かいことはもう少し大人になってからでも間に合います、と簡単な説明だけをしてあとはご指導の方にお任せ致しました。


 それにしても、皆さんあまり座学は得意ではないのですね。

 わたくしは結構好きなのですが。

 弓の訓練は特に問題なく進んでいるのですが、先日から始まった乗馬に手を焼いております。


「衛兵隊をご希望なら、馬に乗れる方がよろしいですよ」


 と、笑顔でレーリカ様に言われてしまい、初めて馬に乗りました。

 ……高くて、怖いですーーー!

 しかも自分の意思とは関係なく動くし、上下に揺れるし、結構早いですしーーー!


 馬に乗らなくても、速く走れるようにならないものでしょうか……

 わたくしは走り込みと足腰の鍛錬をすると、固く誓いました。

 でも、領地によっては衛兵隊の採用試験に乗馬もあるということですので……続けますが。



 今日からは攻撃魔法だけでなく、補助系の魔法についても訓練致します。

 補助系というのは【強化魔法】とか【回復魔法】【浄化魔法】などのこと。

 つまり、自分の力などを一時的に強くしたり、別の方の能力を向上させたりできる魔法のことをまとめてそう呼ぶのだそうです。


 これは皆さん一緒にフェシリステ様から教えていただくのですが、またしても試技披露に最速で名乗りを上げたのはメラニエーラでした。

 既視感がございますね。

 そしてきっとまた、他の方々よりヘッポコだったりするのでしょうか。

 メラニエーラの補助系魔法は【強化魔法】のようです。


 陶器のお皿を強化していますが、随分時間が掛かっていますね。

 金属並みに、硬くしているのでしょうか?

 あ、終わったみたいですね。


 フェシリステ様が皿を手にとって……足元に落下させます。


 ぱーーーーんっ!


 強化されているはずのお皿が、派手に割れて破片が飛び散りました。

「痛っ!」

 小さい破片が、わたくしの腕に刺さりました。


 油断していて……避けられませんでした。

 お皿は粉々で、普通に落とした時より細かく割れています。

 えええー、なんだったのですか、あの時間はー。


 フェシリステ様も、見ていらしたロッテルリナ様も、まさかここまであっけなく砕け散るとは思っていらっしゃらなかったのでしょう。

 わたくしの声で初めて、我に返られた感じでした。


「ヒメリアさん! 大丈夫ですか?」

「他の方は怪我はしていませんか?」


 どうやらわたくしの腕と、アルティネッテさんの頬を掠ったようです。

 アルティネッテさんは、あまりのことに驚いて震えていらっしゃいます。

 そして……強化の魔法をかけたはずが、逆に弱くしてしまったメラニエーラは顔面蒼白です。


「わたくしは大丈夫です。アルティネッテさんを診て差し上げてください」

「何を言っているの、あなたも随分と血が出ていますよ!」

「あ、これくらいは大丈夫です」


 この程度の傷でしたら、毎日の日課というくらいのかすり傷です。

 わたくしはいつものように【回復魔法】で、すぐ治してしまいました。

 ……袖が切れてしまって、血が付いてしまいました……

 結構お気に入りの服だったので、そちらの方が落ち込みます。

 後でちゃんと繕っておきましょう。


「ヒメリア様……凄いです。そんなに早く【回復魔法】が使えるなんて……!」

 シユレナさんがそう仰有るのですが、これくらいの速度で治せなければ敵に隙を見せることになってしまいます。

 あら?

 フェシリステ様が……驚いていらっしゃる?


 アルティネッテさんもロッテルリナ様の【回復魔法】で、事なきを得たようです。

 良かったです、お顔に傷が残らなくて。

 ロッテルリナ様がわたくしの傷も治してくださろうとしたのか、近寄っていらっしゃいました。


「ヒメリアさん、傷跡を診せてくださる?」

「はい……あの、何か?」

「あなたの魔法は、とても発動が早いわ……それに、しっかりと治っている。普通、これほどの出血がある傷だと、血を止める程度までしかできないくらいの時間で完治しているわ」


 ……本当に、皇国は平和で安全な国なのですね。

 この程度の傷にそんなに時間をかけていたら、二撃目、三撃目に対応できないではありませんか。

 もしかして、わたくしのいた後宮って、戦の最前線と同じくらいの状況だったのでしょうか?

 今となっては……いい訓練をさせてもらっていたのだと思えますけれど。

 おそらく、必死で魔法を毎日使っていると、きっと誰でもできるようになると思います。


「痛みは残っていますか?」

「いいえ。回復したのに、痛みなんて残りませんでしょう?」

「人は、一度感じた痛みをある程度の時間は感じ続けるものなのです。一瞬で治ったとしても、気持ちがそれに追いつかずにないはずの傷が痛むと感じることがあるのですよ」


 そういえば、アルティネッテさんはまだ少し頬を摩っていらっしゃいますわね。

 わたくし、痛がっている暇もありませんでしたから……少々、感性が鈍くなっているのかもしれません。


「あなたはとても強いのね。心も身体も。でも、忘れないで……どちらも見た目の傷は治っても、奥深くが治りきらないこともありますからね」


 治りきらない……?

 治るまで、魔法をかければいいのでは?

 心……なんて、それこそ、自分次第ですよね?


 よく、解りません。

 嫌だわ、なんだか、モヤモヤします。

 わたくしって、そんなに『変』なのでしょうか。

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