28

 翌朝、朝食後に司書室に行こうとしたら、フェシリステ様に呼び出されました。

 指定された訓練場近くの一室に入ると、険しい表情のフェシリステ様と……薄笑いのメラニエーラ。

 嫌な予感がしますね。


「ヒメリアさん、メラニエーラさんに言ったことは事実ですか?」

 いきなりフェシリステ様がそう切り出されましたが、わたくし、メラニエーラとは一切会話をしておりませんが?

「なんのお話でしょうか? 心当たりがございません」


「あなたが昨夜、メラニエーラさんの部屋を訪ねて彼女に言った言葉です」

「……昨夜? わたくしが、彼女の部屋を訪ねた?」

「そうですっ! 私が魔法を失敗したのを、あざ笑いにいらしたでしょうっ!」


 この方、怪しい薬でも飲んで幻影でもご覧になったのでしょうか?

 そしてまるで『どうしてこんなことで自分を煩わせるの?』とでも言いたげに、フェシリステ様は溜息を吐いてわたくしを睨み付けます。


「ヒメリアさん、あなたが怪我をしたのは確かにメラニエーラさんの魔法の未熟さによるものですが、それについて脅すような真似をするのは間違いですよ」

「お待ちください、どうして既にわたくしがこの方に何か言ったということが、事実として扱われているのです?」

「こんなに泣いていらっしゃるのよ? 心が痛まないの?」


 あ。

 これは、だめだわ。

 フェシリステ様って、全く話を聞かないし自分が思い込んだことだけが正義なのだわ。


「わたくしは、メラニエーラの部屋の場所は知りません」

「え?」

「メラニエーラに対して、何ひとつ興味がございませんから一度として個人的に会話をしたことはありませんわ」

「十日以上も一緒に勉強していて、そんなことがあるわけないでしょう? 嘘も大概に……」

「フェシリステ様にとってメラニエーラの言うことは何もかもが真実で、わたくしの言い分は全て嘘……という判断なのですね。だとしたら、もうお話しすることはございません」


 これ以上、何を言っても会話にならないわ。

 わたくしは軽く溜息を吐いて、部屋を出ようと致しました。

 その時に、メラニエーラがまたとんでもない虚言を叫んだのです。


「待ちなさいよ! この、泥棒っ!」

「メラニエーラさん?」

「この方は司書室から『イスグロリエスト皇国法』を持ち出しているのです! 私達に勉強させないために!」


 何を言い出すのかと思っておりましたが、よりにもよってそんなでっち上げ甚だしいことを。


「本当ですか? ヒメリアさん」

「だから、どうしてわたくしに確認するのです? まずはメラニエーラに、どうしてそんなことを言い出したか問い質すべきでしょう?」


 フェシリステ様はわたくしの言葉に、忌々しそうに顔を歪めます。

 この方、元々わたくしに対していい感情を持っていらっしゃらなかった、ということかしら。


「……メラニエーラさん、なぜヒメリアさんが犯人だと?」

 法典が既に盗まれているってことが、前提なのですね。

 司書室の確認もせずに……


「昨夜、見たんですの! 司書室からヒメリアさんが、本を持ち出して自室に戻るのを! その後出ていらっしゃいませんでしたから、絶対に……」

「おかしいですよね、それ」

「ど、どこが……」

「司書室は午前中だけしか開いてません。『昨夜』ご覧になることは不可能でしょう?」


 これには、フェシリステ様は何も言ってきません。

 自分にとって都合悪いことは認めないという方は、よくこういう態度をとりますよね。


「す、すみません、時間を勘違いしましたわ……昼食前……でした」

「それもおかしな話です。昨日は司書室から直接食堂に行き、その後誰も自室には帰らずに魔法の訓練場へ集まりましたよね? 全員で同じ場所へ移動しましたから、居なくなっていればすぐに解ったはずです」


 こんな辻褄の合わない嘘を吐くなんて……頭が悪すぎます。

 どうやって取り繕おうかと焦りだしたメラニエーラが、またしても下らないことを言い出しました。


「あなたの部屋を調べれば解るわ! 絶対に盗んだ法典が置いてあるはずだわ!」

 ……なるほど、わたくしが朝食をいただいている間に、司書室から法典を移動させたのですね?

「ヒメリアさん、調べてもいいわね?」

 やっぱり、既にわたくしが犯人で確定しているのですね。


「どうぞ」

 わたくしがそう言うとメラニエーラが勝ち誇ったように笑顔になりました。

 もう嘘泣きは必要ない、ということなのでしょう。


 侍従の方がそそくさと調べに行き、あっという間に法典を発見して参りました。

 まるで、用意されてあったかのようですね。

 もしかして、この部屋にいる全員がわたくしの敵なのかしら。


 でも、この侍従の方が先ほどから変に首を傾げていらっしゃいますが……?

 フェシリステ様も気になった様子で、彼女に尋ねます。


「どうかしましたか?」

「はい……確かにヒメリア様のお部屋に……あったのですが、鍵もかかっていませんでしたし、文机の上とかどこかに隠してあったわけではなくて、扉のすぐ隣に……立てかけてあって」


 どうせ移動させたのでしたら、少しくらいは隠すように置きなさい!

 人に罪を被せるのだから、もっと綿密にするものでしょうっ?

 なんて馬鹿なのかしらーーーーっ!


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