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「そ、そんなこと、関係ないわ! 部屋にあったのなら、この女が犯人ということでしょうっ?」
明らかに焦っているメラニエーラですが、誰も彼女のいうことを否定はしません。
なんだかいろいろ馬鹿らしいですが、このまま汚名を着せられるのは我慢なりませんね。
「では、その証明をお願いいたします」
「ヒメリアさん、往生際が悪すぎますよ?」
フェシリステは、どうあってもわたくしを犯人に仕立てたいのですね。
それとも、一度メラニエーラを庇ってしまったから今更引けなくなっているのかしら。
自らの過ちを認められないなんて、教官として……いえ、大人として後進に見せる態度ではございませんよね。
「何を仰有いますの? 部屋の扉の鍵が開いていたから、こんなにも早く見つけられたのでしょう? 誰でもわたくしの部屋に入れたということでは、わたくしが持ち出したという証拠にはなりません。そして、窃盗がこの二日間の間に行われたというのでしたら『残存魔力鑑定』をするのが、皇国法で決まっておりますわ。ご存知でしょう?」
メラニエーラの顔から余裕の笑みが消えた。
フェシリステも『法律も知らないのか』と言われ、どう答えるべきか言葉を飲み込んでいるよう。
「今すぐ、鑑定をしてください! わたくしがそれに触れているのだとしたら、魔力残滓が残っているはずですから!」
フェシリステが少しわたくしを睨みつつも、鑑定魔法を持つ方を呼ぶようにと指示なさいました。
いらしたのは、初めて見る護衛の方。
そして……ニレーリア様。
「ニ、ニレーリア様……!」
「侍従がヒメリアの部屋から出て来たので、事情を聞いたの。私のことは、気にしないでいいわ」
「……はい……」
フェシリステから緊張感が、そしてメラニエーラからは……怯えが感じられます。
わたくしは、鑑定なさる方に身分証を渡しました。
その方が触れている鑑定板にわたくしの身分証を置き、もう片方の手で法典の残滓魔力を視ていらっしゃいます。
「この身分証と同じ魔力は、この法典からは一切検知されません」
当然です。
わたくしその法典と同じものを持っておりますから、ここのものには一度たりと触れたことがありませんでしたもの。
その言葉に、怖ろしい形相でメラニエーラに振り返るフェシリステ。
『騙された感』を装っているのかしら。
なんて、みっともない。
「メラニエーラの身分証で、もう一度鑑定をお願いいたしますわ」
「……!」
「ヒ、ヒメリアさん、もうよろしいではありませんか! あなたが犯人でないと解ったのですから……」
フェシリステは必死ですわね。
身勝手な保身というのは、ここまで人を醜くするものなのですね。
歪んだ作り笑顔が、吐き気を催すほど不快です。
「何故です? 何が『もういい』のですか? わたくしに冤罪をかけ、陥れようと画策した者を暴くことが、どうして『どうでもいい』のです?」
「あなたはこのメラニエーラより身分が上なのですよ? 上の者が下の者を許すのは、美徳ではありませんか」
大きな溜息が出ました。
なんて、腹立たしい女なのかしら。
「馬鹿を言わないでください。わたくしの方が身分が上だというのならば、そのわたくしを愚弄し、陥れようとした者は厳罰に処されて当然ではないですか! それを庇い立てし、罪を有耶無耶にする者も同罪でしょう?」
フェシリステは縋るようにニレーリア様に視線を向けますが、傍観を決め込んでいらっしゃるニレーリア様は無表情のまま一言も発しません。
「『上』の者が許すのが当然? だとしたら、なぜ、年上のあなたは、わたくしを断罪しようとなさったの? 偏った悪意のある言い分を全面的に信じて、何が真実かを調べようともせずに決めつけて!」
いけないわ。
感情的になりすぎだわ。
一度呼吸を整えて、こんな、くだらない女達に振り回されるのはもう御免だわ。
「さあ、調べてください。罪の在りかをはっきりするために」
ニレーリア様が視線をちらり、と護衛騎士に向けると彼女はメラニエーラに歩み寄り身分証を差し出すように求めます。
あら、今度は本当に泣いているわ。
ガタガタ震えて動けないメラニエーラから身分証を外させ、鑑定板に載せる。
鑑定板がわたくしの時とは違って、赤く光り出しました。
「これって、同じ魔力が残滓として残っていたということですの?」
「はい、そうです。一番最近のものは……この方の魔力ですね」
「ありがとうございました。フェシリステ様、何かございますか?」
「……」
何もない……のですね。
つまり、わたくしに対しての言いぐさや態度を一切詫びる気すらない、ということですね。
「ヒメリア、すまなかったね」
「なぜ、ニレーリア様がそのようなことを? 悪いのはこのおふたりですわ」
「……私は……!」
「あら、ご自分に何ひとつ非がないとでも?」
フェシリステに向かい、真っ直ぐに見つめると目を逸らします。
ニレーリア様から溜息が漏れ、フェシリステ、とお声がかけられて初めて……謝罪の言葉が出て参りました。
「必要ございませんわ」
「ヒメリア?」
「だって、まったく本心からの謝罪ではございませんよね? ニレーリア様がいらっしゃらなかったら、無理にでもわたくしを犯人として追い出すつもりでしたか? わたくしの無実が解ったとしても、誤魔化して報告すらあげないつもりでしたよね? 全部解ってしまいますのよ。わたくしには、そういう……『鑑定』が、できますから」
ニレーリア様もフェシリステも、目を剝いて見つめてきます。
「嘘吐きは全部、解るのです……だから、口先だけの謝罪なんて要りませんし、受け取りません。わたくし、あなた達を許す気はありません」
もう、いいわ。
ここにいたくない。
こんな気持ちに、なりたくない。
「ニレーリア様、わたくしを推薦から外してくださいませ」
「何を言うの、ヒメリア!」
「この愚かな 『犯罪者』と同じ推薦者だなんて恥ずかしいですし、その犯罪者に味方するような方が教官だなんて、正しいことが学べるとは思えませんわ。何より、もうこの方々の顔を見たくないのです。今までお心遣いくださって、ありがとうございました」
オルツで教えていただいた最も感謝を示す礼をとり、ニレーリア様に深く頭を垂れる。
そのまま、与えられた部屋に戻ることなく、わたくしは領主邸から出てしまった。
ああ、自分がこんなに感情的で、抑えがきかないなんて思わなかったわ。
怒ってしまうのは……期待してしまっていたからだわ。
善良性とか、正義とか、そういうものを、殆ど見ず知らずの方々に対して勝手に信じて期待していたから。
元々ああいう方々だったのを、わたくしが見抜けなくて気を許してしまったのがいけなかっただけよ。
レーリカ様とオリガーナさんには……ちゃんとご挨拶すれば良かったと後悔したけれど、もう遅いわね。
他人ってどこまで信じていいのか、また、解らなくなってしまったわ。
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