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 わたくしとしたことが、無計画に飛び出してしまいました。

 感情にまかせると、失敗だと思っても引き返せなくなってしまうのですよね。

 まぁ……今回のことは、全然失敗したとは思っておりませんけれども。

 ただ、出て行かせたかっただろうフェシリステやメラニエーラの思惑通りになってしまったみたいで……少し、癪に障るだけです。


 サクセリエルの町を歩きつつ、これからどうしましょうか……と天を仰ぐ。

 荷物もお金も全部【収納魔法】に入っているから、何も問題ありません。

 でも、今持っている金額だけでは、ひと月暮らす程度しかもちませんね。


 ちょっと考えましょう。

 丁度お昼時だし、食事をしながら今後のことを決めましょうか。

 空腹では、よい考えも浮かびませんわよね。


 なるべく安そうな食堂を選んで、中に入る。

 よかった、女性も沢山食事しているわ。

 端の方の席に座り、一息つく。


 まずは……家よね。

 もう未成年じゃないから、教会にお世話になるわけにはいきませんよね。

 それに、教会に行ったらすぐにニレーリア様に見つかってしまうから面倒だわ。

 でも、家を借りるにしても仕事がないと駄目……ね。


 あ、住み込みで働ける仕事を探せばいいのではなくて?

 そうよ、役所に行けばそういう仕事の案内があるはずだわ!

 わたくしの職が『弓術師』だと……どこの組合に行けばいいのかも解らないから、役所でその辺りも教えてもらわないと。

 騎士位……今年は、無理よね。


 そう思いながら運ばれてきた食事を食べていたら、壁に貼られている『騎士位予備試験』の張り紙を見つけました。

 騎士位試験は、一般の臣民達にも受ける権利があります。

 ですが、領主か次官の推薦をもらえなかった者は、在籍の領地で行われる『予備試験』に合格しなくてはいけません。

 推薦を下ろされているはずだから、来年はこれを受けるのだわ。


 ……あら?

 申込の締め切り日……今日?

 今日までに申し込んだら、今年の試験が受けられる?

 わたくしは大慌てで食事を終え、役所の試験申込受付へと走りました。


「あのっ、まだ、間に合います、かしら? も、申込っ!」

 走り込んだせいで息が切れ切れでしたが、受付の方は騎士位試験なら大丈夫だよ、と申請書を渡してくださいました。

 必要項目を書きながら、上がっていた息を整え書類を提出します。


「受験料は三千だよ」

 う、そうでした。

 受験料……ええ、大丈夫です。

 まだ平気、平気……


「これで手続きは完了だ。これが受験票だから、当日は試験会場にこれを持っていってくれよ。予備試験では名前を呼ばないから、全部この番号で呼ばれる。あと、筆記用具は自分で用意してくれ」

「はい、ありがとうございます」


 そうよね。

 折角勉強したのだもの、試すくらいはしなくちゃ。

 この試験も定員制ではなくて、獲得点数制だからわたくしが受かったとしても誰かを蹴落とす訳じゃない。

 試験は……十日後……?

 ず、随分と早いのね?


 というか、随分ギリギリまで申し込みできますのね。

 役所の方にその呟きを聞かれていたのか、お嬢さんみたいな人が多いからねぇと笑われてしまいました。

 でも、どうやら予備試験受験者がカタエレリエラでは減っているのですって。

 だから対応できるらしいわ。


「希望者が多いご領地……セラフィラントとかだと、三カ月以上前に締め切られちまうよ」

「まぁ……」


 もしそうだったら、きっとわたくしは今年の受験なんて推薦でもできませんでしたよね。

 あ、それに、試験日は推薦者の研修講義開始日の五日前だわ。

 採点はすぐにされて、翌日には合否が解ると言っていたから……ゆとりのある者達はそのまま王都に行って研修が受けられるということね。


 予備試験に受かったら、王都での研修講義は免除され、次は本試験が受けられる。

 だけど勿論、研修に参加することもできる。

 ……無料、ではないけれど。

 でも、予備試験合格者で今まで参加した者は、カタエレリエラではいないらしい。


 王都に十日間も滞在し研修に参加せねばならないというより、免除されて試験だけに臨む方が良さそうに感じるわ。

 だけど、この研修に参加して試験に臨む方がはるかに楽なはずなのです。

 本試験の問題を作るのは研修してくださる講師の方々なのですから、試験に出やすい所を重点的に教えてくださるはずだもの。


 それが解ってても臣民達が研修講義に参加しない理由は、王都での滞在費が高いから。

 基本的には全員、自分たちで用意せねばならないのですもの。

 研修講義だけでなく、滞在費などの全てが自費なのだから地方から試験に赴く臣民にとっては大変な負担よね。


 試験当日の宿泊費は専用宿舎なので免除されるはずだけれど、前日から泊まったり試験が終わっても結果が出る三日後までは王都にいなくてはいけない。

 その四日分でさえ、王都の宿はどこも決して安くはないですからキツイはず。

 それなのに、研修の十日間分まで用意できる臣民はほぼいないでしょう。

 わたくしも……研修なしでギリギリですね。


 やっぱり、すぐにでも働かないと!

 王都での四日間がなんとかなったとしても、帰りの馬車代すら……帰り?

 カタエレリエラに帰って来る必要、あるのかしら?


 わたくし、どこで暮らしてもいいのではなくて?

 だって、エイシェルス家は接収になったわけだし、従家としての籍はもうないのだもの。

 今年の試験に受からなくても、王都で仕事を見つけて来年受け直したらいいのでは?

 確か王都って、五年以上暮らさないと在籍地として登録できないのよ、臣民は。

 それならば、他領在籍の人が沢山働いているはずだし、王都なら『弓術師』を活かせる仕事だってあるかもしれないわ。


 うん、そうしましょう!

 予備試験に合格したら王都へ行ってすぐに、住み込みの働き口を探す!

 確か、長期雇用でなくても十日間くらいの住み込み仕事が、カタエレリエラの役所でもありましたもの。

 王都なら、もっとあるはずよ。

 サクセリエルにいる間は、しっかり勉強しましょう!

 受からなかったら……でも、この町で働くよりはやっぱり王都の方がいいかも。


 そうと決まれば、安い宿を見つけなくっちゃ!

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