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 運良く試験会場の近くに夕食付きの安い宿を見つけられ、試験までの十日間しっかり勉強できました。

 ひとりだと、座学が捗ります。


 魔法は、宿の庭でも使うことはできません。

 ですので、部屋の中で炎を風でくるんで熱や火が逃げないようにしてみたり、旋風の魔法で遠くに置いてある物を巻き上げて手元に持ってきたり……と、規模の小さい練習しかできませんでした。


 どうしても利き手の方に魔力が集中してしまうのを、なんとか均等にする訓練にはもってこいでしたが。

 弓は矢を番えず、型の復習ばかりでしたし……今年の受験は、受かるかどうかというより『様子見』かもしれません。


 そんなこんなで、全く外に出ずに過ごしてしまいました。

 部屋から出たのは、夕食の時に食堂に行くくらい。

 その時に朝食用の食べ物を食堂で作ってもらって、部屋に持ち帰る。

 昼までは殆ど動かずに過ごすからお腹が減りませんし、午後からは魔法を使って訓練するので昼食は食べなくても夕食だけでなんとかなります。


 そして、遂に試験日です。

 試験会場に入る前に、しっかりと朝食を摂りました。

 まずは筆記試験、その後すぐに体術や戦闘系技能試験で、昼食後に魔法の試験です。

『試験』というものをやったことがないので、ドキドキしますが楽しみですね!


 会場である衛兵隊訓練場には、随分沢山の方々がいらっしゃいます。

 わたくしの札に書かれている番号が七十二番ですから、少なくとも七十人以上ということですよね。

 男性は勿論ですが、女性もかなり多いです。

 意外でした。


 各町ごとに試験が行われているといいますので、相当な人数がこの試験を受けていらっしゃるのですね……

 役所の方がこれでも少ないと仰有っていましたから……セラフィラントはどれほど多いのでしょう?


 騎士位試験を受けるといっても、全員が近衛騎士や衛兵になるためではないそうです。

 この国では魔法師でなければ、家系魔法を持たない臣民は『無位』です。

 でも騎士位を取得できたら、銅証の『従三位騎士』になれます。


 鉄証でなくなるというだけで、就ける仕事の幅がかなり広くなり賃金も上がります。

 家族にひとりだけでも銅証の者がいれば、全員が無位である家庭の倍……とは言いませんが、それに近いくらい収入に差ができるのだとか。

 でも決して簡単ではないようで、毎年騎士となれる者は各領地で三、四人程度。

 受験資格のある五年間、毎年受けても受からなかった……なんてこともよくあることだそうです。


 筆記試験前、皆さんの緊張が伝わってきます。

 どれほど難しい試験なのでしょうか……


 *****


 ……筆記試験、終わりました。

 試験……というのは問いに答えるだけだと思っていたのですが、まずその『問い』の意図を読み取るのがもの凄く大変でした……


 問題文も長いし、それに対して答える文章ももの凄く長くなります。

 一言で答えられる問題が全くなく、問題数は非常に少ないのですがひとつひとつで問いかけられていることがいくつもあるのです。

 これは……確かにとても難しいですね……


 終わった後、皆さんの会話や声を聞いていても、以前の法律と錯覚してしまう、昔と違うところが多いからどう答えるのが正解か迷った……などと言っているのが聞こえてきました。


 その点については『以前の法』をよく知らないわたくしは迷うことがなかったのですが、逆に『以前とどのように違うか』を問われた問題が一番困りました。

 全然受かる気がしません……


 全くできなかったのでしょうか、諦めて帰ってしまう方も何人かいらっしゃいました。

 勿論、わたくしは全部受けますけど。

 落ちるのであっても、来年のために全部どのような試験かを知っておく必要がありますものね!


 次は、戦闘系技能試験です。

 わたくしは弓ですが、一番多いのは体術ですね。

 臣民は剣や槍を持ったり、習ったりする機会が殆どございませんから。


 女性でも、体術が得意な方がいらっしゃるみたいです。

 なんて素晴らしいことでしょう……!

 わたくしにも『体術技能』がありますが、まだ身体自体が未熟で使いものになりません。

 速さくらいしか、自信がないのですもの。


 弓は剣技や体術の試験と同じ場所ではなく、弓術場がありますからそちらでの試験です。

 あら……?

 的が、ありません。


「我々が飛ばす、丸い板を射貫け」

 試験官の衛兵の指示に、誰もが驚きの色を隠せません。

 飛ばす?

 何人かが試験官に向かって、抗議の声を上げました。

「おい、去年と違うじゃないか!」

「的が動くなんて、おかしいだろうが!」


 試験官達には、想定内の抗議だったのでしょう。

 にやり、と口元に笑みを浮かべて抗議した男達の前に立ち塞がりました。


「森の獣はおまえが弓を番えている間、ずっと止まって待っててくれるのかい?」


 なるほど。

『的』は、絶対に動いていますわよね。

 だとしたら、静止している物に当てる技能を試験したとて無意味である……と。

 文句を言っていた者達も、黙ってしまいました。


「……納得してくれたようだな。では、始める! 三十六番!」

 進み出たのは背の高い、がっしりした体軀の男性です。

 試験官達が次々と板を飛ばし、魔法で加速させます。


 凄いわ。

 あれって、風魔法よね。

 早くなったり、遅くなったりする『的』は全部で八枚。

 近い物、遠い物、早い物、遅い物……

 いろいろな距離や状態の物に対応して、射貫かねばならないのですね。


 三十六番さん、とても腕のいい弓術師でいらっしゃるわ。

 まずは近い物から、落ち着いて順番に落としていっています。

 あら……試験官は落とし終わった的の状態も見ているみたい。


「次、七十二番」

 え?

 番号順ではないのかしら?

「……そんなに細っこくて、弓は引けるのか?」

「大丈夫です」

 身体の大きさと弓は関係ありませんわっ!


 板が飛び交い始めました。

「始めっ!」

 試験官の合図で、板が加速しながら近付いてきます。

 わたくしがまず狙いを定めたのは、中距離を飛んでいるもの。


 弓はある程度の距離を取らなくては、引きづらいのです。

 だから一番、当てやすそうな距離の物を狙いました。

 三枚の板を射貫くことができ、遠くの物へと近付くように走ります。

 もう少し近付かないと、射抜けないと思ったのです。


 あら?

 ……これ、もしかして……


 わたくしは振り返り、さっきまで近くを飛んでいた方の板を三枚射貫きました。

 そして、残りの近付いてきた一枚を左手でたたき落とし、もう一枚は弓ではたき落としました。


「そこまで」

 試験官の声で終了となりましたが……これで良かったのかどうか。

 終わった者は、奥の扉から外に出ます。

 ふぅ……昼前の部は、終了ですね。


 表にいた試験官から、次の試験は昼食後に裏庭に集合との指示をいただきました。

 そうですね、お腹が空きましたわ。

 お昼は、この衛兵隊事務所の食堂が使えるのですよね!

 楽しみです!



 食堂について食事を始めてすぐ、声をかけられました。

 ……食堂って、声をかけやすい場所なのでしょうか?

 お腹が空いている人に話しかけたって、丁寧な対応をされるはずがないでしょうに。


「あんた、七十二番さんだろ?」

 まぁ……ここでは名前を言わないのが決まりのようだから、仕方ありませんわね。

「何か?」

「俺も弓で試験受けたんだけどさ、あんたの後。あ、俺、十五番」


 同じ弓術試験を受けたことでの、仲間意識でしょうか?

 でも、なんでこんなにニヤニヤしているのかしら。


「どうして、全部射貫かなかったんだ? あんたの腕ならば、容易かっただろうに」

 わたくしが射貫いたのは六枚。

 たたき落としたのが二枚。

 弓の試験ならば、全て弓で攻撃するのが普通ですものね。


「試験の始まる前に『丸い板を射貫け』と言われましたから、四角い物は別の方法で落としましたの」


 あら……表情が固まったわ。

 無意味にニヤつかれるのはあまり気分がよくなかったので、そうしていてくださると助かりますわ。

 十五番さんだけでなく、周りの何人かも……おや、三十六番さん、近くにいらしたのね。

 気付きませんでした。


 んんん……このイノブタ肉、ちょっと硬いですねぇ。

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