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それから暫く……少しずつ動けるようになったものの、手足から痺れが完全になくなるまでには一刻以上かかりました。
誰も彼も、暗い面持ちです。
方陣の魔法なんて弱いと、全員が思っておりましたからね。
その魔法に、一撃ですよ?
鼻っ柱なんて、ポキポキに折れ捲りでございますよ。
まだ少し違和感の残る手を摩りながら昼食を食べておりますが、やっぱりどなたもあまり元気がありませんわね。
「僕らの魔法がかき消されるくらいの魔力だなんて……方陣なのに……」
「そんなに弱いのか、俺達の魔法……」
あちこちから同様の呟きが聞こえます。
きっと皆さん、お食事の味もわからないくらい落ち込んでいらっしゃるのね。
美味しく感じてしまうわたくしって……ちょっとどころか、かなり図太いのですね。
でもっ!
食べなくては、いい案も浮かばないと思うのですっ!
これから計画的に勉強していくためにも、反省だけでなくちゃんとしなくては!
昼食後は座学です。
本当は魔法訓練のはずでしたが、昼前中の『あれ』からまだ全員の魔力が回復していないからでしょう。
わたくしは……以前だったらきっと左側が怠くて堪らなかったはずですが、全くそんなことはなく心地よく疲れている……という感じです。
マリティエラ様とアズール様には、改めて心から感謝ですね。
まさか自分が病に冒されていたなんて、微塵も考えていませんでしたもの。
まぁ!
今日の座学は、アンシェイラ教官です!
それでは、食品栄養学ですね!
「講義の前に、昼前に行われた模擬戦ですが『試験』と言ったのはあなた方に本気を出してもらいたかったからです。勿論、その場での魔法も採点の考慮には入れるつもりでしたが、今回の魔法の出来不出来は、減点対象ではありませんので安心してください」
そうだったのですかーーーー。
安堵なさっている方も随分いますわね。
アンシェイラ教官は軽く溜息をつきながら、続けます。
「ですが……ああも一方的な展開になるとは予想外でした。教官達全員も、一撃で終了するとは考えておらず……これでは反省点すらあげられない状態ですからね」
……あんなにも差があるのですもの、比較になんてなりませんでしたよね。
不甲斐ないことです。
試験にすらならなかった、なんて。
「ですが、タクトくんが『良い』と判断した五名には『考慮加点』が与えられます。これは最終的な獲得点で同点の者が複数いた場合、考慮加点が高い者の方を上位とする……というものです。この考慮加点は随所で査定されていますので、これからも訓練中でも気を抜かないでください」
そんな加点もあるのですね。
……でも、あれが試験でないとすれば……
「ただし……ファイラス副長官の開始合図前から、魔力を操作していた者達は減点です。魔法の試験は後日改めて行いますので、体調を整えておくように。では、講義を開始いたします」
そうですよねー。
当然、そうなりますよねー。
それにしても……開始合図前から魔力を……って、それでいてタクト様に届かないとは、なんて惨めな。
そして、翌日、悲喜交々の再試験も終わって、またいつもの日々……ではありませんでした。
「基礎体力が足りなすぎて試験にならないとの判断から、毎日走り込みをすることとなった」
少し暗い面持ちのファイラス教官からそう告げられて、わたくし達はいままでより早起きすることとなりました。
走るのは、なんと訓練場。
隧道の中を走るのは、危険ですものね。
先頭を走るファイラス教官……結構きつそうですが、大丈夫でしょうか?
追い抜いてもいい……と言われましたので、抜いてしまいましたけど。
一日三十周、朝食前一刻の間に走りきれなかった者は昼食前に残りを走り、それでも足りなければ夕食前にも走らねばなりません。
でも、これ、いいですわね!
元々走るのは嫌いではありませんし、昔はよく足場の悪い王宮内を逃げ回っておりましたから、真っ平らな訓練場を走るのなんて全然『余裕』って感じです。
朝食前に走りきれるのは……圧倒的に予備試験組ばかりですねぇ。
そして、最近もの凄く座学が増えた気がします。
巡回が五日に一度になり、弓と魔法の訓練が三日に一度の昼食後だけになり、あとは全て座学です。
毎日、魔法や弓を使った以上にへとへとになるくらい、書き付けを行っております。
この座学が増えた原因、絶対にタクト様が『より多くの知識がある者の方が優位』と仰有ったからだと思います……!
三日に一度の昼前に必ず筆記試験が行われ、その成績が昼食後の実技訓練の後に貼り出されることとなりました。
当然、その試験においての順位と点数が全員に判ってしまうのです。
これは……何人かの方々には、とても不評でした。
今まで友人付き合いをしていた方々の点数が悪いからと、付き合わなくなった方々がいたようです。
誰がどれほどの点数を取っているか判らなかった頃は『先々の付き合い』のためにと、交友範囲を広く持つ方がいました。
しかし成績が悪く、合格しないのではないかと思われる方の予想が立ってしまったのです。
そして、そういう方達との交流を避ける方が多くなりました。
……わたくしは、元々まったく『交流』しておりませんでしたので……蚊帳の外ですが。
ちょっと空しいですが、本当のことなので仕方ありません。
「ヒメリアさんっ! 今日の試験結果をご覧になりまして?」
「ごきげんよう、テターニヤさん……まだ見ていませんでした」
「では、ご一緒しません? わたし、今日のは少し、自信がございますの」
試験結果が貼り出されるようになってから、必ずと言っていいほどわたくしの好敵手……らしい、テターニヤさんと一緒に結果を見に行くようになりました。
他にも、わたくしに話しかけてくださる方々も増えた……ような?
「ヒメリア、凄いよ! 二回連続……うっぷ」
「ちょっとキリエムスさんっ! まだ見ておりませんのよ、わたし達っ! 先に言ってしまうなんてっ」
「そ、そうだったのか、ごめん」
「……もうっ、気をつけてくださいませ」
「おーっ! 連続一位おめでとうなー、ヒメリアー!」
「〜〜……っ!」
「ラーシュ、わたくし達が見る前に言わないでくださいな」
「あ……わりぃ」
「あなたっ! 前回も……っ! 折角、わたしがヒメリアさんをお連れしたのにっ!」
「次はもう少し早めに来ましょう、テターニヤさん」
貼り出された試験結果の前でも、何人もの方々に祝福の言葉をいただいいてしまいました。
やっと自分の目で結果表を見た時には、ちょっと感動が薄れてしまうほどでした。
「テターニヤは遂に二位か! 凄いじゃないか」
「もう少しですわ、ヒメリアさんっ! お覚悟なさいませっ」
「僕は……今回は六位だったよ。皇国法はどうしても、昔のものと勘違いしてしまう……」
わたくしみたいに昔の皇国法を全然知らないと、得する時と損する時があるのですよね。
今回は、現行法のみの問いばかりでしたので、わたくしにとっては幸運でしたわ。
キリエムスはきっと真面目に両方覚えているから、時々混乱するのね。
「あら、三位がラーシュさんだわ。じゃあ、次の巡回はわたし達と一緒ね」
「
巡回は、直近の筆記試験の順位ごとに三人ずつ、分けられるようになりました。
「おふたりと一緒で嬉しいわ。よろしくね」
「ヒメリア、次は必ず君と同じ組になるからね!」
「楽しみにしているわ、キリエムス」
わたくしも成績が落ちないように、頑張らなくては!
そうだわ、今度の巡回では、やっと南地区です!
お菓子の買い足しをしておかなくっちゃ!
楽しみですぅぅーー!
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