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相変わらずの雪景色、相変わらずの早朝走り込みを終え、食堂へ。
朝だけで規定周回を終えられる方々が、随分と増えました。
初めの頃は朝食の食堂でぐったりしている方も多かったのですが、今では運動後に食欲が出る方の方が多いようです。
もちろん、わたくしは初めっから、まーったく食欲が衰えることはございませんでしたが。
……やっぱり、食いしん坊なのかしら、わたくしって。
今日の朝食も美味しいですわ。
「ねえ、ヒメリアさん、今日の走り込み、ふたり少なくありませんでした?」
「え? そうでしたか?」
全然、気付きませんでした。
テターニヤさんは、観察力があるのね……見習わなくては。
「ふたりじゃなくて、三人いなかったね」
キリエムスは、もっとよく見ているのね……
「そうなの? あ、わたしの後に走っている人?」
「そう。テターニヤとヒメリアは足が速いから、先に終わっちゃうだろ?」
速い……というか、お腹が空くのでさっさと終わりたいという気持ちで走ると、すぐに終わってしまうのですよねー。
テターニヤさんは、そんなわたくしを追いかけているうちに早くなったと仰有いますが、元々走るのが速かったのだと思いますわ。
「ここに、カーエス、マルニーラ、アズシュレムはいるか」
オルフェリード教官です。
食堂にいらっしゃるのは珍しいですが……その三人がどうかしたのでしょうか?
「さっき、いなかった奴らだ」
ラーシュの囁きに、走らなかったのにどうして
「なぜ、訓練場に来なかったのに、ここにいる?」
オルフェリード教官に問いに、三人とも答えません。
具合でも悪かったのでしょうか?
あ、でも、それだと食事ができるのも変ですわね。
「体調も悪くはないようなのに、なぜ、来なかったかと聞いている」
オルフェリード教官は穏やかそうに見えますが、かなり怒っていらっしゃるみたいです。
周りの空気が、ピリピリと致します。
「……ぎ、疑問に思ったのですっ」
「何を?」
「どうしてあんな風に、ぐるぐると走り回ることが必要なのですかっ?」
「そうです! 騎士に足の速さなど、関係ありません」
「意味の解らないことに時間を使うより、勉学に時間を使うべきと考えましたのでわたくしも参加しませんでした」
……馬鹿ですねー。
これは、減点どころではありませんね。
「自分たちで判断して、必要ないからやらなかった、ということだな?」
「……はい」
「今後も、参加する気はないということでいいのか?」
「「はい」」
「マルニーラもか?」
「は、はい……」
キリエムスがぼそっと、終わったな、と呟きました。
ええ、その通りですね。
「では、君達は棄権するということでいいのだね?」
「はい」
「走るつもりは……ありません」
「わたくしも」
オルフェリード教官はにっこりと微笑み、そうか解った、と仰有いました。
「君達の気持ちを汲んで、棄権を認めましょう」
あらら。
自分たちの要求が通ったと思って、笑顔を浮かべていますわ。
「……呆れるわ」
全く仰有る通りですね、テターニヤさん。
「三人とも、上着を脱ぎなさい」
オルフェリード教官の命令に、訳が解らないというような顔をしつつ三人が脱いだ上着を側にいたチェルエッラさんが回収しました。
「君達三人の『騎士位試験』からの棄権を承認いたしました。たった今より、君達はこの宿舎の使用権利がなくなりましたので、早急に退去しなさい」
笑顔が一転、青ざめて狼狽え始めた三人が騒ぎ出します。
「ど、どういうことですっ? 騎士位試験を棄権なんか……」
「君達自身が言ったのですよ? 『必要ない』と」
「それはっ、走るということに対してであって……!」
「こんなに、何度も言わないと理解できないのか? 『ここにいる間の全てが試験である』と、何度言わせる」
オルフェリード教官から普段聞かれないような、低い声が厳しい口調で放たれます。
「おまえ達は試験中であるにも拘わらず、試験内容が気に入らないから受けないと言ったのだ。そんな奴に続けさせる意味などあると思うのか?」
ここまで言われても、彼らは自らの過ちに気付かないようです。
「『試験中』のおまえ達には『何も決める権利はない』し『拒否する権利もない』。そうしたいというのならば、試験自体を放棄したとみなすのは当然だろう」
「で、でもっ、試験はあの点数が貼り出されるものだけでは……っ!」
「誰がそんなことを言った?」
いいえ、どなたも。
食堂の中が、水を打ったように静まりかえっています。
「合間に行われるのは行動採点で減点の多い者達でも、現状の勉学や魔法技術などの評価を正しく行うための定期審査であり加点の機会を与えているに過ぎない。上官、教官の命令を聞くこともできず、自分勝手な判断をする愚かな騎士など必要ない。君達のような騎士に相応しくない考え方の者が、自主的に棄権してくれて大変助かったよ」
流石に、もう無理だと悟ったのでしょう。
三人ともその場にへたり込んで、動けないみたいです。
「ああ、部屋の荷物は全て玄関先に出しておきます。上着がない君たちは既に、この宿舎の施設全てを利用できなくなっていますからね」
……でも、この季節ってシュリィイーレは馬車が来ないのですよね?
町中の宿に泊まれ、ということでしょうか?
「宿に泊まるのも難しいだろうし、流石にシュリィイーレからは自力では出られないだろう。レーデルスの入口まで、門の方陣で連れていくからそこからは自力で帰り給え」
一見親切そうですが、かなり酷いですね……
あの町、確か宿が一軒しかありませんでしたし、次の町までは馬車で三刻以上でしたよね。
「そして『棄権』した君達には、今後、騎士位試験の受験資格はなくなった」
翌年受けられないというのではなく、資格剥奪……ですの?
「では、道中気をつけて」
そう仰有ると、オルフェリード教官は立ち去ってしまいました。
あ、ひとり、慌てて後を追いましたわ。
謝って許してもらおうというのでしょうか。
無駄なことですのに。
「やれやれ、とんだ馬鹿者がいたものだな」
やっと、食堂内の空気が緩み、緊張が解れました。
折角のお食事が冷めてしまっ……て、ないですっ!
「なんで、温かいままなの、これ?」
「わたくしも、すっかり冷めたと思っていましたのに……」
「この器も、魔法が付与されているんだ。料理の温度を保つっていう……凄い……」
「これ、持って帰りてぇ……売ってるかな?」
「きっと、とんでもなく高いよ」
あちこちで、わたくし達と同じような会話が聞こえます。
もう既に皆さん達の中からあの愚かな三人のことは、すっかりなくなってしまっているようでした。
友人のように、お付き合いしていた方々もいたはずですのに……
やはり、ここは『友人』を作る場ではなくて試されている場所なのですね。
少しだけ、淋しく感じてしまいました。
今、わたくしの横で笑顔でパンを頬張っているテターニヤさんとも……お友達にはなれないのでしょうか?
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