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 待ちに待った南地区の巡回です。

 休憩時間になってすぐ、テターニヤさんが話しかけてきました。

「ヒメリアさん『ショコラ・タクト』ってご存知?」

「ええ、皇室認定品ですよね」


 カタエレリエラでは、結構話題になっておりました。

 カカオを使ったお菓子で、最も美味しいものである、と。

 でも、わたくしはタク・アールトの方が、絶対上だと思うのですけどね!

 ショコラ・タクトは、食べたことありませんけど。


「あのお菓子の名前……人の名前だと思いません?」

「え?」

 考えたこともございませんでした。

 テターニヤさんの解説ですと、ショコラというのはシュリィイーレで作られているカカオのお菓子という意味だそうです。

 では……『タクト』が、『名前』?

 あっ!


「もしかして……」

「ええ! そうですわっ、あのタクト様のことだと思うのですっ、わたし!」

「面白いこと考えるな、テターニヤは」


 突然会話に入ってきたラーシュですが、その可能性はありそうだと頷きます。

「だって、あれだけ凄い魔法師なんだぜ? それに肖って『凄く旨い』って意味で名前を付けたかもしれないだろ?」

「なかなか鋭いですわね、ラーシュさん! わたしもその線はあると思いますわ」

「実は、わたくし……この近くで『タク・アールト』という、大変美味しいお菓子を買いましたの。その『タク』も、そういう意味で付けられているのでしょうか?」

「んっまぁぁぁぁっ! 流石、ヒメリアさんだわっ! そうよ、きっと! そのお店、どちらなの?」


 わたくしはテターニヤさんと一緒に、その店へと早足で歩き出しました。

 甘いものにあまり興味はないと言っていたラーシュまで付いてきます。

 ふふふ、このおふたり、きっとあの『自動販売機』を見たら、驚きますねっ。


 雪の隧道は以前来た場所でも判りづらいので、曲がり角のたびに目的地かどうか確認しなくてはなりません。

 青通りに入り、最初の角を覗くと……あら?

「外へ続いているみたいだけど……雪がありませんわね?」

「本当だわ。出てみましょうよ、ヒメリアさんっ!」


 腕を引かれて外へ出て驚きました。

 並んでいる建物に、一切雪が積もっていないのです!

 雪は……降っています。

 でも、建物や、今わたくし達が立っている、ふたりくらいが並んで歩ける幅は、降ってきた途端に雪が解けてしまうのです。


「【付与魔法】だ。この並びの家全部、雪が積もらない『付与』がされているんだ!」

 ラーシュは信じられないと言いつつ、建物に触れています。

 どうやらほんのりと温かいらしく、わたくしとテターニヤさんも思わず壁を撫で回してしまいました。

「なんて素晴らしい【付与魔法】かしら! こんな魔法、使えるようになりたい……!」

「ああ、スゲェよ……」


 歩きながらわたくし達は並びの全ての建物に触れてしまうほど、感動していました。

「あ、ありました。ここです」

「……変な店だな?」

「この『自動販売機』が素晴らしいのですよ? ここに、こうして……」

 得意気に説明をしますと、おふたりの目が輝きだし、あっという間に『自動販売機』の虜でございました。


「いいわっ! これなら『もうひとつ買えば良かった』って思っても、すぐに買えるわ!」

「店員に『男が菓子を沢山買うなよ』って目で見られなくって済む! すっげーいいっ!」

 まぁ……ラーシュは菓子が好きじゃないのではなくて、買うのが恥ずかしかったのですねぇ。


「それにこれ、楽しくってどんどん買ってしまうわ!」

「おい、この後も巡回があるんだぞ。持てるのかよ」

「……今回だけはわたくしの【収納魔法】で、持っていて差し上げるわ。沢山買っても、袋に入れてくだされば平気よ?」

 ふたりがわたくしに抱きつかんばかりだったのは、言うまでもありません。

 触れさせませんでしたけれども。


「あら、また会ったわね」

 こ、このお声は!

「マリティエラ様!」

「テターニヤさんとヒメリアさん、お久し振りね」

「こんにちは、マリティエラ様! 先日はありがとうございました」


 テターニヤさん、声が弾んでいらっしゃるわ。

 ラーシュがまったく動かなくなって、ぼーっとマリティエラ様を見つめています。

 お美しいですからね、マリティエラ様は。


「わたくし達の健康診断をしてくださった、医師様ですのよ」

「医師っ? あっ、し、失礼致しました。ラーシュと申します!」

「いいのよ、気にしないでラーシュ。三人とも、あれから体調に変化はなくって?」

「「「はいっ!」」」

 元気いっぱいでございますっ!


 マリティエラ様はあの時と同じように、躊躇いなく大量のお菓子をご購入なさいます……

 ふたりの今の表情は、あの日のわたくしの顔なのでしょうね。

 やだ、もの凄く面白い顔しているわ。


 あ、マリティエラ様の髪飾りに、なにかが付いているみたいだわ。

 糸? かしら?

 テターニヤさんも気付いたみたい……ああっ!

 駄目ですっ!

 手を伸ばしてはいけませんっ!


 わたくしは大慌てで、テターニヤさんの手を掴みました。

 マリティエラ様は、セラフィエムス家門の方なのです。

 知らずとは言え、わたくし達が許可なくその御髪おぐしに手を掛けるなど絶対にあってはいけないのです!

 その時、店の奥から誰かが入ってきたのか、足音が近付いてきました。


「なんだ、マリティエラ。ひとりなのか?」


 ちちちちち、ちょっ、長官ですっ!

 わたくし達はその場で直立不動!

 動けるわけがありませんっ!


「あら、お兄様」


 お兄様ーーーーっ?

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