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あれから、ラーシュとキリエムスは以前と同じ……というわけには、いきませんでした。
互いに目を合わせることは殆どなくなり、冗談を言い合うこともありません。
ただ、
今まで弓と風魔法を中心に訓練を重ねてきましたが、今度は弓に【耐性魔法】で火の耐性を持たせつつ【炎熱魔法/青】を纏わせる……というのが、わたくしの課題になりました。
他の方々もふたつ以上の魔法を使って弓を操るようにと言われ、毎日魔力を限界まで使う日々が続いております。
多分、お菓子がなかったらとてもではありませんが、耐えられなかったと思います。
甘くて美味しいものを食べると、それだけで魔力が大幅に回復するような気分になるのです。
甘味に魔力回復の効果があると学びましたが、美味しいから回復が早いというのは……流石に気のせいというか、気の持ちようだと思いますが。
魔法も弓も結構できるようになってきたのではないかと、自信が持てるようになってきたのは月末の頃。
それでもまだまだ教官達には、手も足も出ませんけれど。
「でもさ、俺達はまだ成人したばかりで、経験も全然ないんだからさ」
「うん、教官と比べることの方が間違いだ」
食事時でもわたくしを真ん中にして、全く顔を合わせないくせに意見は合うのですよね。
ラーシュとキリエムスは。
食べながらわたくしも、同じように思っておりました。
同年代の、この試験に参加していない人や騎士位を持たぬ人達から比べたら、わたくし達の方が魔法も武術も上であろう……と。
それだけの訓練をしているし、なにせこの国で一番のシュリィイーレ隊が教官なのです。
強くなっていないはずがないのです。
そして、
そろそろ半月に一度の試験日です。
わたくし達は誰もが自信を付け、教官に敵わなくても自分の精一杯ならばいい、と思っておりました。
が。
いつもの訓練場ではなく、一番広い、全員で魔法を使うことのできる部屋に集合と言われ扉を開けると……教官達の中に、滅茶苦茶不機嫌そうに立っている方がいます。
どーして、またしてもタクト様がっ?
しかも、長官までいらっしゃいますけどっ?
緊張の面持ちのファイラス教官が、わたくし達全員とタクト様の『魔法模擬戦』が今回の試験であると仰有いました。
えーーーっ?
相手はいくら一等位魔法師とはいっても、おひとりなのですよ?
いくら順番にとは言っても、わたくし達二十人相手に……いえ、もしかしたら、とんでもない攻撃魔法をお持ち……とか?
タクト様は……本気で機嫌が悪そうです。
「衛兵隊員でも、騎士ですらない俺がどーして……」
やっぱり、騎士位はお持ちではないのですね。
まぁ、魔法師であれば、必要ございませんものね。
「あいつ等と年の変わらないおまえに『手本』になって欲しいんだよ。防御と耐性は完璧だろう?」
「そりゃそうですけど……やられっぱなしで、ただ防いでろってことでしょ? 精神的によくないので嫌なんですけど」
『防御と耐性は完璧』
その言葉に幾人かの攻撃魔法に自信をお持ちの方々が、カチン、と来たようです。
「攻撃してくれても構わん」
「俺には、攻撃魔法が全くないことだって知ってるでしょう、ビィクティアムさん」
え?
攻撃魔法がない?
いくら一等位だとしても攻撃魔法がないのであれば、どう手本になると仰有るのでしょう?
長官は、なにやらもの凄く楽しそうですわ。
「方陣があるだろう? あれで、攻撃して見せてくれ」
「……くっそぅ……それが目的ですね?」
「どうしても嫌なら、無理にとは言わん。だが……いいのか? 下巻」
「うー……っ!」
タクト様って、長官に弱みでも握られているのでしょうか。
「解りましたっ! でも、どうなっても知りませんからねっ!」
「構わん。【回復魔法】の使い手は待機させてある」
「……怪我なんか、させませんよ」
方陣って方陣札の魔法ということですわよね?
方陣札の攻撃魔法なんて、弱くてたいした効果の出ないものばかりではありませんか。
しかもご自身が怪我することではなくて、わたくし達の怪我の心配?
そもそも、方陣というのは移動や浄化、回復などの補助系のためのものでしょう?
準備するから待っててくれと言われましたが、またしても瞬く間に準備が整いました。
札……金属?
板のようなものに、方陣を書いていらっしゃいました。
……方陣までこんなに素早く描けるのですね、一等位魔法師って。
「審査する教官は、何人ですか?」
「十人……かな。なんで?」
タクト様はファイラス教官にそう聞いた後、それじゃ足りない、と仰有いました。
「どなたか、撮影機で前後左右から、ちゃんと全試験研修生を撮影してください。採点するなら、客観的な視点での判断が必要なので」
……?
どういう意味でしょう?
「では、全員で同時に魔法を放ってください。遠慮はいりませんよ? 俺も、全く手加減する気はないですから」
この挑発的な仰有りようには、流石に全員が苛立ちを覚えました。
いくらなんでも、全員で一度に放った魔法に対抗できるなんて。
わたくし達の力を、侮りすぎていらっしゃるわ。
二十対一。
ファイラス教官の、始め! という合図の後、わたくし達はすぐに魔法を放つ態勢に入ります。
全員がタクト様の前に扇のように広がり、一気に魔力を高めていきます。
「……遅い」
その呟きが耳に届き、わたくし達の殆ど全員が魔法を放ったと思われるその時。
目の前に光が走り、気がつくと……床に倒れ、全く動けなくなっておりました。
わたくしが見える範囲では、立っていたのは……タクト様唯ひとり、です。
誰もが、わたくし達だけでなく、教官達もその光景に驚愕の色が隠せません。
「まさか……一撃、とは思わなかったな」
長官の声が響き、わたくしの視界の範囲外の方々も倒れているのだと知り怖ろしくなりました。
攻撃魔法は『ない』と仰有っていましたよね?
用意していらしたのは、方陣札だけでしたよね?
「手加減なしですから、暫く動けないですよ。でも、怪我はしていないと思うので」
「どうやった?」
「方陣札を複合で発動させました。雷光から『制御の方陣』で熱だけを抑え『清水の方陣』『制水の方陣』で霧状に出した水を旋風で彼等にあてると同時に雷光発射。全員に伝播させた微弱な雷光の働きで、体内の四肢を動かす命令系統を遮断。麻痺させています」
「……とんでもないことするな、相変わらず……五種の方陣の同時発動か」
「正確には同時ではなく、時間差を最小限にした順次、です」
複合……知らないです。
そんな方陣札の使い方、知りませんっ!
しかも、清水、制水、旋風、雷光、制御……?
五種もの方陣を一度に発動させて、それぞれ完璧に働かせるなんてことができるものなのですか?
「多対一なら、初撃に全体攻撃というのは有効です。しかも、相手が何をしてくるか解らないのなら、動きの全てを止めちゃえばいいのです」
「彼等の放った魔法は?」
「あんなに遅かったら、簡単に避けられますよ。森の赤シシだって、逃げおおせているでしょう」
そんなに……遅いのですか?
でも、強くするには魔力を多く魔法へと変換させなくてはいけないし、そうするには時間が……
「魔法の強さを魔力だけで補おうとするから、遅くなるんですよ。その魔法が何に作用して何に阻害されるか、何を媒介にしてどうやったら最大効果を得られるか、そういう知識を元に組み立てて複合的に使えば、魔力量なんてたいして要りません」
「知識、か。詰まるところはどうしても、そこだなぁ……」
「そうですね。同じ魔法であるならば、より深く知っている者の方が優位でしょうから。あ、でも、俺はもう絶対に講義とか手伝いとか、しませんからねっ!」
「解ってるよ。悪かったな無理にやらせて」
「まぁ……面白かったですけど」
長官とタクト様の会話に、どれだけ自分達が『弱い』か思い知らされます。
ところで……わたくし達はいつになったら動けるのでしょうかー。
「でも、良い魔法持っている人も何人かいますね。えーと、右の方の青黒い髪の女性の水魔法は、俺の雷撃よりほんの少し前に発動されていたし、そっちの、あの長い金髪の男性の火魔法も鋭くて、早ければ俺に届いたかも。あの端にいるふたりは位置取りさえよければ、俺の足を止めることくらいできたと思う。あと、やたら熱い風を放ってきた、あそこの金赤の髪の人。ただ、まだ使い慣れていないのか、調整が甘いけど威力は文句なく一番だった。後で、録画したもので確認してくださいね」
「だが、誰もおまえには届かなかった……か」
「回避と防御と耐性は、俺の得意技ですから、ね?」
やたら熱い風……って、わたくしでしょうか?
わたくし、ちょっとだけ褒められてます?
やだ、嬉しい……けど、調整が甘い……んですね。
多分、今倒れている全員が思っていますわ。
『一等位魔法師を甘く見ちゃいけないんだ』って。
こういうことができる方が、騎士以外でもいるのですね……しかも、殆ど同世代に。
よーく考えたら、同世代なのに一等位ってめちゃくちゃ凄いですよね?
だって、成人してたった三年ですよ?
……今から騎士位だって、取れる年齢です。
もし受験なさったら、絶対に一位通過なさいますよね……
忘れていました、わたくし達とは比べものにならない方だったのです。
それにしたって、わたくし達、まだまだ全然ダメじゃないですか!
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『カリグラファーの美文字異世界生活』第406話とリンクしております
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