シェルト・喧嘩のあとの食堂で
その細工師の男は自分を庇って『似非貴族』に対峙してくれた娘の横に座った。
金赤の髪を綺麗にまとめ上げて、青い髪飾りで止めている。
横顔がまだ幼い。
そういえば、成人前だって言ってたよな……と、少しだけ戸惑ったが思い切って話しかけた。
彼は、彼女に自分を覚えていてもらいたいと思ったのだ。
既に家系魔法を得ている彼女の身分階位が自分より上なのは解っていたが、少しでいいから近付きたい。
そしてなるべく丁寧な言葉を選び、こちらを向かないけれど嫌がったり罵倒もしてこない彼女に話し続けた。
多分、聞いてくれている。
食べながらなのは、きっと照れ隠しとか、そういうことだと彼は思っていた。
そしてこの時期にシェルトに来ているのは、絶対に明日から始まる祭りが目当てのはず。
一緒に祭りの町を見て回ろうと誘い、ここからほど近い中央広場で昼前に待っていると告げた。
そして、返事を待っていたが……何も言わないが彼女が微笑んでいる横顔に、了承してもらえたと胸を高鳴らせたのだ。
……すべて、勘違いとも知らず。
食堂にいたその他の者達は、その様子を面白げに見ていた。
彼が去り、彼女が部屋へと戻ったあと、明日の予想を立て始める。
「あのエイシェルスのお嬢さんは、あの男の誘いに乗ると思うか?」
「乗らねぇな」
「全然あいつを見ちゃいなかったろ? あの娘」
「いや、意外とまんざらでもなかったんじゃねぇかな。文句も言わなかったし」
「そうだな。最後まで聞いていたし」
「中央広場だったよな……明日、様子見に行ってみようぜ」
そして、幸せな気分のままの細工師の青年は……自宅に戻って明日のための服を選んでいた。
(かっわいい子だったなぁ! 明日楽しみだぜっ!)
その一張羅を、ヒメリアが目にすることはないとは思いもせずに。
翌日の夕食時、細工師の男は宿の食堂に来ていた。
昨日、ここで出会った勇気ある可愛い娘を捜すために。
宿の女将が男に声を掛けると、可哀相なくらい悲しげな声で、会えなかった……という呟きが漏れた。
「え? 会えなかったのかい?」
「昼前からずっと待ってたんだけどさ……」
「おかしいねぇ? あの子、結構早くに出掛けていったよ?」
宿の女将は、彼女が少しはしゃいでいて早めに宿を出たと思っている。
祭りでウキウキしない子供などいない。
「まだこの宿にいるんだろ? 呼んでくれねぇかな?」
「いいや、カタエレリエラまで行くって言ってたから、遅くても夕刻前の馬車には乗っちまったはずだよ」
「えええーっ?」
「ひとりで祭りを見て回ったのかねぇ……ま、残念だったね」
細工師の男はしょんぼりと打ち拉がれ、とぼとぼと食堂をあとにした。
宿の女将は半ば『やっぱりねぇ……』と思いつつも、男に同情していたが、食堂に来ていた昨日の客達は……大笑いする者の方が多かった。
小さな恋は、始まる前に終わっていたのだ。
……残念ながら。
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