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 宿の女将さんに用意していただいた食事を食べているわたくしの横に、喧嘩をしていた片割れがやってきました。

 ……なんで、ニヤニヤとこちらを見ているのかしら。


「ありがとうな。俺のこと、庇ってくれて」

「勘違いなさらないで。わたくしはあなたを庇ったのではなく、あの男の嘘を許せなかっただけです」

「俺が盗んだんじゃないって、信じてくれたからだろう?」

「わたくしは、あなたのことに興味がないだけです。疑ってもいないし、信じてもいないわ」


 目も合わせず、顔の向きすら変えずにそう言ったのに、その男はずっとわたくしの横で喋り続けています。

 正直……迷惑です。

 わたくし、食事中は誰とも喋ったりせずに、ゆっくりお料理を楽しみたいのです。

 教会でのお食事はとっても落ち着いてて助かったけれど、普通の食堂というのは……こんなにも喋りかけられるものなのでしょうか。


 無視し続けていたら、諦めるでしょう。

 わたくしは食事にのみ集中し、聞こえてくる音も周りの様子も全て完全にないものとして扱うことにしました。

 あら?

 こうするとお料理の味が、際立って感じるわ。

 うん、美味しい……素晴らしい発見ね。


 お食事が終わって、ふぅ、と息をついた時にやっと、隣にまだあの職人風の男性がいることに気付きました。

 でもその人はすぐに立ち上がり、じゃあね、と言って去って行きました。

 なかなかしつこい人だったみたいですが、わたくしの態度で解っていただけたのかもしれません。

 お部屋に戻りましょうか……明日は朝、早いですし。



 翌朝、宿を発つ時に女将さんに変なことを言われました。

「こんなに早くから行くのかい?」

「ええ……何か?」

「ううん、いいんだよ! 楽しんでおいで!」


 ……?

 ああ、旅を楽しめということですね!

 越領門を越えたら、次の馬車方陣までの半日以上が馬車旅ですものね。


 朝食を馬車乗り場近くで買い込んで、馬車に乗り込むと既に何人か乗っていました。

 大きめの馬車なのにわたくしが最後だったみたいで、すぐに走り出します。

 次の領地、ルシェルスのランターナへの越領門をくぐりました。


 今回の越領検問も女性隊員でしたが、制服が違います。

 どうやら、領地によって違うのですね!

 ルシェルスの深い緑色も、素敵です。

 カタエレリエラは、何色でしょうか。

 ……わたくしに似合う色だったら……いいのに。


 ルシェルスは、リバレーラより少し南で西寄り。

 海の見えない内陸側の道を、山裾を回り込むように馬車が走っていく。

 リバレーラよりも高い山々があって、道は起伏があるみたい。


 とても空気が乾いているせいで、砂が舞っている。

 今は雨の少ない時期なのだそう。

 リバレーラより南なのに少し爽やかに感じるのは、乾燥しているせいだと同乗している行商人が話していました。


 わたくしに、ではなく同行している見習さんに向けて、ですが。

 ……随分と年嵩のいった方のようですけど、行商人のおじさんよりは年下に見えますから見習いさんですよね。


 そして、何やら大規模な工事をしているのでしょうか。

 成形された石が積み上がっていたり、道が新たに造られている場所が多くあります。

 どうやら『農園』ができるらしいです。

 大勢の移民を受け入れているのも、この農園での働き手としてだと行商人はしたり顔で語ります。

 商人にとって情報は、大切な武器でしょうに……いいのかしら、言ってしまって。


 きっとこんなにぺらぺらと喋っているのは、乗客が自分たちとわたくし、そして老夫婦が一組だけだからでしょう。

 あの見習いさん、ものすごく聞き出すのがお上手だわ。

 おかげでわたくし、とても楽しめております。


 移民達は殆どがマイウリア……ミューラからの方々のようです。

 ここで作る作物が、ミューラのものなのでしょうか?

 ミューラって……何を作っているのか、知らないわ。


 わたくしが嫁ぐはずだった国なのに……何も、知らない。

 ディルムトリエンのことも、そういえば全く教えてはもらえなかった。

 図書の部屋の本では、今の国の状況なんて知ることはできないもの。


『何もするな、何も考えるな、ただ従え』

 ほんの数ヶ月前まで当たり前だと思い込んで、反抗しながらもどこかで諦めていたことが嘘のよう。

 全てを知ることは不可能でも、なるべく多くのことが知りたいと今は思えるわ。



 馬車方陣を抜けると、辿り着いたのは越領門の町・ストラ。

 まだ陽が落ちる前だから、そのまま越領してしまう。

 この門を越えれば、カタエレリエラ。

 母上の……お生まれになった領地。


 ふと、怖くなった。

 今もこの地には、エイシェルス家門の方々がいるはず。

 いきなり、わたくしのような他国育ちの者が現れて驚かれるに違いない。

 しかも、家系魔法まで持っているのだもの。


 もし、母上が罪人で……そのせいで国外に出されていたのだとしたら……わたくしの存在は家門にとって不名誉なのではないかしら。

 また、言われてしまうのかしら。


『何の価値もないがらくた』……と。


 どうしよう。

 怖い。

 怖い。


 この国で、本当の血縁者達に……嫌われたくない。

 だけど、嫌われないために縮こまって何も言えず、何もできずにいるなんて嫌だわ。


 馬車はカタエレリエラの最も東側の町・レオニエに入った。

 明日は、方陣門のある町外れまで行ってサクセリエルへ……わたくしの不安は大きくなるばかりでした。

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