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 レオニエの宿で一晩、ゆっくり考えましょう……と思っていたのにすぐに眠ってしまいました。

 わたくしって、自分で思っているより図太い性格なのかしら……

 で、でも、よく眠れるのは、いいことよね。

 今日は初めてカタエレリエラの司祭様とお会いするのだし、寝不足のぼんやりした顔より絶対にいい、はずよ。


 ディルムトリエンにいた頃は頭痛が酷くて眠れないこともよくあったけど、最近具合がいいのはちゃんと食べているお陰だわ。

 たまに食べ過ぎてしまうけど……

 今日も朝食、美味しいです。



 成人の儀まで、わたくしの誕生日まであと五日。

 サクセリエル迄の馬車に乗り込んだ時に、越領門でちゃんとカタエレリエラ衛兵隊の制服を見ていなかったことを思いだした。

 何色だったかも覚えていないわ。

 きっと、女性じゃなかったからかもしれないわ。

 男性って、記憶に残らないのよねぇ……


 レオニエにはサクセリエルへ直接入れる方陣門がなくて、方陣門で辿り着いたのはサクセリエルの隣町、クルテリエ。

 そこから馬車で一刻半、昼前頃にはカタエレリエラ領主様の町に入れる。

 窓の外の景色が深い緑色の木々に彩られ、ルシェルスよりもっと起伏の多い道を走っていく。


 急坂こそないけれど、きっとルシェルスやリバレーラよりは高い位置にある。

 だって、海岸線が殆ど崖で、砂浜や港が少ないと聞いたわ。

 海に面しているのに、西側には全く船が着けられないのだと。

 西側の国々から船を着けることができないから、最南端のこの領地には他国からの船は一切入れない。


 カタエレリエラに着けるより、リバレーラかセラフィラントへ行った方が楽に接岸できる……のですって。

 オルツの司祭様がいろいろと教えてくださったカタエレリエラの事を思い出しながら、流れていく車窓の風景を眺めていた。


 海岸線が全く見えない内陸に向かって進む馬車の東側に、大きな森が広がっている。

 随分とこの馬車わたくしたちは高い位置にいるみたい。

 遠くまで見渡せるその森の景色に、不思議な気分になった。

 ……どうして、懐かしいと感じるのかしら。

 初めての風景なのに、初めての風なのに。


『お帰りなさい』


 リリエーナ様に言われた言葉が、改めて心の中に木霊する。

 何度も、何度も。


「……わたくし……帰って、来たんだわ」



 降り立ったサクセリエルの町は、とても賑やか。

 緑と花の町、南の宝石と讃えられるこの町は明るくて活気に満ちている。

 カタエレリエラ領のほぼ中心部にあるサクセリエルには、多くの商人達が集まり様々な商品が売られている。


 オルツやシェルトも人は多かったし、とても栄えている町だったけれどそれとは全く違う。賑やかで、少し雑然としていて、だけどとってもわくわくする。

『祭り』ってこういう感じかも。

 見たことは、ないのですけれどもね。


 町には笑顔の人がとても多くて、教会への道を歩いている間に五回も屋台の方から声をかけられたわ。

 ……どれも、とても美味しそうで……つい、二軒ほどの屋台で……買い食いをしてしまいました。

 生まれて初めてですわ、のんびりと歩きながら何かを食べるなんて!

 なんて、なんて、楽しいのかしら!


 ちょっと、はしゃぎすぎてしまったわ。

 教会の前に辿り着いて、身なりを整え、持っていた水で食べ物の臭いが残っていないように口をすすいだ。

 さすが、ご領主の町にある教会だわ。

 なんて立派なのかしら。


 正面の大きな扉を開けて、神官のおひとりに司祭様への取り次ぎをお願いする。

 ここも、女性の神官だわ。

 いらして下さった司祭様も、結い上げていても解る艶やかな黒髪が美しい快活そうな女性かた……!


 ぼーっと見ているわたくしに、司祭様は春の光のような笑顔でようこそ、と声をかけてくださる。

 この国の司祭様って、なんでこんなにもお美しい方々ばかりなのかしら。

 いいえ、司祭様だけじゃないわ。

 どの領地の衛兵隊の方も町の方々も、皆さんとても素敵。


 オルツの司祭様からお預かりしていた書簡を渡し、五日後に成人の儀を受けたいことを伝える。

「まぁ! それは素晴らしいわ。五日後ですと、夜月よのつき二十一日ですね。その間の宿はもう手配なさいましたの?」

「いいえ、町に着いてすぐにこちらに伺いましたので、これから探します」

「あら、それでは教会にお泊まりなさい。未成年者ならば、その方が宜しいわ」


 そう仰有ると、さっ、とわたくしの手を取り、聖堂の奥にある宿坊へと連れていってくださいました。

 神官達の暮らす宿坊は、オルツの教会よりずっと規模が大きく、神官だけでなく何人かの子供達もいます。

 みな、親のいない子達のようですが、信じられないほど健康的で明るい子供達ばかりでした。


 ひとつ、どうしても聞かなくてはいけない。

「司祭様は……エイシェルス家門の方々のことは、ご存知でいらっしゃいますか……?」

 子供達に向けられていた笑顔が不意に消えて、司祭様はわたくしに向き直ります。


「そうね、あなたにはちゃんと話しておかなくては……なりませんね」


 聖堂の横にある小さな部屋に案内され、司祭様はわたくしにエイシェルス家門の『事件』を聞かせてくださいました。

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