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司祭様はエイシェルスがどういう家門か……というところから話をしてくださいました。
神話で語られる『雪華の英傑』ヴェーデリアに仕える、熱い風を操る家門。
熱風と雪……なんて、正反対でなんの助けになるのかと思えますが、ヴェーデリアの【雪華魔法】は広範囲に影響を及ぼす魔法。
温かい風は、味方を守るために必要なのですって。
冷気に耐えられる敵にも、熱風の魔法を使う従者がいれば倒すことができましょう。
ただ、もうこの皇国では、そんな創世の頃のような闘いはありませんが。
今【雪華魔法】は熱くなりすぎた大地を冷ましたり、雪で不足する水を補って田畑や農園を潤すために使われているのだとか。
そしてエイシェルスの家系魔法【南風魔法】は……随分と前から使える者がいなくなってしまっていたらしいです。
女系の子孫のみに受け継がれる家系魔法でしたが、五代前に本家に全く女児が生まれなかったために絶えてしまったと思われておりました。
しかし、ヴェーデリアではエイシェルスを見捨てることなく、ずっと従者として引き立ててくださっていたのです。
「やっとふたりの娘が同時に家系魔法を顕現させました。それが今のエイシェルス家当主、アリューテ様とその妹であなたの母君、サリエーチェ様」
わたくしには、伯母様がいらっしゃる……ということだわ。
「アリューテ様、サリエーチェ様、どちらがご当主になってもおかしくはなかったのですが、サリエーチェ様がご辞退なされたのです」
「どうしてですか?」
「その時、サリエーチェ様には愛しく思われている方がいらしたのですが、その方はエイシェルスにお迎えすることができない方だったのです」
女系家門の当主は他家へ嫁ぐのではなく、夫を迎えることになる。
だが、相手が男系で家系魔法を継いでいる嫡子候補だった場合は、お迎えすることはできない。
「お相手は、男系家門の嫡子でいらっしゃったのですか?」
司祭様は首を横に振る。
それならば、別に……というか、寧ろお迎えした方がエイシェルスとしても願ったり叶ったりなのでは?
「嫡子ではありませんでしたが、お相手は男系家門の血統魔法を持っている……十八家門の方だったのです」
ああ……それでは無理ですわね。
大貴族である十八家門の方々は、血統を守ることこそが最も大切な使命のひとつ。
従家であっても血統を護っている者であれば、婚約も婚姻も問題ない。
でも、従者家門でそれができているのは今ではたった一家門だけ。
だから、他の従者家門の者との婚姻は、ほぼあり得ない。
十八家門の大貴族で血統魔法を継いでいる方と、その他の者との婚姻で子供ができたことは……ないから。
一度だけ、セラフィラント公と従者家系から嫁いだ方との間に子供ができたと言われてましたが、あとから全くセラフィラント公の血を引いていない別人との間の子だと解ってしまったとか。
その女性は子供ができなくて、婚約解消期限が来るのを恐れて……そんな過ちを犯したようです。
なんて、愚かなのでしょう。
でも、大貴族の方々はとても厳しく外部の異性との接触まで禁止していると聞きますが……どのようにしたのでしょうか?
きっと手引きした人などがいたのでしょうね。
その事件を受けて、最近新しくなった法律では金証の嫡子は、皇家や十八家門の血を引いていない者との婚約も婚姻も認められなくなりました。
もしも母上がこの国にいらした頃にその事件が発覚していたら、母上は絶対に無理な方だと諦められたでしょう。
そして、今でもエイシェルスの当主は決まっていなかったかもしれません。
わたくしは生まれていなかったでしょうし、今のご当主には……女児がいないから。
「母とその男性は、恋人同士だったのですか?」
「いいえ、これは……サリエーチェ様がこの国を出てしまわれてから解ったことなのですが、お相手の方は全く、サリエーチェ様のことを知らなかったのですよ」
ええ?
なんですの、それ……
「それって、母の片思いで……しかも、その男性に何も言っていなかった?」
「はい。ですが、その方の想い人であった女性に対して、随分と……嫌がらせをしていらしたみたいで」
あああああーっ!
もうっ、全然庇えませんわ、母上っ!
横恋慕の片思いの上に、なんという情けないことを!
「そ……その、男性は、想い人とは……どう……?」
まさか、母上のせいで別れたりとかは……
「それがですねぇ……なんというか、その男性も片思いで、嫌がらせされた女性には他に恋人がいらっしゃって……その後はよく解らないのですが……」
「つまり……母は勝手な思い込みで、好きになった方の恋人でも婚約者でもない全く関係のない女性に、嫌がらせ……を?」
「はい」
駄目だわ、想定の斜め上どころではないわ。
意味が解らないわっ!
「問題だったのは、嫌がらせをされた女性が十八家門の……血統魔法を持つ方だったのです。そのために、サリエーチェ様は領地から出るこちを禁じられ、南のケルレーリアの別邸に軟禁となってしまったのですが……」
「……逃げ出したのですね?」
「はい。護衛の兵士と一緒に。まさか他国にまでいらっしゃっていたとは思いませんでしたが」
絶対に、エイシェルス家からわたくし、嫌われているに決まってますわーーーー!
そんなとんでもないことをしでかしておいて、責任も取らずに出奔した者の娘だなんて『恥』なんて段階じゃありませんわよ!
がらくたどころか、汚物扱いですぅぅぅーーーー!
閉じ込められるのを嫌って、罰されるのを恐れて、更にどうにもできない袋小路に追い詰められ、あのような国で命を終えて……なんて馬鹿なのかしら。
わたくしを生んでくれた母ですが、全然感謝してませんしね。
ついこの間まで、生まれてきたことすらちょっと恨んでおりましたし!
そもそも、わたくし、あの方に育ててもらっておりませんしっ!
きっと、その時の護衛の兵士が、わたくしの父親……でしょうね。
ああ、もう、溜息も出ませんわ。
呆れかえってしまって。
少しは反省……なさっていたのかしら。
だから、祈っていたのかしら?
……多分、違うわね。
「その、母が慕っていた方の加護神は?」
「聖神二位です」
「では、母が嫌がらせをしてしまった女性は、賢神一位ですか?」
「……ええ、そうです……心当たりが?」
「母が毎日祈っていた神々が、その二柱でしたので」
「そうでしたか。きっとご自身のなさったことを後悔して、おふたりの幸福を加護神に祈っていたのですね」
皇国の方々は、どうしてこうもお優しいのでしょうね。
きっと、直接母を知らないからですね。
おふたりのためではなく、自分が許されたくてひたすら詫びていたのですよ。
きっと、自分があの野蛮な国に囚われてしまった不幸を嘆いて、自分が救われたくて。
娘を、顧みることもなく。
「その女性はもう少し金色が強い色でしたがあなたと似た、美しい金赤の髪でした。きっと、サリエーチェ様もあなたの微笑みに救われたでしょうね」
残念ながら、母上はひたすらわたくしを避けておいででしたわ。
わたくしも微笑んだことなどないし、微笑まれたこともありませんでしたよ……とは、言えませんでした。
わたくしの髪色が大嫌いだったのは、勝手な思い込みで傷つけた方と似ていたからなんですね。
おそらく、自分を不幸にしたのはその女性だと……母上はずっと思い込んでいたのかもしれないわ。
恨まれているから、その人の神に『もう許してください』と願っていただけだわ。
……困ったわ……どんどん、あの人のことが大嫌いになっていく。
もう、死んでしまった人なのに。
わたくしって、結構、嫌な性格をしているのだわ……
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