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 サクセリエル教会で過ごした五日間は、ディルムトリエンでの日々に決着をつけてくれました。

 母のことも父のことも、わたくしはもうすっかり、どうでもよくなっていたのです。

 そして、伯母様と従兄弟達にも、全く会う気はなくなっておりました。


 もしも、まだエイシェルスがヴェーデリアの従家であったのだとしたら、家系魔法の出てしまっているわたくしは他領では騎士位予備試験を受けることができない。

 でも、カタエレリエラでは……きっと罪人の娘わたくしは望まれてはいないでしょう。


 だから、他の仕事ができるような職業をいただけたらいいのに、と思うようになりました。

 オルツで教わった裁縫や刺繍が活かせる仕事だったら、素敵だわ。

 それとも、カカオ農園とか、加工工房で働かせてもらえないかしら。

 ……衛兵隊の制服、着たかったですけれど……


 夜月よのつき二十一日。

 本日はわたくしの二十五歳の誕生日。

『成人の儀』です。


 この儀式は生まれたその日でなくても、二十五歳になったその年であればいつでも受けられるのだそうです。

 だから毎日、ぱらぱらと大勢の方々がいらっしゃいます。


 オルツの教会は町の中心部ではなかったし、既に成人済の方々ばかりが働いている港に近かったため、そんなに沢山はいらしていませんでした。

 でも、この教会は領地の最も中心部にある教会ですから、儀式の行われる午前中は結構混み合います。


 儀式用に小さく区切られた小部屋がいくつかあり、そこで神官達が『加護の祈り』を捧げると身分証の記載が変化していきます。

 相応しい職業や新たな魔法や技能を授かったり、その段位などが示されて今まで自分が研鑽を積んできたか、これからどうすべきかが示されるのです。

 わたくしは……一番最後にしていただくことにしました。


 朝から楽しみに並んでお待ちだった方々より、教会に寝泊まりしていたというだけで先にしてもらうのが何だか申し訳なく感じてしまって。

 望んでいた職業や魔法を手にできた方も、できなかった方も、身分証を見て一喜一憂しています。


 もう少しで昼食の時間という頃合いで、まだわたくしの番ではないというのに司祭様に呼ばれました。

 ……しかも、小部屋ではなく聖堂へ。

 あ、順番がまだだから、何かお手伝いでしょうか?


「あなたの成人の儀を執り行います」

 あら?

「あなたには既に家系魔法が顕現しておりますから、こちらで受けていただくのですよ」


 そうでしたか。

 そういえば、従者家系と思われる方々は皆さん聖堂に意気揚々と入って……お帰りの時はもの凄く落ち込んで……いらっしゃいましたね。


 どうやら本日、家系魔法を顕現させて『銅証』になった成人はいないみたいです。

 授かった職業が『魔法師』の方もいなかったのでしょうか?

 魔法師であれば、銅証のはずですから。



 魔力を注いで大きくした身分証を、用意された石板の上に伏せて置きます。

 両手でその身分証に触れ、目を閉じる。

 司祭様の祈りの声だけが響き、指先がほんのりと温かくなり目をそっと開くと……さっきまで鉄色だった身分証が銅に変わっていました。


「表にして、ご自身だけで確認してください。声を出して読んではいけません。解らないことだけ、聞いてください」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 名前 ヒメリア/弓術師

 家名 エイシェルス 

 年齢 25 女

 在籍 サクセリエル

 階位 従家三位

 父   

 母 エイシェルス・サリエーチェ/故

 身元保証 ゲイデルエス・エセリア

 魔力 1806


 回復魔法・第二位 耐性魔法・第二位

 収納魔法・第三位 旋風魔法・第三位

 南風魔法・第四位

 炎熱魔法/青・第五位 


 【適性技能】 

 〈第三位〉

 精神鑑定

 〈第四位〉

 弓術技能 縫製技能 体術技能

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ……解らないことだらけだわ。

 父親の欄が空欄……というのは、役所に届け出た正式な夫婦ではないから、よね。

 女系の家系魔法があるから、母親の名前だけ出ているのね。


「あの……身元保証人の……この方って?」

「私ですよ」

 ええええっ? なぜ、五日前にお会いしたばかりなのに?


「うふふ、オルツのラニロアーナから頼まれましたからね」

「ラニロアーナ……司祭様から?」

 あ、あの書簡!


「彼女は私の大切な人なの。ラニーがあなたを認めたのですもの、私ができることをしただけよ」

 ゲイデルエスというのは十八家門、ルシェルス領次官・扶翼の男系家門。

 貴族の方に身元保証していただけるなんて!


「それに、エイシェルスのご当主からも頼まれましたから」

「……何故、ですか? わたくしのことは……もうご存知なのですか?」

「ええ、あなたがオルツにいた頃から。オルツ港の港湾長からわたくしに連絡がありましたの」


 まぁ!

 リリエーナ様から?

 わたくしに家系魔法があるということで、在籍地の教会に連絡を取ってくださったようでした。


 そして、ゲイデルエス司祭は優しい声で、でも少し言い辛そうに仰有いました。

「そして、もし、嫌でないなら訪ねて来て欲しいと、仰有っていたわ」


 訪ねて……?

 どうして、この教会にはいらっしゃらないの?

 わたくしの意思を、尊重してくださるということなのかしら?


「エイシェルスのご当主、アリューテ様は右足がご不自由なの」

「歩けないのですか?」

【回復魔法】でも治せないほどなの?

「杖があれば、少しは。でも何人もの介添えが必要だから、滅多に外には出られないのよ」


 そうだったのですね。

 待っていて……くださったのかしら。

 わたくしの気持ちが落ち着き、真実を知るまで。


「行っても行かなくても構わないと思うわ。あなたのしたいようになさいな」


 そう仰有って、司祭様はわたくしにエイシェルス家の住所が書かれた羊皮紙をくださった。

 たとえお会いして嫌われても……その方は、母上のお姉様ですものね。

 母上の最期を、お話しすべきかしら……あんな、残酷な国での……最期を。


 話したくないわ。

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