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 それから、魔力のこと、魔法のことなどをいくつか質問しました。

 魔力は、魔法師でない臣民であれば、成人の時は千五百から二千くらい。

 そこから、働いているうちに少しは増えるようです。

 わたくしは平均値ですね。


 皇系、貴系傍流の方では三千くらいで、皇家や大貴族の方々や聖魔法師ですと四千を大きく越えるのだとか。

 ……セラフィエムス卿は……とんでもない数値でしたけれど、あの方は神術をお持ちだからで、参考にはならないそう。


 魔法が六種類も出ているのは多い方だと、司祭様はお喜びくださいました。

 わたくしは火の魔法である赤系と、風の魔法である青系が出ているので割と珍しいようです。

 そして加護神は『聖神三位』のまま……あら?

 主家と同じ、聖神二位になるのではないのですね?


 司祭様に尋ねたら、加護神は生まれた時から変わらないのですって……

 そういえば、魔導史書で読んだような……もう一度読み返さなくてはいけませんね。

 どうやら従家は、主家と違う神の加護を持つ者が多いようです。

 元々主家と正反対の魔法を持つ家門なのですから、当然でしたね。


 そして最後に、持っている魔法は余程信頼していない限り、家族にも絶対に知られない方がいいですよ……と忠告されました。

 もしや、エイシェルス家は……曲者がいるのでしょうか。

 心してかからないといけませんわね。

 皇国に来てからお優しい方々ばかりで、気が緩んでいましたもの。



 エイシェルス家の前にやって参りました。

 思っていたよりも大きい家です。

 ちょっと尻込みしてしまいますが、教会に比べれば小さいですねっ!

 平気、平気っ!


 昼食はちゃんと食べたし、ゲイデルエス司祭にいただいた家系魔法証明も持っています。

 これはわたくしが間違いなく家門の家系魔法を継いでいることを証明するもので、これがあれば身分証を開示する必要がないのです。

 銅証だけですと、家系魔法があるのか魔法師なのか解りませんものね。


 呼び鈴を鳴らし、門が開けられるのを待ちます。

 ほんの僅かのこの時間に、三回も深呼吸をしてしまいました。

 やっぱり、緊張しているみたいです。

 出て来た使用人の方に名前を伝えると、すぐに取り次いでいただけるみたいです。

 もう、わたくしのことは皆さんご存知なのかしら。


 前庭を歩きながら、伯母様達にお会いしたらなんと言われるのだろうと考えていた。

 冷たくされるかもしれない。

 二度と帰って来ないでくれと言われるかもしれない。

 大丈夫よ、全部想定済だわ。


 広間に入り、客間と思われる部屋へと案内された。

 ……そうよね、家族ではないもの。


 扉が開き、さあ、初対面です!


 突然、抱きつかれました。

「よく、よく、生きててくれたわ……!」


 ええっと……この太……じゃない、ふくよかな方がアリューテ伯母様?

 どうしましょう。

 これ、想定外でしたわ。

 こんな風にいきなり抱きつかれるなんて、初対面であり得ないことでしょう?


「お母様、ヒメリアが困っています」

「そうですよ、母様。落ち着いてください」


 このおふたりは、伯母様の息子達。

 わたくしの従兄弟……ですね。

 もうひとり、冷静にこちらを見つめていらっしゃる方もそうでしょうか。

 あ、苦しい……息ができなく……


「あ、ああ、御免なさいね、つい感極まって……」


 よかったわ……あと少し遅ければ気を失っていたかもしれませんわ。

 ふくよかな身体というのは、それだけで凶器ですのね……!

 いえ……胸、かしら。

 伯母様は杖をつきつつ、椅子へと腰掛けて、ふうっ、と息を漏らします。


「来てくれて、嬉しいわ」

 微笑む伯母様に、嘘偽りは感じません。

 そういう態度や言葉に、敏感になってしまっている自分が……ちょっと悲しいですがあの後宮では必要な技能でした。


 ですが……特に椅子も勧められず、わたくしは立ったままです。

 伯母様の態度ほど歓迎されているようには……思えません。

 そして伯母様の足がお悪いというのは、絶対にこの体型のせいですよね。

 これでは【回復魔法】をかけたところで、根本的な解決にはなりませんもの。


「いいえ、わたくしはお会いくださると思っていませんでしたから、司祭様からうかがって驚きました」

「へぇ、蛮国から戻った割には、訛りのない皇国語で喋るじゃないか」


 ぴりっと、皆様に緊張が走りました。

 小馬鹿にしたように下卑た笑みを浮かべるのは、先程ただこちらを見つめていただけのひとり。


「なんということを仰有るのです、兄上っ」

「そうだぞ、デュエロア! 失礼じゃないか!」

「兄上もサデュールも情けない! こんな小娘にすり寄って!」


 わたくしに対して反感があるのは理解できますが……どうにも幼稚ですわ。


「お止めなさい、あなた達!」

「母上がずっと守ってきたこの家を、いきなり戻ったこんな奴に渡すのですかっ!」

「ヒメリアはそんな酷いことはしないはずだ! 落ち着け、デュエロア」


 ははぁ……彼等はわたくしという家系魔法を持つ『正統な後継者』が現れてしまって、自分達がこの家から追い出されるのではないかと焦っているのですね。

 一番上と一番下は媚びることを選び、真ん中の息子は矜持が邪魔をして反発している……と。

 そしてこの息子達を諫めるような振りをしつつ、積極的に止めようとしない伯母様も……何か隠していらっしゃるわね。


 それにしたってお粗末ですわ。

 こんな風に反意があると敵に悟られては、攻撃方法が限られてしまいます。

 もっと狡猾に、自分が犯人だと気取られないように計画して、精神的に追い詰めていくものではないのですか?


 それとも、実はこの茶番劇は某かの偽装で、本当の目的が別にあるのかしら?

 このやりとりが本心だとしたら、馬鹿すぎるもの。

 そうよ、わたくしを油断させるためかもしれないから、もう少し観察致しましょう。


 暫く見ていましたが……感情的にぎゃあぎゃあと言い合う兄弟達と、ただおろおろとするばかりの伯母様の姿にどうにも計略があるとは思えません。

 うーん……この方々、苛めるということに慣れていらっしゃらないだけなのかしら?

 今まではちょっと高圧的なことを言うだけで、泣き出すような相手しかいなかったとか?

 そうね、きっと経験値が低いのですね。


 ディルムトリエンの後宮にいた侍女達の陰湿さに比べたら、まるで小鳥の囀りのようですもの。

 おまえなど陛下の子供ではない、と言われ、ありとあらゆる嫌がらせをされたわねぇ……あら、今にして思えば、あの侍女達はわたくしがあの下らない男の子供ではないと見破っていた……ということよね。

 まあぁ、実は人を見る目があったのかしら、あの侍女達。


 あらあら、こちらは引くに引けなくなっているのかしら、まだ言い合っているわ。

 いっそ、喉が潰れるまで言わせておこうかしら。

 でも……なんだか使用人達が困っているみたいだから、ここらで終わらせましょうか。

 ずっと立っているのも、疲れてきましたし。


「そろそろ、お止めになったら? みっともない」


 おっと、煽るようなことを言ってしまいました。

 次男の顔が真っ赤だわ。

 怒っていると他人に悟らせるなんて、未熟ね。

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