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 いろいろと想定していたというのに、それを悉く外してくださるほどのヘッポコ家族。

 この方達、この国の法律をちゃんと理解していないに違いないわ。

 理解どころか、読んですらいないのかも。

 従家の家門にあるまじき怠慢だわ。


「わたくし、この家を継ぐ気なんてありませんよ?」


 ……全員、感情が表に出過ぎよ。

 面白い顔をしているから、驚いている……のだとは思うけど、そもそも驚くことではないわ。


「この家は主である伯母様のものではあっても、何ひとつあなた達兄弟のものではないのよ?」

「な、何を言って……」

「女系の従者家門の財産を継ぐ権利は、その当主の実子である娘だけ。息子は本来ならば成人したら全員この家を出て、ちゃんと働いて身を立てるべきなのよ。わたくしに媚びるのも反感を抱くのも、お門違いだわ」


 全員、黙っちゃったわ。

『寄生』していたという自覚はあったみたいね。


「それに、伯母様の実子でないわたくしがエイシェルス家門の次期当主になったとしても、この家と財産はわたくしには関係ないから全て主家……ヴェーデリア家に接収されるのよ。あなた達は何も継げない」

「え……そうなの、か?」

「ええ。新しい法律書、ちゃんとお読みになった方が宜しくてよ?」


 ふたりの家系魔法保持者が出た場合、本家を継ぐ者と分家を作るものに分かれる。

 従者であれば、分家を作る当主に主家から『祝い金』などという名目で援助がある。

 そして、本家を継げるのは本家の実子のみ、逆に分家を継げるのも分家の実子のみ。

 そのことをわたくしが話すと、次男だけでなく、長男も三男も……あら、伯母様まで真っ青。


「私が、息子達に財産を残すと言えば……」

「いいえ、伯母様。女系家門で遺言できるのは『娘』と『家系魔法を持つ息子』のことだけなのです。それ以外の息子達は『エイシェルス』ではないのですから」


 女系だからと言って、全ての家系魔法が娘にのみ現れるというわけではない。

 複数の家系魔法を持つ家門であれば、男女両方に出る魔法というのもある。

 実際、男系のゲイデルエス家門の娘である司祭様にも、ゲイデルエスの血統魔法のひとつがある。


 十八家門の『絶対遵守魔法』のように、従家にも必ず同性にしか継げない家系魔法が存在し、それを継いだ者が嫡子・当主となる。

 大貴族達とは違って当主に聖魔法がなくてもいいから、多くの家系魔法を持っている家門ではいくつも分家があったりするのよね。


 十八家門で血統魔法を持っていても聖魔法を持たない方だと、分家を作らず他家の嫡子と婚約することが多いらしいと聞いたことがありますわ。

 まぁ……従者でもないし、聖魔法がなければ貴族でもないのだから『新たな家門』と言っても普通に働いたりなさるわけですし。

 収入もできることも……わたくし達より圧倒的に多いとは、思いますが。


 残念ながら、エイシェルス家門の家系魔法は【南風魔法】のみ。

 そして、これは女性にしか現れない。

 この魔法が出なくても女性であれば家を継げるけれど、厳密には『当主』ではなく、当主となる者が現れるまでの管理者。

 しかし、家系魔法のない息子達はその管理者にすらなれない。


「もともと、ご自分達のものではないのですから、失うことを心配しなくてもよいのですよ」


 でも、おかしいわね。

 この辺りの決まり事は、昔からそうだったはずなのですけれど?

 取り締まりが、キチンとされていなかったのでしょうか?


 それに……どうして、伯母様が震えていらっしゃるの?

 不思議に思ったわたくしが伯母様の顔を覗き込むと、さっと目を逸らします。

「伯母様?」

「えっ、な、なんでもないわっ」

 わたくし、何も言ってませんけれど。


 まだわたくしを睨んでいる次男……えーと、名前、なんだったかしら?

 でー……とか、でゅー、とか。

 つかつかと歩み寄ってきて、更に下らないことを言い出しました。


「本当に、おまえなどに家系魔法が出ているのか?」

 そこから否定するとなると、本当に揚げ足取りの材料切れですのね。

 わたくしに家系魔法があろうとなかろうと、あなた達になんの関わりもないとどうして理解できないのかしら?

 ヘッポコくらいでは済まないわね、この方々。


「家系魔法証明が、教会から出されておりますわ」

 取り出した証明書をひったくられ、三兄弟はそれを読み……大笑いを始めました。

「なんだこれは! こんなものは偽物だ!」

「そ、そうともっ、魔法の名前が抜けているではないか!」

「証明書は教会印の入った本物です」


 魔法の名称は記載されないものなのですよ?

 まさか、それすらご存知ないの?

 わたくしの言葉を遮り、勝ち誇ったように三男が大声を上げます。

「うるさい、この大嘘つきめ!」


 ……なるほど、本心はわたくしのことなど、認めたくなかったのですね。

 解りやすく馬鹿ですね。

 媚びてどうにかしようと思ったのでしたら、最後まで貫いてわたくしの同情を買うくらいの演技をして見せてくださいませ!


「母上の証明書には【熱風魔法】の表記がある! おまえのものは偽物だ!」


 は?

 なんですか、熱風……?

 伯母様の顔色が更に悪くなりましたけど……まさか。


「伯母様、身分証の色を拝見しても?」

「な、なんですって?」

「家系魔法があるのでしたら、銅証なのでしょう? ほら、わたくしはそうですよ?」


 わたくしの身分証の色を目にした三兄弟が、動きを止める。

 伯母様はガタガタと震えながら……どんどん背中が丸まっていく。


「エイシェルスの家系魔法は、熱風……なんて名前じゃありませんわ」


 わたくしの言葉に三兄弟達は顔を歪め、絶望の表情を見せた。

 伯母様が椅子から滑り落ちるように、床に膝を付ける。

 わたくしがもう一度促すと、大声で叫んで謝罪を始めた。


 こんなに簡単に非を認めてしまうなんて……小心者は嘘をついてはいけませんわねぇ。

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