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 その日も、わたくしは教会に泊めていただくことに致しました。

 あの家が寛げる場所とは到底思えませんでしたから、司祭様に頼み込んで。

 でも……何故あの方々はわたくしに『会いたい』などと言って、招き入れたのでしょう?

 わたくしが訪ねなければ……最終的には流民になっていたでしょうが、もう少しはあの生活を楽しめていらっしゃったでしょうに。


「あなたを養女に迎えるつもりだ……と言っていらしたのよ」

 あまりにも意外な司祭様の言葉に、驚いてしまいました。

「今にして思えば、こっそりあなたを当主として役所に申請してしまえば、自分達の生活はあのまま続けられると……思われたのかもしれませんね」

「まぁ、なんて姑息なことを」


 一時しのぎとしても、愚策ですわ。

 わたくしが養女になんて、なるわけがありません。

 そもそも、成人した者を『養子』として迎えることはできませんのに。

 法を知らない方って、どうしてこうも浅はかなのかしら。


 でもうっかり、何かの間違いでそうなってしまったとしたら……わたくしの手であの家を閉じてしまったでしょうね。

 血が繋がっているとはいえ、見ず知らずに等しい方々と家族としてなど暮らせませんわ。

 それに『血を継ぐ』なんて、わたくしには呪いと変わりませんもの。



 二日ほど後、わたくしはゲイデルエス司祭に伴われて領主・ヴェーデリア家門の屋敷へと参りました。

 お庭は大変広いのですが、建物自体はさほど大きくはありません。

 あまり、大仰になさるのを好まれない方なのでしょうか?


 それでも館の中はとても趣味の良い調度が揃えられ、聖神二位の象徴である『蝋黃花』が美しくあしらわれています。

 ディルムトリエンにはなかった花ですから、いつか実物を見てみたいものです。


 案内してくださる侍従の方も、素敵な女性です。

 女系家門ですから、領主の館には侍従も庭師も御者でさえ女性しかいらっしゃいません。

 はぁ……可愛らしい制服ですねぇ……


 髪に飾る手絡てがらのような、細長い絹に錦糸で刺繍が施されたものを襟に飾り付けています。

 可愛らしく結んであり、抑え飾りの貴石も素敵。

 その服の派手さのない形と藍色に映えて、もの凄く上品です。

 この国の女性達の服は、本当にわたくしの好みにぴったりです!


 ご領主様の待つ部屋へと通され、恭しく礼を取ります……が、わたくしのような銅証の小娘が立礼でよいのでしょうかっ?

 跪くとか額ずくとか、必要ないのですかっ?

 内心でドキドキと焦りつつも、どうやら跪礼きれいの必要はなく立礼のみで大丈夫だったようです。


 ご領主のヴェーデリア・ニレーリア様は凛々しい……というか、勇壮な感じさえするお方です。

 やはり、今までお会いしたどなたよりも堂々と、そして力強く明るい微笑みを湛えていらっしゃいます。

 ……その、真っ赤に燃える髪色が、とてもとてもお美しい。


「よく戻ってきてくれましたね、ヒメリア」

「ご挨拶が遅くなりまして、申し訳ございませんでした」

「いいえ、おまえが生きて帰って、本当に嬉しいわ」


 見上げたお顔には、全く靄など見えませんでした。

 良かった。

 疎まれては、いないみたい。


「あの愚か者達のことは、ゲイデルエス司祭から全て聞きました」

「主家を欺く大罪です。どのような罰でも承ります」

「ん? おまえには、なんら関係のないことです。あれらは、おまえの『家族』ではない」


 ……魔法で繋がっていなければ……やはり、家族ではないのですね、この国では。

「そもそも、当主と謀っていたあの女は、おまえの母とは本当の姉妹ではなかったようですしね」

「え?」


 そ、そこから?

 ではどうして、家系魔法があるなんていう嘘が信じられてしまったの?


 司祭様が……伯母様と思っていたあの女から、二日をかけて全て聞いたらしいです。

 身分証の再登録をした際に表記された親の名前の横に『養母』と書かれていたので確認したら……若くして亡くなった、分家の女性から生まれた子供だったようです。

 憐れに思った祖父母が養子として引き取り、その後わたくしのお母様が生まれたとか。

 分家筋の女性の子供であったから、家系魔法が出たとしても不思議ではなかったということなのですね。


 でも、いくら養子であっても、分家の者で母親が違うのであれば本家の当主にはなれません。

『実子』でなければ、継ぐことはできないはずなのですが……母上が出奔したために、当主に据えざるを得なかったのでしょう。

 祖父母も、自分たちの面倒をみさせる『後継者』を手放せなかったのです。


「当時から法はあったが、従家のように血統を維持していない家門についてはそこまで厳格ではなかったからね。まぁ……これに関しては、我々貴族の責ではあるのだけれど」


 カタエレリエラ公が溜息を吐かれ、忌々しげな口調で教えてくださいました。

 かつての馬鹿な貴族の家門が従者を多く欲しがったが故に『優遇』などを始めてしまい、その従者の数で『格』などと言い出したようでございました。


 その優遇の中に、主家の責任においての継承の簡略化や『下位貴族』と名乗ることを認める、などがあったようです。

 元々『名誉階位』でしかない『従者』ですから、さほど臣民にも政治などにも影響はなかろう……と、当時の貴族達はお気楽に考えていた方々が多かったとか。

 この優遇に真っ向から反対したのは、リヴェラリム、セラフィエムス、カルティオラ、リンディエンだけだったと言います。


「だが、今回の法整備で、相続や継承が臣民に対してももの凄く厳しくなったのよ」

「……それで、伯母……じゃない、あの方は、ご自身が管理者にすらなれない者だったと、発覚することを恐れていらしたのですか……」


 あああー、どうしましょうー。

 一切、かばい立てできない状況になってしまいましたわー。

 あの方の自業自得とはいえ、結局は横恋慕で罪を犯してそれを償うことなく逐電した母上も悪いのですから、少しは減刑をお願いしようかと思っていましたのにー。

 もう、全然無理じゃないですかぁ。


「このような信じられない継承が見過ごされていたのは、主家である我々の怠慢だ。だが、幸か不幸か……あれらが無能だったお陰で、我が家門にも臣民達にもほぼ被害がない。強いて言えば、おまえが一番の被害者であろう。あれらに、どのような罰を望みますか?」


「え……? わたくしが裁定するのですか?」

「いや、おまえの気持ちを聞いてから、私が決める」

「左様で……ございますか。では、厚かましくお願いしても宜しいでしょうか」

「ええ。どうして欲しい?」


「彼等に『労働』をさせてくださいませ」


 あらら。

 カタエレリエラ公も、司祭様も『なんで?』ってお顔で固まっていらっしゃるわ。


「牢に閉じ込めたって税金を使うだけで無駄ですし、獄に入れたとしても毎日泣いて喚いて煩いだけでしょう。ならば、領地のために働かせてこそ、償いになろうかと思いまして」

「その身を自由にしてやれ、と?」


「まさか! それでは罪人への罰になりませんし、善良な方々への示しもつきませんわ。足枷なりなんなり付けて、逃げ出せないようにしてくださいませ。寝泊まりは勿論牢ですが、彼等の衣食には彼等が稼いだ金だけを使うのです。まぁ……最初の数日間は国からの借金となり、それの返済が済んでからとなりますが。そして働く賃金は、罪人ですから当然他の臣民達よりも安くていいと思います。あの怠け者達に『働く』ということを、たたき込んで欲しいのです」


 彼等があの家や他人の財産に拘るのは、自分たちが働くことや仕事というものがどういうものなのか知らないからだと思うのです。

 だから、自分の手で日々の糧が得られることを知れば、執着もなくなるでしょうし自分たちの身分をちゃんと理解するでしょう。


「……そなた、ディルムトリエンの王宮にいたと聞いていたが……働いたことなどあるのか?」

「賃金の発生する職を得たことは、ございません。それはあの国の女性全員が、そうですから。でも、わたくしにはまともな食事が用意されたことも殆どありませんでしたし、服も寝床も自分でどうにかするしかないことが非常に多かったので、洗濯とか裁縫とか『下働き』のようなことでしたら経験がございます」

「あなたは、第六王女ではなかったのですか?」


 驚きだけでなく少し怒りさえ見える司祭様の言葉を受けて、わたくしは今までの経緯を全てお話し致しました。

 あの国で、あの王宮でこの身が無事だったことこそ奇蹟、神々の恩寵だということを。


 一段高い所に腰掛けていらっしゃったカタエレリエラ公が、あらかた話し終わったわたくしの目の前に降りていらっしゃいました。

 そして、とても……哀しそうな顔をなさって、そっ、とわたくしを抱きしめてくださいました。


「そんな、そんな目にあって、そんな想いで暮らしていて……本当に、本当によく、帰って来たね……」

 優しい、声。

 同情でも、憐憫であっても、今こうして抱きしめてくださっているのは……とても嬉しいです。

 温かい、柔らかい空気がわたくしの周りを包んで、心に刺さった棘がまるで春の氷のごとく溶けていくようです。


「おかえり、ヒメリア」

「……はい……」

 目の前の景色がゆらゆらとたゆとうて見えるのは、きっと涙が溢れているからですね。

 嬉し涙というのは……なんだか気恥ずかしいものです。

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