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 もたらされた情報を頭の中で整理しながら、わたくしは教会へと向かいました。

 いくら従家の家系魔法を持つ身だとしても、いきなりご領主様に会えるわけではありません。

 どなたかの仲立ちが必要で、今のわたくしがお願いできるとしたらゲイデルエス司祭だけなのです。


 教会に入ると……聖堂にはまだ、伯母様達がいました。

 長々と言い訳をなさっているみたいですねぇ。


「失礼致します。宜しいでしょうか、司祭様」

「まぁ! ヒメリア! ええ、今、あなたを迎えに行こうと思っていました」

 あら、何かあったのでしょうか?


「話は聞きました。あなたの母君……サリエーチェ様の冤罪のことも!」

 ……は?

 冤罪、とは?


 どうやら伯母様は……というか、三兄弟も『当主を偽らざるを得ない状況だった』というようなことを言い出したみたいです。


 曰く、伯母様は十八家門の姫君に嫌がらせをしたのは別人であったのを知っていたが、いつのまにかわたくしの母が罪を着せられてしまい、それを証明する前に当主から下ろされることが決まってしまった。

 そして、姉の方を当主にすると発表してしまった。


 両親に自分が吐いた嘘を詫びたが、隠し通せと言われて、仕方なく当主の振りをせざるを得なかった。

 冤罪が晴れればまた妹にその座を譲るつもりだったのだが、屈辱に耐えかねた妹が国を飛び出してしまい、それも叶わなくなったまま……現在に至った。

 そこにわたくしが生きていたことがわかり、やっと家門を任せられる……と、再申請に踏み切った……?


 ほほぅ……短い間に随分と、大仰な言い訳を考えたものですね。

 ヘッポコでも自分の身を守るためであれば、ここまで大胆に嘘が吐けるものなのですねぇ……ちょっと感心してしまいましたわ。


 わたくしは、伯母様の顔を正面から見据えます。

 じっ、と瞬きせずその瞳と眉間の辺りを見ていると……判るのです。

 嘘だと黒っぽい靄が浮かんでくるので。


 真っ黒ですね。

 モヤモヤの靄、ですねぇ。

 三兄弟なんて上半身が全部、靄の中です。

 きっとこれ『精神鑑定』という技能なのでしょうね。

 わたくしは溜息をつきつつ、司祭様に向きなおりました。


「司祭様は、お優し過ぎます。この方達の言ったことの殆どは、嘘でございます」

「え……?」

「聖堂で、神々の御前で嘘が吐ける希有な愚か者達ですわ。母が冤罪だったのであれば、あのように毎日自分のためだけに祈ったりしていなかったでしょうし、伯母様が責任ある方であったのならば、下らない体面より真実を明かし管理者として堂々としていらしたはず」

「それでは……」


 わたくしは先ほどわたくしが聞いたことをそのまま、司祭様にお伝えしました。

 そのことは屋敷にいた全ての使用人達も、聞いていたことですので証人は山ほどおります。

 司祭様ひとりを騙して、何をなさりたかったのでしょう?


 あの家と財産が手にできない事実は、変わりないというのに。

 そして、罪が軽くなるということも絶対にないのに。

 もしかして……所謂『体面を保つカッコつけ』というものでしょうか?

 この期に及んで?


 ちらり、と横目で三兄弟を見ると次男が視線を逸らせ、長男は項垂れ、三男はわたくしに縋るような視線を向けてきます。

 伯母様は……泣いているだけです。


 司祭様は、伯母様達の言い分をどこか怪しいと思いつつも半分以上信じていたご様子です。

 わたくしの言ったことに、激しく動揺しておられましたから。

 きっと、信じたかったのでしょうね……神の前で嘘を吐く者などいないと。


 神の前だからこそ、やましいことのある者は嘘を吐くのです。

 自分が潔白であると、やむを得ぬ事情があったのだと、決して私利私欲のためではない……と。

 司祭様の表情が、怒りに満ちたものに変わっています。


「司祭様、この方々の再登録だけはしてあげてくださいませ」

「ヒメリア! この者達は、罪を犯したのですよ!」

「だから、ですわ。皇国の民でなければ、皇国の法で裁けませんでしょう? 正しく罪を認めていただくためにも、彼等には皇国の臣民であっていただかなくてはなりませんわ」


 今更オロオロとしだしても、遅うございますよ。

 ご自分達で嘘を重ねて罪を重くしてしまったのですから、償いも相応のものであるとご覚悟なさいませ。


 そして……全く、母上のことは、ご自分の妹のことは尋ねようともしないのですね。

 本当に、どうでもよかったのですね。

 ご自分達が無事であれば、出奔した家族がどうなろうと関心もなく、心配でもないのですね。

 きっと、探そうともしていなかったのかもしれませんね。


 母上、あなたの家族は、本当にあなたを愛していたのでしょうか?

 あなたは……家族を愛していなかったのでしょうか?

 ディルムトリエンの後宮を逃げ出せていたら……どこへ行くおつもりだったのでしょう。


 こんな自分達の保身しか考えていない人達に、母上の最期を話してもきっとなんの意味もないわ。

 おそらく、聞き流されて終わりでしょうから。

 もしかしたら、自分達を見捨てて逃げたのだから当然……などと言い出すかもしれない。

 ああ、わたくしの家門って、どうしてこんなに自分勝手なのかしらね。


 でも、わたくしもそうだから……そういう血筋なのかしら。

 あの不快な国の血が流れていなくて喜んだのに、きっとエイシェルスって皇国の中でもかなり愚か者の家系なのだと思うわ。


 いえ……性格が血に左右されるなんて、思いたくないわ。

 そうよ、全てそのせいにしてはいけないわね。

 血筋のせいにするなんて、言い訳なのだわ。

 そんなもの、全然関係ないって、ちゃんと自分自身に証明しなくちゃ!


 でないと……母上やこの方々だけでなく、自分のことが大嫌いになりそうだもの。

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