05
「あ、あ、あっ、大丈夫だよ、ちゃんと俺達が証言してあげるから!」
「ああ! 俺のせいだからな。港湾事務所で再発行してもらおう! な?」
「再、発行?」
「不慮の事故なんだから、ちゃんとした証言がありゃ大丈夫だよ。ほら、行こう」
立ち上がらせてもらったわたくしの手を引いて、ひげ面の方と船員と思われる方に付き添われて歩き出す。
ちょっと、よろけてしまうのはまだ少し落下の衝撃が残っていてクラクラしているからだわ。
だから手を引いてくださっているのね。
なんて、親切な方々なのかしら。
……もしかして、男に見えるけれど女なの?
いいえ、男だわ。
この腕の太さとか、ひげ面とか、絶対に女の方じゃないわよ。
イスグロリエストの男の人って……みんなこうなの?
不思議だわ……手を握られていても、ちっとも嫌じゃないし、怖くないわ……
やだわ、なんで涙が止まらないのかしら。
港湾事務所にやってくると、船員さんが受付の方に事情を説明してくれてわたくし達は奥へと入った。
「ちょっと待っててくださいね。今、港湾長が来ますから」
「おお、頼むよ。でもその前にこのお嬢さん海に落ちちまっているから、着替えさせてあげて欲しいんだよ」
「あら、大変!」
わたくしがオロオロとしている間に、受付の女性の方が着替えを用意してくださり別室へ。
「まぁ、髪に塩が付いてしまっているわね。ちょっとこちらに来てくださいな」
そう言われると、流し台のような場所があって髪を全て解いたら髪飾りをこちらへ……と言われ箱の中へ入れた。
そして、水で流したあとに……魔法であっという間に乾かして、浄化までしてくださった。
「す、凄いわ……【浄化魔法】なんて、初めて見ました!」
髪飾りまで、全部洗ってくださった。
あんなにくすんで、黒ずんでいた石が青い美しい石になってしまうほど綺麗に。
元々はこんな色だったのね。
「そう? この魔法は方陣札が売っているから、何かの時のために持っていた方が便利よ」
まぁ!
方陣札って、この国では誰でも買っていいの?
ディルムトリエンでは貴族で、しかも魔法師じゃないと持っていてはいけなかったのに!
髪も服も綺麗にしていただいたのに、なぜか……着替えを勧められた。
「……あなたのその服はディルムトリエンのものよね? この国では、胸元が見えたり、膝が見えるものはとても『下品』なの。着替えた方がいいわ」
そう……なの?
ディルムトリエンでは女の服は透けていて、なるべく肌を見せるものの方が『美しい』って言われていたわ。
わたくしは大嫌いで、反抗して絶対に透けないものを着ていたのだけれど。
……朝になるとなぜかよく破かれていて、針仕事が結構上手くなったのよね。
「胸の谷間が見えちゃうと、男性達が目のやり場に困っちゃうでしょう?」
そう言って笑う、受付の方。
わたくしがディルムトリエンの服を嫌いだった理由が、解ったわ。
あの服は『男に所有されている証明』のための服だったのだわ。
男が、自分達の好みの服を着せていただけ。
そして、女達は何をされても逆らいません……と、従属を了承しているという証として着せられていたのだわ。
それと、身分証を身につけていないことを証明するために違いないわ。
胸まで見えていれば、隠すこともできないもの。
そういう服を着ないと、食事さえ与えてもらえないから、女達は好きじゃなくても着ていたのだわ。
中には、好きで着ていた方々も……いたとは思うけど。
わたくしはそれを着なかったから、余計に嫌われたのね。
だから襟の高い透けない服を着いて、それでも王にも見捨てられず侍女達にも侮られていない母上が……羨ましかったのだわ。
襟が少し高めの服に着替え、肘も、膝も隠れることにもの凄く安心感を持った。
ずっと、男だけでなく、女にさえも胸や足、身体を見られるのは……嫌だった。
嬉しい……もう、こういう服を着ていていいんだわ。
身体を、出さなくって、いいんだわ。
「うん、よく似合うわね。その服はあげるから、気にしなくていいわよ」
「え、でも……」
「いいのよ。お古だし。さぁ、髪を結いましょう」
「あの……少し、切ってもらってもいいですか? 髪……」
そう言ったらその女性は少し驚いた顔をしたけど、そうね、長すぎるものね、と笑顔で私の腰まである髪を背中の中程より少し上まで切ってくれた。
本当はもう少し短くてもいいんだけど……今はまだいいわ。
「綺麗な髪ね。今度きちんと整髪師に整えてもらった方がいいわよ」
「……変な色の髪じゃ、ないですか?」
「まぁ! 何を言っているの! 金赤の髪は聖神二位・ミヒカミーレ様の髪色よ。素敵だわ!」
聖神二位……いつも母上が祈りを捧げていた神だわ。
その他によく聞いたのが、賢神一位だった。
神様と同じ色なのに、母上はわたくしの髪色が嫌いだったわ……それほど、わたくしのことがお嫌いだったのね……
髪が結い上がり、落ち着いた格好に着替えたわたくしを見たひげ面の方と船員さんは、明らかにほっとした表情を浮かべた。
あの格好……この国の男性達を、困らせてしまうようなものだったのだわ。
気をつけなくっちゃ。
やっぱり、ディルムトリエンとは随分、常識や考え方が違うのね。
それに、わたくしが身分証を落としてしまったのも、絶対にあのやたら襟ぐりが開いていた服のせいなのよ。
謝らなくっちゃ……この方々にご迷惑をかけてしまったわ。
そう思っていたのに、彼等はすぐにもう大丈夫だからよ、と言って笑顔で立ち去ってしまった。
その上、手続きは殆どやってもらっていたし、再発行の手数料まであの方々が払ってくださって!
どうしましょう……わたくしったら、謝罪もできていないしちゃんとお礼も言えていないわ。
もうおふたりの姿は見えない。
お名前も……聞いていないわ……
ありがとうございます、と立ち去った方へ向かって呟き、頭を下げる。
今度お会いできたら、その時は必ずお礼を言おう。
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