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魔法の訓練は続いておりますが、わたくしは……退屈です。
指導って『できない子』により多く、手厚くされるものなのですねー。
メラニエーラの魔法があまりにも弱いせいか、つきっきりになってしまわれてロッテルリナ様が全く構ってくださいません。
わたくしもお美しいロッテルリナ様に、手取り足取りご指導されたいですぅ!
【旋風魔法】で周りの風を操りながら、足元のお掃除まで完了してしまうくらい暇ですー。
「ロッテルリナ様」
わたくしの呼びかけに、やっと振り向いてくださったロッテルリナ様はとても申し訳なさそうになさいます。
「御免なさいね、ヒメリアさん……あなたがあまりに優秀で、つい放って置いてしまったわ。でも、あなたにお教えする要項をもう一度きちんと考えてから、明日はしっかり時間を取りますね」
「解りました。ありがとうございます。では……ちょっとだけ、あちらの水魔法や土魔法の見学をしていてもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論よ」
ご了承をいただけましたので、わたくしはフェシリステ様にご挨拶して、見学をさせていただくことにしました。
ロッテルリナ様はまだ『指導』というものに慣れていらっしゃらないから、できない子をどうしていいのか考えているのですわね。
でしたら、フェシリステ様の方が教え方がお上手かも知れません。
こちらの皆さんの実力が解れば、だいたいどのくらいの方々が受験に挑まれるのかも予測できるかと思ったのです。
まずは……印象が薄くて名前が覚えられなかった、メラニエーラの取り巻きおふたりですね。
ひとりは水魔法、もうひとりは土ですか。
ベルディアさんは、土魔法なのですね。
水魔法や火魔法がそのものを魔法で作り出して発射するので、土魔法も礫とか岩とかが出てくるのかと思ったのですがちょっと違いました。
自分の近くにある土や岩に作用する魔法……のようです。
フェシリステ様曰く『水は大気の中にその成分があるから取り出せ、火は大気に燃えることを助ける働きがあるから燃やせるが、土は大気には含まれていないから大地から借りるのだ』ということでした。
なるほど……土魔法だけ性質が全く違うのですね。
あ、でも風魔法と似ていますね。
風魔法も『出す』のではなく『動かす』魔法ですもの。
初期魔法とも呼ばれる汎用魔法は【水性魔法】【灯火魔法】【風力魔法】【土動魔法】。
わたくしが読んだ三巻までの魔導史書には、汎用の上に『並位』『中位』『上位』とあり、その中で段位があるということが書かれていました。
わたくしの【炎熱魔法/青】は上位魔法ですが、段位がまだ第五位……
一番下です。
魔法の顕現は、血筋による血統魔法や家系魔法以外も殆どが神々の導きによるもので、自分で選ぶことはできません。
ゲイデルエス司祭は『その人に相応しい魔法が現れる』と仰有っていましたので、使いこなせる者に神々から託されるのだそうです。
わたくしも……ですが、今ここで魔法をお使いの皆様……拝見していると、とても使いこなせるようになるとは……思えないんですよねぇ。
あああ、ベルディアさんったら魔法が思ったように出ないからって、焦れても更に上手くいかなくなるだけですよ。
フェシリステ様の溜息が段々大きくなるのは、気のせいではなさそうです。
「フェシリステ様、質問してもよろしいでしょうか」
ベルディア様を見ていて、疑問に思ったのです。
「ええ、どうぞ、ヒメリアさん」
「土魔法の土塊は、態々空中に持ち上げてから放たないと評価されないのですか?」
炎や水、風のように大気を利用して発生させる魔法は、元々発動時には空中に存在します。
それと同じように土魔法でまず土塊を空に浮かし、それから相手に向けて放っていたのです。
これでは発動から攻撃までの時間が掛かりすぎますし、何より組み合わせる動作が多いので魔力消費が大きくなります。
「……面白い発想ですね、ヒメリアさん」
あら、わたくしの質問に答えてはくださらないのですね。
ではやってみるしかないですわね。
「わたくしは土魔法が使えないので、風で試してみてもよろしいですか?」
「ええ、是非やってみせてください」
風を使って転がっている石や土を、地面を高速で這うように移動させます。
こうして攻撃対象の足元を狙うやり方でも、虚を突けるだけでなく死角になる部分への素早い攻撃として有効のはず。
何より、相手の足場を乱すことになり動きを封じたり、遅らせたりすることもできる場合があります。
「風でもなんとかこの程度はできますが、地面自体を動かすことのできる土魔法であればもっと有効に使えると思うのですが」
「あなたは、実戦経験がおありなのかしら?」
「昔、部屋から抜け出して侍従から追いかけられた時には、足元への攻撃で……逃げ切っておりました」
魔法ではなくて【収納魔法】で大量に持っていた小石を、一度に足元に放り投げるとか虚をつく攻撃をしていたものです。
正確には、厨房へ食べ物を盗りに行った時の逃げる手段のひとつでした。
言えませんが。
「なるほど。足元への攻撃には、確かに土魔法のそのような攻撃は有効ですね」
あら……フェシリステ様がとても笑顔ですわ。
もしかして、本当は土魔法を使えるふたりに気付いて欲しかったのかしら?
「おふたり共、ヒメリアさんの意見を聞いてどう思われましたか? 魔法というのはただ漫然と使うのではなく、どうしたら効率よく発動・維持できるかを考えながら試行するものです。あなた達はひとつのやり方に拘りすぎて、上手くいかなかった時に焦ってしまっていたのです。さあ、ご自身の魔法にはどのようなやり方が相応しいか、考えつつ再度試してください」
……上手く、使われてしまいましたわ。
当事者より周りの者の方が、冷静に状況を判断できることがありますものね。
でもベルディアさんにはちょっと助けになれたようで、魔法で地面を隆起させて的を倒すことに成功していらっしゃいました。
久し振りに、とても晴れやかなお顔が見られましたわ。
「あの、ヒメリア、様」
あら、もうひとりの水魔法のお取り巻きの方……駄目です、どうしても名前が出て来ません。
呼ばない作戦でいくしかありませんね。
「はい、何か?」
「私は水魔法なのですが、その、やっぱり空中で放つのですけど……遠くまでは……」
どうやらお悩みがあるようですが、どうしてそれをフェシリステ様に質問なさらないのでしょう?
「考えてご覧なさい……と言われてしまって。でも、思いつかなくって」
思いつかないというのは、持っている知識や経験が少ないから……と、オルツ港湾長のリリエーナ様が仰有っていましたっけ。
ディルムトリエンの女性達がどうして劣悪な環境から抜け出せないかは、その方法とその場所を離れた時の生き方が想像できないからだ……と。
きっと、この方も攻撃なんてしたことがないから、思いつかないのだわ。
素晴らしく羨ましいことだわ。
人を攻撃したり、傷つけたりすることを……思いつかずに生きていられるなんて。
そうでした、虐めの経験値がもの凄く少ない方々でしたものね。
では、どうしてフェシリステ様はそういうことを踏まえて、知識として教えないのかしら?
『考えなさい』と言う割に情報も与えないのでは、意味がないと思うのですが。
「水は……炎より重いですから、わたくしだったら小さくして、速度を上げたものを沢山飛ばすかもしれませんわ」
致命傷にはなりにくいけれど、多くの水滴は視界を奪える。
そして、速度があれば水滴は皮膚を切り裂くこともできる。
わたくしの言葉の中に、某かの助けがあったのでしょう、ぱっ、と表情が明るくなられた彼女から、ありがとうございます、と言われました。
もしわたくしだったら、毒水をいつも持っていて敵の目に当てるように飛ばすとか、気付かれないように遠くから魔法で飲み物や食べ物に混入させる……なんて、思いついてしまうのですが。
あー……本当に、わたくしったら、なんて殺伐としているの。
でも実際にそんなことが日常だったのですもの……暫くは、仕方ないですよね。
もっと、平和的な考え方ができるようになりたいですー。
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