守護者

 セラフィラント領ロートレア近郊のセラフィラント公邸宅。

 領主であるセラフィエムス・ダルトエクセムは、この数ヶ月で何度となくオルツで起こっている『面倒事』の報告を受けていた。

 今日もまた、オルツからの使者である港湾事務所所員が報告をあげてきた。


「また、オルツに『身分証のない子供』が連れ込まれたのか?」

「ここのところ頻繁に、ディルムトリエンからの船に乗ってきております」

「……『隷主』は同行しているのか?」


 ダルトエクセムの表情に、不快感が滲む。

 皇国では隷主、特に子供を隷属させる者を、蛇蝎の如く嫌う。

『神に背く者』だからだ。

 神話でも、神典でも、そしてこの国の法でも、隷属者を所有することは罪と断じている。


 では何故なにゆえ、そんな魔法が存在するのか。【隷属魔法】などという、神の手から加護を持つ者を奪うような魔法が。

 そのことについて書かれている神典、神話はない。

 いや、まだ発見されていない『最後の一冊』にあるのかもしれない。


 苦々しい思いを噛み締めながら、ダルトエクセムが子供達を保護している港湾事務所所員に尋ね、返ってきた答えにまた不快感が募る。


「はい。ディルムトリエンの成人男性は全員、そのようです」

「何と穢らわしい……! 連れてこられている子供は、全て女性なのか?」

「たまに、酷く身体の弱った男児もおります。男児の殆どは十歳そこそこで……」


 ディルムトリエンという国では神々の定めた階位ではなく、人が勝手に『好み』で人を分けている。

 そのような神々を蔑ろにする『人として唾棄すべき国』との交易を細々とはいえ続けていたのは、その国が西の大国・ドムエスタ王国と同盟関係にあるせいだった。

 いや……ドムエスタの属国……という表現の方が正しいかもしれない。


 イスグロリエスト皇国に次ぐ国力を持つドムエスタの動向は、殆ど外部には漏れない。

 皇国と同じように『守り』を重視する国であるからか、ドムエスタの国民が外に出ることは滅多にないのだ。

 ドムエスタ王国は他国からの入国に非常に厳しく、同盟国以外の国籍の者はほぼ入国できない。

 皇国は……同盟国ではない。


 そして、ドムエスタには『海軍』がある。

 魔魚と呼ばれる海の魔獣に対抗するためではあるが、その強大な力は周辺国に大きな影響を持っている。

 ディルムトリエンは、そのドムエスタの情報が僅かばかりでも流れてくる唯一の国であった。

 皇国の海の護り手であるセラフィラントが警戒を強くし、その情報を得るために行動しているのは当然であった。


 皇国において他国との行き来が最も多いセラフィラント領主は、代々国防の長たる海軍総司令である。

 陸の護り手である西のウァラクとともに、皇国の守護者として皇王からの委託を受けその任にあたっている両領地では、他国へ潜入しての情報収集なども行ってきた。


 既に西側と続く陸の国境門は閉じられ、ウァラクから派遣されていた者達は全て引き上げたと連絡を受けても、セラフィラントでは『なぜディルムトリエンから売られてくる子供がいるのか』を調べ続けていた。


 初めの頃は貧しさ故かと考えていたが、そうではない。

 皇国の常識が全く通用せず、神典さえも理解していないと知るまでさほど時間はかからなかったが……ダルトエクセムは信じたくなかったのだ。

 神々の加護を失って尚、自らが正しいかのように命を弄ぶ者がいるなどということを。


 思いを巡らせながら、ダルトエクセムは報告書を読み終えた。

『全員が隷位以下』と記されている文字に、押さえきれぬほど胸がむかついて少し襟を弛める。


 シュリィイーレ衛兵隊に所属する息子からも、西の国々から地続きで入国することは不可能であると知らされている。

 ガウリエスタも瓦解しつつあるこの現状で、ウァラクが国境を開くことはないだろう。


 他国が皇国との繋がりを求めるのであれば、今後はヘストレスティア経由か海から来るしかなくなる。

 そのことを『西側諸国の海』を握るドムエスタが、どう思っているのか。

 もしかしたら同盟国を隠れ蓑にして、ドムエスタが何かを仕掛けようとしているのでは……とも考えたが、だとしても子供を売りに来るなどという意味の解らないことをするはずもない。


 しかも、同盟国ディルムトリエンは、ミューラとのくだらない小競り合いで国土の三割が魔獣の跋扈する本当の『遺棄地』となってしまった。

 セラフィラントからの諜報員達を引き上げさせていて良かった……と、安堵したのも記憶に新しい。

 これ以上危険を冒してまで、あの国と関わる必要はない。


 ミューラが沈んで後、ディルムトリエンからカシェナ王国へ子供達を売りに行った者がいないということは、皇国で唯一の金段一位の冒険者から情報がもたらされている。

 方陣で一瞬のうちに移動する彼からの報せは、世界で最も最新の情報であろう。


 セレステでは高速魔導船が数隻完成しており、港を有するカタエレリエラ、ルシェルス、リバレーラへも『守護船』として配備済みだ。

 各地の『海衛隊』とも、連携がとれる。

 魔魚達を寄せ付けないための護りだけではなく、他国からの攻撃にも万全の配備が整った。

 そして、今やセラフィラントには『大いなる神術』がある。


「ディルムトリエンからの船は、夜月よのつき十五日が最終であったな。セラフィラントの者達は全て引き上げて来ているな?」

「既にディルムトリエンには皇国国籍の者はいないかと。『探知の方陣』でも、反応がございません」

「うむ。ならば、ディルムトリエンから来る女性と子供達は、今まで通りオルツ港港湾長に任せるとしよう。最終船で乗ってきた隷主共を送り返す時はディルムトリエンの港に入らず、その近くで小舟にでも乗せて降ろせ。もう、あの国に立ち寄る意味も価値もない」

「はっ」


 皇国では、積極的に他国まで出向いて恵まれぬ者に手を差しのべる気はない。

 だが、ここまで辿り着いた者には、できる限りの救いを与えることは吝かではない。

 神々がこの皇国まで導いたのだから。


「ふむ……ルシェルス公と、リバレーラ公に打診してみるか……子供達の受け入れを頼めるかもしれん」


 セラフィラントよりは女性司祭の教会が多い両領地であれば、オルツで身分証を再発行した女性達の受け皿となれるだろう。

 そう考えたダルトエクセムは、すぐに侍従のひとりに書簡を届けさせた。



 その後、リバレーラとルシェルスでは、オルツで保護されたディルムトリエンからの子供達を快く受け入れた。

 多くの教会で健康を取り戻していったその子供達は、成人後にその領地を代表する特産品の担い手となっていくのであるが、それはまた別の話。

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