09

 馬車に揺られて、半日ほどするとセラフィラント領の最も南の町、カルラスに着きました。

 ここに越領門があって、そこを越えリバレーラ領に入るとすぐに馬車方陣があると聞いてわくわくしています。

 方陣門というものを知ってはいたけれど、実際に使っているところなんて見たことがありませんでしたもの!


 でもまずは、越領門でリバレーラ領・レブレックの町に入るための越領審査。

 誰でも必ず衛兵の審査を受けないと、他領には入れません。

 私の乗っていた乗合馬車はあまり大きくはなかったから、一度表に出てから審査をするのです。


「では、次はあなたですね。身分証をそのままこちらの上に乗せて」

 まぁ……女性の衛兵隊員だわ。

 そういえば、リバレーラは領主が女性だから、衛兵も司祭もセラフィラントよりずっと女性が多いと伺いました。


 濃い臙脂色の制服に、銀色のボタンが映えてなんて格好いいのかしら……!

 ……わたくしも、この国の国籍なのだからなれるかしら?

 衛兵隊に入れたら、弓や魔法も教えていただけるかも!


 検問が終わって乗合馬車にもう一度戻り、すぐ目の前の大きな門へと入っていきます。

 馬車二台が並んで通れるくらいの大きさで、隣の馬車を見ると馬達と車体に『魔石』がいくつか取り付けられております。

 きっとこの馬車にも、付いているのだわ。

 後ろから乗り降りするから、気がつかなかったけど。


 馬車が門を通る瞬間、魔石がキラキラと輝く。

 そして、門を越えたら……石が全く違う色に変わっていました。

 魔力がなくなったのだわ。

 方陣門をくぐった時に魔法が発動して、魔石に貯められていた魔力を使ったのね。


 と、いうことは……ここはもうレブレックではなくて、更に南のルシェルス領に近いアルフェーレの町なのだわ!

 越える時に、違和感も何もないのですね……

 魔法を使うのだからなんとなく体調に変化があったり、魔力の揺らぎがあるのかと思っていたのに全くありませんでした。凄いわ……!


 アルフェーレから、ルシェルスへの越領門がある町へは馬車で二刻ほど。

 退屈で眠ってしまうかと思っていたけれど、ちっとも眠くなりませんでした。

 窓の外の景色がオルツとは全然違って、同じ磯の香りなのに、全く違う場所だと解ります。


 生えている木々の葉がとても大きくなって、ひょろりと伸びているものが多い。

 柑橘や楷樹の様な木ではなく、とても枝の少ない面白い形の木。

 気温までちょっと、暖かく感じます。


「皆さん、お疲れ様。終点のシェルトに着きました」


 御者の声が聞こえ、乗客達がぱらぱらと降りていく。

 もうすぐ夕刻。

 ルシェルスへの越領門がある、リバレーラの南東の町シェルト。

 今日はもう、門が閉じてしまっているから、移動は明日になってから。

 この町で宿を取って、次の馬車の乗車券を買う。


 本当はわたくしはまだ成人前だからひとり旅には制限があるのだけれど、オルツの司祭様が書いてくださった『帰郷証明』があるから大丈夫。

 これがなかったら、まだ『子供』であるわたくしは宿を取ったりできないようです。

 ……子供って、不便だわ。

 それもあと八日ほどだけれど。


 宿の女将さんにも、ちゃんと帰郷証明を見せるとひとりで帰るなんて偉いねぇ、と頭を撫でられてしまった。

 子供って……そんなに嫌じゃないわね。

 わたくしは『成人の儀』を受けるために故郷、カタエレリエラまで戻る……という旅だから、成人してからでないとカタエレリエラからは出られない。


 成人の儀では神々から、どんな職に向いているかを教えていただけるのですって!

 女性にも職があるなんて、ディルムトリエンじゃ誰も信じないわ。

 ……あの国の女性達は、これからもずっとあのままなのかしら?


 あのまま……自らのことを何ひとつ自分で確かめることもできず、決めることも許されず、生きていかなくてはいけないのかしら。


 ぐぐぅ……


 やだ、お腹が鳴ってしまったわ。

 食堂に行って夕食にしましょう、と宿の一階に下りていく。

 なにやら……騒いでいる方がいるみたいね?


「それは俺の作ったものだっていってるだろうっ!」

「嘘を吐くな! 盗んだものであろう」


 あらあら……なんだか、面倒事のようですね。

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