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翌日はペータファステという、一番ヴェガレイード山脈の山々に近い場所の町です。
町……というか、村?
多分、シュリィイーレの北東側くらいの広さしかなく、民家も少なくて……
ですが、なんだかとても活気づいています。
町の何カ所かで、どうやら井戸を掘っていらっしゃるみたいです。
なんでも、この町の近くにある樹木を使って作るものの製造工程に、水が多めに必要なのだとか。
そして、そのための工房をこれからここに作って、多くの人もいらっしゃる予定らしいです。
なるほどー、それで昨日のミュルトより狭いのに、衛兵の数が多いのですね!
背刺繍のない方々七名の刺繍を終え、昼食です。
町に食堂は……出遅れてしまったみたいで、もの凄く混んでいます。
工房を建設していらっしゃる大勢の方で賑わっているみたいです。
「じゃあ、ちょっと山の方に行ってみようか。あちらでも井戸掘りしているから、出店があるかもしれないし」
案内してくださるアルフレイストさんは、ペータファステの衛兵隊で十年目、こんなにこの町に人がいるのは初めてだと喜んでいらっしゃいます。
「ここの木で『紙』を作るんだよ。魔力の保持力が今までの物とはまったく違うから、綴り帳や本にも使えるものなんだ」
「まぁ! シュリィイーレの『
「おや、知ってたのか! ああ、三椏紙とは同じ製法で、少しだけ使う材料と魔法が違うんだ。『
まぁ!
紙なのに燃えないって!
なんて素晴らしい魔法がかかっているのかしら!
アルフレイストさんの仰有るには、その紙は文字の練習用など、千年筆で使うのにとても適しているのだとか。
千年筆はセラフィラントで、素晴らしく美しい金属製のものが作られるようになっており、王都でも売られ始めています。
わたくしが持っているようなものは、シュリィイーレでのみ作られている『特製品』なのですって。
ふふふふー、いいお買い物を致しましたねっ!
樅樹紙ができあがったら、ぜひその綴り帳を買い求めましょう!
すこし南に外れたところにあった食堂でなんとか席に座って食事がとれました。
確かに、ウァラクは芋料理が美味しいです。
燻製肉も、非常に美味しいものが多くて、食べ応えのある食事が多いのですよね。
お腹いっぱいで店の外に出て、掘っている途中の井戸の側を通った時に悲鳴が聞こえました。
わたくし達はその声の方へ走り寄り、逃げ惑う人々と反対方向へと加速します。
「魔虫だ!」
その声に、アルフレイストさんが剣を抜きます。
「いいえっ! 剣は駄目です! 血が飛びます!」
そう言いつつ、魔虫を探すと……いました!
どうやら一匹だけ……いえ、二匹です。
わたくしは弓に二本の矢を番え、炎熱魔法を纏わせて同時に放ちました!
シュッ!
シュゥッ!
ボゥウ!
二本の矢は炎を纏いながら魔虫を捕らえ、その身の全てを焼き尽くします。
そして、【旋風魔法】でその灰をかき集め、井戸の中に入らないように地面でまとめました。
ふぅ……
ファイラス教官に教えていただけたこと、ちゃんと実践できました!
今はちゃんと持ち歩いている浄化の方陣札で、集めた灰を浄化して消してしまいます。
「もう、大丈夫ですよ」
わぁっ、と歓声が上がりました。
「凄いよ! 衛兵のお嬢さん!」
「ああ、魔獣なら解るが、魔虫に一発で……しかも、二本の矢を同時に! こんなの初めてだぜ!」
え、そうでしたの?
シュリィイーレでは、手のひらより小さい的に五本同時命中が必須でしたわよっ?
「素晴らしいよ! ヒメリア! あの魔法は炎熱かい?」
「はい。上手く焼き切れてよかったです」
「二匹だけということは、他の場所から飛んできて巣を作ろうとしていたのだろうね。この辺りの魔虫は毒は弱いけど、すばしっこいのが多いから」
矢を魔法で操ってあてる……なんてことを習っていなかったら、多分命中などしなかったでしょうね。
あの訓練は、本当に『実戦』のためのものだったのだわ。
「誰か、医者を……!」
「え? 魔虫に刺されたか?」
倒れている方がいましたので駆け寄りましたら、森から飛び出してきた魔虫に驚いて手で払おうとしてしまい、毒棘が刺さったみたいです。
「しまった……医者はもっと西側にしか……!」
「お任せくださいっ!」
毒棘を先ず抜いてしまわなくてはいけません。
ですが、魔虫の棘は大変細かくて抜けにくいのです。
「少し、痛いですよ。我慢してくださいませ」
「ぅぐぅぅっ!」
わたくしは短剣で、棘が刺さっている患部を抉り取りました。
あ、周りの方々がちょっと引いてますわね。
でもこれが、一番早くて確実な処理なのです。
マリティエラ様のお墨付きの方法ですのよ。
そして、浄化と解毒の方陣札を重ねて魔力を入れ同時に発動させます。
厳密には浄化が発動しているうちに、解毒も発動させて札を重ねるのです。
患部にあてると……紫に滲んでいた毒が消えていきました。
「ヒメリア……それ『治癒の方陣』ではないだろう?」
「はい、浄化と解毒です。でも、方陣札は『複合』で発動させると効果が高まり、このやり方なら『治癒の方陣』がなくても魔虫の棘毒くらいなら消せるのです」
そして、最後に【回復魔法】を使えば……傷口はしっかりと治りました。
複合で使う……あの時、タクト様が見せてくださった方陣札の使い方です。
その後の魔法訓練の時に方陣が取り入れられて、わたくし達は幾度となく『複合使用』の練習をしたのです。
タクト様みたいにいっぺんに多くの方陣に魔力を注ぐというのは、試験研修生どころか衛兵隊でもできないのですけれど。
でも『試行』次第で発動の時間差を少なくすることはできると、方陣について教えてくださったレグレスト教官に言われましたので、まだまだ勉強中です。
「全部、シュリィイーレで教えていただいたのです」
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