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ベスレテアに着いたのは、王都を発った翌々日の昼前でした。
町の規模は、レーデルスと同じくらいでしょうか。
でも、農業が盛んなレーデルスとは違い、商人が多くていろいろなお店があるのはシュリィイーレの東側に似ているように思います。
エルディエラ領への越領の町ですから、人も多くて活気があるのですね。
ウァラクでの勤務に戻った三人……ディセルスさん、カテアルさん、リニバルトさんからいろいろと教わりました。
お三方は事務をご担当なさる文官なので、基本的にはベスレテアに勤務なのだとかで、あまり領地の北側や西側には行かないと仰有っていました。
そして新しい制服を支給されているのは、まだ東側ケレトアーロ地区にある五つの町と、シュミレア地区の一部だけなのだそうです。
「他領の人と接したり、町民が多いところから先に制服を変えていっているんだ」
「そ。だから、北のピエナ地方とか、ヴェガレイード山脈側のシュミレア地方では、まだ全部の町で変更できていないんだ」
「ふっふっふっ、この『完成』した制服を見たら、みんな絶対に羨ましがるぞー」
暫くは毎日、背刺繍ですね!
でも先日確認したのですが、わたくし【俊敏魔法】を手に入れてしまいましたのよ!
本当は【加工魔法】がよかったなーって思うのですが、作業速度が上がるのはいいことです。
この魔法があるセリアナさんは、わたくしの倍以上の早さで刺繍ができていましたからね。
ドキドキしながら、衛兵隊事務所へと参りました。
なにせ、五百年振りの『余所者』ですからね。
王都のように常にいろいろな方々の行き交う町なら気にもされないと思うのですが、きっととても、ご出身の方々の団結力がお強いと思うのです。
なんて、警戒していましたら。
とんでもない大歓迎を受けてしまいましたよ。
自身の偏見を反省いたしました。
そして毎日ひたすら刺繍を刺す……などという強制労働はなく、いろいろな仕事を教えていただきました。
ベスレテアの町を巡回したり、町民の皆さんの手助けをしたり。
シュリィイーレの研修中にやったことが、とても役に立っています。
刺繍は無理なく……と言われたのですが、楽しくって十日もしないうちにベスレテアと低い山を挟んだお隣のフェイエストの方々の分が終わってしまいました。
吃驚するくらい喜んでいただけて、中には上着を抱きしめて頬擦りなさる方もいらっしゃいました。
そして同じケレトアーロ地方の他の町に勤務していらっしゃる方々の元へも、刺繍をしに行くことに。
いくつかの町を何日かかけて周り、皆さんの背刺繍を仕上げていくのです。
普通はこんなに一年次のうちにあちこちの町へ行く者はいないらしく、ひと月もしないうちに衛兵隊員の半分くらいの方々と知り合うことができました。
同じ制服を着ているからだけではなく、顔を合わせ、言葉を交わしますと『仲間』……という結びつきを感じます。
中には、あまりわたくしを歓迎していないのだろうな、と感じる方もいますが、いろいろな方がいるのは当たり前のことです。
そしてシュミレア地方のミュルトという町に訪れた時に、背刺繍の入った新しい制服が配られ出したのです。
先に手に入れて自慢していた方々が、背刺繍がなくてかなり落ち込んでいらっしゃいました。
「えっ? 君が刺繍をしてくれるのか?」
「はい、そのためにベスレテアから参りましたの。刺繍のない方々は、何人いらっしゃいますか?」
「ここは五人だが、隣町のペータファステは七人だな」
では、ちゃちゃっとやってしまいましょう!
と、身構えた時に、目の前にバサッと上着が一枚降ってきました。
「まずは僕のものから始めろ!」
……まずは、この町の小隊長殿からでしょう?
誰です?
この尊大な無礼者は。
周りの方々が、明らかにムッとしていますわ。
「はじめまして。エイシェルス・ヒメリアと申します。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
わたくしが『姓』を名乗ったことで、少々動揺しているようです。
そして、わたくしが身分証の名前を見せるように提示いたしましたら、慌てて放り出した上着を持って走り去ってしまいました。
名前くらい言いなさいよ。
本当に失礼な奴ですね。
あら、小隊長殿笑っていらっしゃるわ。
「あ、いや、すまなかったな、エイシェルス。あいつ、やっと自分の後輩が来たもんで、浮かれたんだろう」
「浮かれてあの態度なら、一生喜びなど感じずにいなければすぐにでも『獄』行きですね」
「奴は従者家系だからと鼻にかけているからな。まだ家系魔法もないが……適性年齢前だからこれからだと思っているのだろう」
つい嫌味な言い方になってしまいましたが、皆様も同じようにお思いだったのか笑いが漏れました。
小隊長の上着に刺繍を刺している時に、側で小隊長がその無礼者のことを話し始めました。
「ウァラクでは、従者家系がたった三家だけなんだ。その中で一番古く、長く仕えているのがあいつの家門なんだよ」
「だからと言って、年下の者や階位の低い者に、尊大な態度をとっていい理由にはなりませんわ」
「手厳しいね」
「シュリィイーレでそう教えられました」
わたくしと小隊長の会話を聞いていた全員が、あぁー……と、息を漏らします。
「シュリィイーレは、昔から厳しかったからなぁ。俺の頃もマクレリウム・エイドリングス隊長が、めっちゃくちゃ厳格な人だったな……」
「先ほどの方はよく、シュリィイーレでなんともありませんでしたね?」
「あいつは去年の合格者で、その年だけ王都での研修だったからシュリィイーレには行っていないんだよ」
ああ〜。
あの歴代で、最も甘かったという年ですか。
「今回の合格者は、たったの九名。かなり厳しかったみたいだが……どうだった?」
「当たり前のことが当たり前にできれば、ちっとも厳しくなんてありませんわ」
ざわっ、と皆さんから変な空気が流れました。
……もしかして、ここにいらっしゃる方々も元はヘッポコさん達だったのかしら?
「毎朝の『体力作り(雪かき)』は大変じゃなかったか?」
「いえ、体力作り(走り込み)は、わたくしさっさと終わらせて、一番に朝食に行っておりましたわ」
あら、またどよめきが。
「食事(自炊と食材調達)は……なかなか苦労したのではないか?」
「いいえ? 外食は一切禁止でしたが、毎食ちゃんと(食堂で用意されたものが)食べられましたし、わたくし、好き嫌いありませんし」
「が、外食一切禁止……? なんと、厳しくなったものだ……流石、セラフィエムス卿……」
まぁ、昔は外食もできたのですね?
羨ましいですぅー。
あ、でも、これからは、シュリィイーレのお店でお食事できますね!
ふふふふー、楽しみですねー。
「シュリィイーレの雪に閉じ込められていて、座学もかなり多かったと思うが?」
「はい……正直、雪には確かに辟易しするところもございました。外門の事務所へ巡回がてら行くのも、五日に一度でしたから……」
「それでも、五日に一度は外へ……? 信じられん」
「座学はもの凄く多くて、綴り帳が七冊にもなってしまいましたし、色墨も何本使ったか……でも、わたくしは、とても楽しかったです」
最後に全ての綴り帳を提出と言われておりましたので、自分用に写したものも作ったのですよね。
そのせいで多くなってしまったのです。
タクト様に綴り帳をいただけて、助かりましたー。
……あらら?
皆さんが押し黙ってしまいました。
やっぱり、わたくし達の時は厳しかったのでしょうか?
「いや、素晴らしい……! 今回からのシュリィイーレの試験は、かなり厳しく高度な学問を要求されたと聞く。それを突破した者を各領地で欲しがっていたのも、納得だ」
確かに学問は、高度だったかもしれませんわ。
なにせ、貴族の通う貴系学舎で扱われるような学問だったらしいですからね。
そして最後に刺繍を入れた先ほどの無礼者は、小さい声ではありましたが、すまなかった、と呟きました。
靄は見えていなかったので、本心だと思いますわ。
シュリィイーレで学べなかったというのは、きっととんでもなく『損』をしたということなのですね。
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